シュレディンガーの猫又

第1話 前編

空に一斉に灰色が羽ばたいた。鳩の群れだ。

何が平和の象徴だ。真っ白じゃなければただの汚い鳥にしか見えない。嫌われ者のカラスと何が違う。どっちも本能に従って餌を食い散らかすだけのただの鳥だ。


俺はどこで間違ってしまったんだろう。

どこの時間軸で選択を誤ったのか。考え出したらキリがない。無数の選択肢のその先、それが今の最低な自分だ。ただただ無力な自分に絶望する。空はこんなに青いのに、気持ちは正反対だ。

また別の鳩が空へと飛び立つ。灰色が青を伸びやかに横切る。


「鳥はいいなぁ」


心にもないような言葉がこぼれ出た。相当参っている。


「どうして?」


鈴を転がしたような可愛らしい声がした。そちらに視線を向けると小さな女の子がいた。くりっとした目でこちらを見つめ、少し小首を傾げている。


「どうして鳥が羨ましいの?」


「えっ?」


「ねぇ、どうして?ねぇ、ねぇ」


困惑する俺をしり目にぐるぐると俺の周りを回る。何度も何度もどうしてと繰り返す。こんなガキと遊んでる場合でないし、そんな気分ではない。この子の保護者はいないかと周囲に目をやるが、俺とこの子以外人影はなかった。


「お兄ちゃん、ずっと変な顔でハトさん見てたのに、ねぇ、どうして?」


痛いところを突かれた。この子はいつから俺を見てたんだろう。不思議とこの子に嘘をつけない気がした。否、ついてはいけないと確信した。そして、意を決して言葉を吐き出す。


「そりゃあ、空が飛べるから」


「どうして飛びたいの?空を飛ぶなら飛行機でも飛べるよ?」


「そうかもしれないけど、お兄ちゃんは自分の翼で飛びたいんだ」


自分の翼か。俺は何を言ってるんだ。自己嫌悪がじんわりと内側に広がってくる。

それなのに満面の笑みが俺に向けられる。子どもらしいキラキラとした瞳が自分にはあまりにも眩しい。


「自分で飛べたら嬉しい?」


「もちろんさ」


「何回でも飛びたい?」


「毎日だって飛ぶよ」


「いつも飛べたら歩くのと変わらなくなっちゃうよ」


「それでも飛ぶよ」


少女の質問に自然と答えてしまう。その言葉の真意は何処にあるか自分自身にも分からない。


「だったらお姉ちゃんに頼んであげる」



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