砂の下の物語

塩中 吉里

妖精の伝承

切り株の妖精が言うには

 なるほどその姿で森の境界を越えてきたんだね。ねえ妖精の格好をした賢いお嬢さん、囚われの王子を助けに来た優しいお嬢さん、きみにとっては愛しの王子のほかは霞のような端役に過ぎないかもしれないけれど、少し僕のお話を聞いておくれ。


 妖精の吐息は金の粉。

 妖精の涙は大粒の宝石。

 妖精の飛び回った軌道は異界への扉を開く魔法陣。

 春は、昼は、花が咲き乱れ、蜜をこぼして、風がささやき、果実がほほ笑む。

 冬は、夜は、固く冷たくなった妖精が、月光にきらめいて、悲しい歌を奏でる。

 盗人たちは、影の中から、妖精たちを見つめているんだ。


 あの日の夜、妖精の森では、妖精女王の新しい王配(女王陛下のお婿さんのことだ)を選ぶためのダンスパーティーが開催されていたんだ。だから、ずるがしこい人間たちは、麗しい妖精の姿に扮装して、深い森の中に入り込んでいた。鼻を削いで、耳を切り尖らせて。前の年の冬の日に、寒さで凍って墜落してしまった妖精たちを回収して、羽をもいで、町医者に頼んで自分たちの背中に縫い付けてもらったりしてね。でも、血なまぐさい妖精なんていない。妖精女王に近づいたところで、たちまち見破られてしまう。人間たちは、仕方がないから、「これは呪いだ」と言い張ることにしたんだって。呪われた哀れな妖精だ、まさか女王陛下は哀れな我らを門前払いなどなさいませんでしょう、ってね。そうしてお優しい女王陛下は、彼らを招き入れてしまったんだ。そしてお優しい女王陛下は、彼らを癒してさしあげたんだ。完璧な妖精の姿に戻してあげたんだ。彼らは今でも妖精の森で暮らしているよ。めでたしめでたし。あははははっ!

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