ボルケイノの地下室(前編)

 始まりは、サクラのこの一言だった。


「地下室で幽霊を見た?」


 俺はそう訊ねると、一回でいいのに、サクラは何度も首を縦に振った。

 ……はて、ここに地下室ってあったかな?

 そんなことを言うと今度こそサクラが怒りそうなので、先ずは彼女の話をきちんと聞くことにした。何度も同じ轍は踏まないぞ、それくらい理解しているからな!

 サクラの話をまとめると、メリューさんから物置にある鍋を取り出してきてほしいとのことだった。どうやらいつも使っている鍋が使いすぎて割れてしまったらしい。……鍋が割れる、ってあることなのか? まあ、消耗品には変わりないとは思うけれど……。

 話の腰を折ってしまったので、さっさと話を元に戻そう。

 サクラは話の通り地下室へと向かうことにした。しかしながら、地下室がどこにあるのかが解らなかった。いったいどこに向かえば地下室は見つかるのか? 彼女は急いで探した。メリューさんは時間に厳しいからそういう選択をするのは正解と言っていいだろう。

 そしてサクラは地下室に入り――。


「そこで、幽霊を見た……って?」

「そう。あれは絶対幽霊よっ!」

「そう言われてもここは異世界だぞ。それに、別の世界とは区切られている、まったく独自の世界を築いている場所だ。そんな場所に幽霊が居るなんて思えないけれどなあ……」

「私の発言を嘘だって言うわけ!?」

「別にそんなことは一度も言っていないだろう!! ……ああ、もう解ったよ。見てくればいいのだろう。見てくれば」

「さすが、解っているじゃない。……あ、あとついでに鍋もよろしくね。怖かったから、解らなかったのよ」

「……お前、俺に面倒なことを押し付けたかったがためにそれをいったのか?」

「何のことかしら。私、さっぱり解らないのだけれど」


 ……してやられた。

 そんなことを思いながら、俺は心の中で軽く舌打ちをするのだった。



 ◇◇◇



 今日は生憎――正確に言えばいつもそうなのかもしれないが――客が入ってこなかった。

 だからカウンターを任されている俺も、自由に休憩時間をとることが出来た。

 そういうわけでサクラについてきてもらいながら、地下室の場所を探すことにした。

 地下室はサクラが一度行っているから、ついてきてもらったほうが楽ということだ。


「……何で、私まで地下室に行かないといけないわけ……?」

「だって、一度行ったのはお前だろ。メリューさんとティアさんは忙しいだろうし。お前しか頼る人間が居ない、ってわけ」

「まあ、そう言ってもらえることは有難いけれど?」


 そんなことを話していたら、扉を見つけた。

 それは、メリューさんたちが住まう住居スペースと、俺たちが休憩する休憩室の間を繋ぐ廊下にあった、古びた木の扉だった。


「こんなところに、こんな扉なんてあったか?」


 俺が最初にその扉を見た時に思ったのは、そんな単純な感想だった。

 目の前に広がっているのは確かに扉だ。けれど、今までこんな扉を見たことが無い。正直、実物を見せられるまで嘘じゃないかと思い込んでいたくらいだ。


「……な、なに言っているのよ。あなたの目の前にあるそれは、まぎれもない扉でしょう? まさか、私とあなたが二人とも幻を見ているなんて言いださないわよね? はっきり言って、それこそ『幻滅』だけれど」

「何か上手いことを言ったつもりかもしれないけど、正味、そんなことは有り得ないよ。だとすれば僕たちが食べたものを疑うべきだと思うけれど、ボルケイノの皆は同じものを食べている。だからそういう薬を盛られたら解るものだと思うけれど」

「それは知っているわよ! ……じゃあ、この扉はなんだって言うのよ。ちゃんと説明出来るとでも?」

「待て。喧嘩腰になるのはよそう。ただでさえ疑心暗鬼になりがちなんだ。ここでもっと悪くなってしまうのは、正直言っても誰も望んでいないぞ」

「……、」


 それを聞いて若干クールダウンしたサクラ。正直そうであってなくては困るのだ。

 今目の前にある扉は見たことがない。だが、それを文字通り『見たことがない』で片付けては困るというわけだ。


「と、とにかく扉を開けてよ。あなたの考えは解っているわよ。どうせまだ信用していないのだってことくらい、百も承知よ。これは張りぼてだとくらいしか思っていないのでしょう?」

「それを言われると何か先回りされた感じがするのがなあ……。うん、まあ、確かにそうだよ。だって信じられっこないだろ。サクラよりも前に俺はずっとボルケイノで働いていたわけだし」

「……それとこれは、また話が別だよね?」


 正論を言われてしまった。

 確かにそれを言われてしまえばおしまいだ。もう俺からは何も言えやしない。


「解った、解ったよ。扉を開けて、急いで地下室に向かえばいいんだろ」


 というか、そういう風に仕向けているわけだし。


「解ればよろしい」


 笑顔で頷きながら、サクラは言った。

 何というか今回のサクラの立場がイマイチ解らない。

 とまあ、そんな戯言を考えていても時間の無駄だ。とにかく今はサクラの言うことを聞いておいたほうがいいだろう。それが身の為というか、そうあるべきだった。振り回されることはあろうとも、なんやかんやで彼女の考えは正しいことが多かったし、それが安全牌というわけだ。

 さて。ここでこう話をこじらせようとグダグダしていたって正直な話何の価値も無いことは俺にだって解っていた。

 しかしまあ、恥ずかしい話ではあるが、心の踏ん切りがつかなかった。ただ扉を開ければいいだけの話なのに、それだけで良かったのに。しかしいざ行動に移そうとなると難しい話だった。致し方無い話ではあったかもしれない。だが、それは紛れも無い事実だった。


「……いつまで考え事をしているのよ。こんなことをしていたら、あっという間にまた一話使い切るわよ?」

「一話って何のことだ?」

「さあ?」


 トボけられた。

 まあ、大体何となく何が言いたいのか解るわけだが。敢えてあまり突っ込まなかった、と言っておこう。

 閑話休題。

 いずれにせよ、先ずは目の前にある地下室について考えなければならない。その地下室はいったい何があるのだろうか。流石に俺がここに入ってきたときも、メリューさんはその場所について教えちゃくれなかった。

 半年も経過しないと使わないようなものなんて、いったい何が該当するのだろうか?


「……とにかく」


 俺は息を吐いた。

 いずれにせよ、前に進まねば何も始まらない。

 そう思った俺は、ゆっくりと地下室へと続く扉、そのドアノブを回した。

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