ボルケイノの地下室(後編)

 開けた途端、風が吹き込んだ。

 そして地下深くへと階段が続いていくように見える。その階段は明かりなど無かったから、その先は永遠にも続いているように見えている。


「……ここに倉庫があるのかよ?」

「そんなこと、解らないわよ。……けれど、メリューさんが言ったから」

「そう言ったなら、しょうがないか」


 頭を掻いて、俺は言った。

 たぶん間違っていないとは思うけれど、再度そこについて確認したのは俺の中でも恐怖が残っていたからだろう。

 そして俺は、その地下へと向かうため、階段をゆっくりと降りていくのだった。



 ◇◇◇



 地下室の先は、ほの暗い空間となっていたが、しかし何か明かりを点けるような必要性は無かった。


「……何とか見えないことは無いけれど、物がたくさんあってよく解らないな……」


 そこは倉庫だった。

 棚にはたくさんの物品が入っているが、今の暗い状況ではどれが何だかさっぱり見分けがつかない。


「ところで、メリューさんからは何を頼まれたんだい?」

「ええと……確か」


 そうして、サクラがその材料を言おうとした――ちょうどその時だった。

 ぼんやりと、倉庫の奥に何か光っているものが見えた。


「……何だ、あれは?」

「ええ!? どうしたの、ケイタ。まさか、あんた変なもん見つけたんじゃ……!」

「いや、そうじゃ……うん、そうかもしれないのか?」


 とにかく、怯えているサクラには憶測で物を伝えないほうがいいだろう。

 そう思って俺はゆっくりとその光源へ近づくべく、倉庫の奥へと歩き始める。

 光源のあった場所には、一人の男性が立っていた。光を放っている自体、人間としてはあり得ないことなのだから、やはりそこに立っているのは人間では無いのかもしれない。しかしながら、それを素直にサクラに伝えたところで彼女がもっと怯えるのは到底目に見えている。だから、どうすればいいかって話だけれど――。


「もし、そこの少年」


 そんなことをしているうちに、声をかけられた。

 少年という年齢でもないわけだが、だからといってここでそれを否定したところで物語が進むわけではない。

 とにかく、その人間と話をすることにした。


「……どうかしましたか?」

「いや、ちょっと目に入ってね。……どうして君たちはここに居るのかね。ここは私の店だ」


 それを聞いて俺はピンときた。

 古くにメリューさんから聞いた、このお店ができるまでの物語。確かその時の話を思い出すと、ここにはかつて別の人間が経営する喫茶店があったはずだ。

 ということは、今目の前にいるのはそのマスター……?


「なあ、どういうことだ。私の店は、別の人間に売られてしまったのか。今、どうなってしまっているのかを教えてくれ。……私はこんな身体だから、動くことが出来ないのだよ」

「……このお店は、今はあなたの言う通り別の人が経営しています。そして、俺も、その人に雇われている身です」

「そうか。……やはり、ボルケイノは潰れてしまったということなのか」

「いえ。ボルケイノは潰れていません。人は変わってしまいましたが、ボルケイノの看板はそのまま。下げてなどいません。まだあなたの意志は、受け継がれています」


 それを聞いて俯きがちになっていた男性は、ゆっくりと顔を上げた。

 そんなこと信じられない、といったような感じで。


「今はだれが……?」

「ええと、それは……。たぶん、あなたの知らない方になるかと……」

「それにしてもお前さん、ドラゴンのにおいがかなりしみついているな。……それでお店をやっていけているのか? まあ、あの店は昔から冒険者ばかりやってきていたから問題ないといえば無いのかもしれないが……」


 そこで彼は何か思い出したかのように、柔和な笑みを浮かべる。


「そういえば、昔ドラゴンの子供を助けたことがあったな。庭に弱ったドラゴンの子供が居たものだから、ミルクを与えて傷を手当したらとても喜んでいたな……。あのドラゴンは今も元気だろうか」

「ドラゴンの子供?」


 それって、もしかして――。


「ねえ、ケイタ! 何か、見つかった?」


 階段の前に立ち尽くしているサクラに呼びかけられた。

 やばいな、そろそろ戻らないと、彼女の恐怖度もピークを迎えるだろう。そう思って、俺は踵を返した。


「……なあ、少年よ」

「はい?」


 声をかけられたのは、ちょうどその時だった。


「今を大事に生きるのだよ。……若人には判らないかもしれないが、人間とは常に今がピークの状態だ。それを保持し続けることなど出来ない。だから、今を楽しく生きていけばいい。……まあ、それも難しい話なのかもしれないが」

「そうですね……」


 正直言って、その言葉に簡単に答えることはできなかった。

 というか、どう答えればいいのか直ぐには思いつかなかった。

 男性は笑みを浮かべて、どこか遠いところを見つめつつ、


「まあ、別にいいことだ。少年よ、強く生きろよ」


 そう言って――俺の答えを待つことなく、男性は消えてしまった。



 ◇◇◇



 後日談。

 というよりもエピローグ。

 そのあと俺たちは結局メリューさんがほしかったものを地下室から探し出すことはできなかった。だからメリューさんからカンカンに叱られた。全然帰ってこないからどこに行ったかと思った、と言っていた。まあ、そんなメリューさんは厨房で調理の続きをしていたわけだけれど。


「でも、メリューさん。地下室の倉庫には何もなかったんですよ? いったい、どこのことを言ったんですか?」


 俺は、メリューさんの怒りが収まったタイミングで質問した。

 はあ? とメリューさんは呆れたような声を出して、話を続けた。


「お前はいったい何を言っているんだ。私がサクラに探してきてくれとお願いしたのは、普通に店の奥にあるいつもの倉庫……それこそケイタにも探しにお願いしているところだし、そもそも地下室なんてこのボルケイノには無いはずだぞ?」

「……え?」

「いやいや、メリューさん。噓を吐かないでくださいよ! 私たち、ほんとうに……!」

「ここに長年暮らしている私が言うんだ。間違いない。さあ! 急いでもともとの倉庫から探してきてくれ。開店時間までもう時間はないぞ!」


 メリューさんにそう言われてしまっては仕方がない――そう思って俺とサクラは再び倉庫、もちろんそれは別の倉庫の話だが、へと向かうことにした。



 ◇◇◇



 さて。

 ケイタたちも居なくなったか。

 それにしても、地下室……ねえ?

 あの地下室は確か、私がボルケイノに入って直ぐ埋めたはずだったけれど。

 理由?

 それは簡単だ。……とはいっても、その理由を作ったのは私ではなくティアだけれどね。

 あの地下室は、オーナーが眠っている。オーナーと言っても今のオーナーではない。このボルケイノを一から作り上げた、初代。創業者といってもいいだろう。

 その創業者は道半ばで亡くなった。心臓の病だったらしい。そして、死ぬ前に――こう願ったのだという。

 もし可能であれば、自分の夢を引き継いでくれる人間に出会いたかった、と。

 ……それからは、想像に難くないはずだ。

 ティアがその意思を引き継いで、店とともに死にたかったというオーナーの墓を地下室に作り出して、オーナーをそこへ安らかに眠らせた。そしてその場所は誰も入ることのできないようになっていたはずだが……。もしかしたら、それはオーナーの力だったのかもしれないな。今のボルケイノがどうなっているのか、この目で確かめたかったのかもしれない。

 それがどこまで本当なのかは、読者諸君に任せるけれど、ね。

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