鬼の少女と悪の組織(前編)


 私がそのニュースを聞いたときはデザートの仕上げに取り掛かっていた頃だった。デザートは最後の締めくくりである。画竜点睛を欠くという言葉もあるくらいだし、最後まで慎重にやっていかねばならない。

 はてさて、そのニュースを聞いたとき、私はどう考えたって? そりゃあ、怒ったよ。けれどそれはテロリズムによって自分の安全が脅かされたとか、安全が保証されない世の中にやり場のない怒りが込み上げてきたからとか、そんな『有りがち』な適当な理由ではなかった。


「……私の料理が、まだ終わっていないというのに……! 中途半端なタイミングで出てきやがって……!」


 そう。

 料理人にとって、自分の計画が乱されることは許せないことだった。自分の命の次に大事なものだ……まあ、これは全部師匠の受け売りではあるのだけれど。

 それはそれとして、どうやってそのふざけたテロリストを懲らしめればいいのだろうか? 気付けば私はやられる側ではなくてやる側に回っていた。当たり前かもしれないけれど、この世界は弱肉強食。躊躇っていたら、もう負けが確定してしまう、そんな単純な世界。

 そんな世界で、奴らはテロリズムを提げて来た。それならば、私もクッキングを提げてやる。


「……メリュー。あなた、笑っているのだけれど、よもや変なことを考えていませんよね?」


 そう言ったのはリーサだった。勘がいい。ほんとうに鋭い発言ばかりだ。魔女だからそういう魔法でも使っているのかな。まあ、真偽は定かでは無いのだけれど。

 私は行動を開始した。先ずは彷徨いている敵がいることを確認すべく、入り口から気配を確認した。

 気配は無かった。

 気味が悪い程、静かだった。


「……何で、こんなにこの空間は静かなんだ? いくら裏方だからってもっと表の声が聞こえてもおかしくないはずなのに……」


 私はそう思って、外に出る。

 もちろん、リーサも引き連れて。弱気ではあるが、立派な魔女だ。戦力としてはピカイチ。まあ、私がすごいかって言われると微妙だと思うのだけれど。リーサだって使えない魔法はたくさんあるみたいだし。


「……さあ、向かうわよ、リーサ。先ずは会場の様子を確認しないと、何とも言えないわね。まあ、それが私たちにどういう影響をもたらすのか、はっきり言って解らないけれど」


 そう言い訳がましく言ったけれど、それはただの裏返しだ。はっきり言って、どの程度か解らなくとも、テロリストなんて簡単に倒すことが出来ると思う。

 問題は、パーティー会場に居るだろう、大量の人質だ。例え弱い相手であっても、人質が一人でも居れば簡単に攻撃することは出来ない。人質はトランプで言うところのジョーカー……つまり、切り札のような存在なのだから。


「……奴ら、ほんとうに厄介なことしてくれちゃって。どうすればいいのかしら。私も、幾ら何でも現役はもう数年も前のことだっていうのに……」


「どうするつもりですか?」


 リーサの問いに、私はシンプルな解答を示す。

 簡単よ、そんなこと。潰してしまえばいい。このテロ行為を、潰してしまえばどうということはない。


「……何というか、メリュー。あなたは性格が歪んでいるわよね。まあ、別に問題ないのだけれど。いずれにせよ、私も攻撃しないといけないのよね」


「あたりまえでしょう。何のためにあなたが居ると思っているの。あなたは魔女でしょう」


「それはそうかもしれないけれど……」


 リーサは溜息を吐く。何というか、彼女はやる気があまり見られないことが多い。だから鼓舞してあげないといけない。それは非常に面倒なことかもしれないけれど、費用対効果のことを考えるとそれがベストである。

 さてと……こちらも行動を示さないとね。

 そう考えて私たちは腰を低くして、走り出した。

 目的地は――パーティー会場。



 ◇◇◇



 どうしてこんなことになってしまったのだろうか。

 俺は今、鬼の少女に首根っこを掴まれている。


「……あの、俺はなぜ」


「黙れ。話すとお前の首を斬るぞ。そうじゃなくてもカリカリしているというのに……」


 なぜ鬼の少女――確かシュテンと言っていた――が怒っているのか。

 それは単純明快。俺がこの世界の人間じゃないと知ってしまったからだ。

 なぜ知ってしまったか、って? 簡単なことだ。俺がそれを言ったから。嘘を吐いておくのも心苦しいし、事態の長期化に繋がりかねない。それを考えるとさっさと行っておいたほうがいいだろう。

 しかし、今はそんなことが関係なく――ただの人質と化している。

 ある意味非常に面倒な選択肢を選んでしまったかもしれない。そう思いながら、俺は再度溜息を吐く。


「……どうして、俺を捕まえたんだ?」


「簡単なことでしょう。人間の国と戦争をする選択肢を選ばせるため。正確に言えば、人間と手を切ってもらうため。今の世界は人間とズブズブの関係になっている。それでは亜人の独立性が保たれない。そのためにも、先ずは人間と手を切らねば」


「だから、強請ると?」


 それを聞いて、シュテンの顔は赤く染まった。


「そうよ! 悪いかしら? そりゃあ、人間の国は平和と言われているからね。私たちの国とも平和条約を締結しているからほぼ戦争は起きない。だから平和ボケしていると言われているけれど、まさかここまでボケが広まっているとは思いもしなかったわ! だから、思い知らせてやるのよ。やつら、亜人の恐ろしさをとうのとっくに忘れてしまっているようだからね!」


「それが、君の目的なのか?」


 俺は、慎重に、かつ優しくシュテンに問いかけた。


「……人間。さっきから何が言いたいんだ。お前にそれを語る権利など――」


「ケイタだよ。人間、じゃない。君だって、鬼と呼ばれただけだといやな気分になるだろう?」


 間髪入れずに俺は言った。

 シュテンはそれを聞いて、少しだけ顔を俯かせると――ゆっくりと頷いて、


「済まなかった、ケイタ。これで構わないか?」


 ちょっと涙声になっているけれど、もしかして強く言い過ぎたかな。そうだとしたらとても申し訳ないのだけれど。

 はてさて、この状況をどうすべきか、というところまで考え付いているわけだけれど、残念ながら今の俺の力では抜け出すことはできないだろう。とはいってもここに居る残りの亜人が何とかするか、と言われても微妙なところだと思う。

 理由は俺の向こう――ちょうどパーティー会場の向こうに居るもう一人の鬼の少女だった。赤い着物に身を包んだ少女は、少し気が強そうで、シュテンに似ていた。

 彼女の名前は、ウラと言うらしい。なぜそれも知っているかというと、シュテンがあっさりと会話で暴露してしまっているからだ。まあ、シュテンの名前がはっきりしたのもウラが暴露したからなのだが。

 というか、詰めが甘い。

 幾らグループの名前が知られているとはいえ、あまり痕跡を残さないほうがいいのではないだろうか? 顔も明かされている、そして名前もはっきりしてしまっている。そんなテロリスト、はっきり言ってみたことも聞いたことも無い。俺の世界のテロリストがもう少しいいテロをする気がする。……いいテロって何だよ、というツッコミはさておき。

 シュテンとウラはいったい何が目的なのだろうか。というか、ほかにメンバーは居ないのか。……うん、たぶん居ないのだろう。ほかのメンバーと通信をしている痕跡も見られなければ、時折二人で会話をしているけれど、仲間が居ないことをよく話しているし。それにしてもそれを人質に聞かれても問題ないと思っているのだろうか?

 それはそれとして。

 メリューさんは無事なのかな。

 俺は少しだけ、そんなことを考えるのだった。

 それこそ、自分のことを他所に置いて。

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