鬼の少女と悪の組織(後編)


 思わずくしゃみが出てしまった。


「メリュー。どうしてこのような場でくしゃみをするのですか。空気が読めないのですか、ケーワイというやつですか。まったく、私が遮蔽魔法を使っているから何とか聞こえた音は最低限に保たれているというのに」


「何それ。そんな魔法を使えるなら早く言ってよ! てっきり炎魔法以外使えないと思って、私静かに話していたじゃない! ってか、何でそれに合わせていたのよ!」


「説明する理由が無かったからですよ。不測の事態に備えてプロテクトをしておくことは大事ですからね」


 大事だけれどさ! ……まあ、いいか。リーサの使える魔法がある程度幅のあることは解ったことだし、それだけでも大きな収穫と言えるだろう。ポジティブに考えましょう。

 パーティー会場の入り口に到着するまで、誰とも出会わなかった。

 いや、それについては別に問題ないと思うのだけれど、問題としては一つだけ。どうして、テロ組織の亜人が一人としていないのか、ということについてだ。もし全員パーティー会場に居るというのであればそれ以外の場所が手薄になってしまう。それでいいのかどうか解らないが、もし私がその立場ならば会場以外にも満遍なく人員を配置するはずだ。

 それなのに人員を配置しないということは、何か組織に致命的な問題があるということだ。


「……もしかして、人員があまりにも少ないのかな」


 リーサの呟きに私は首を傾げる。


「いやいや、流石にそれは無いだろう。ここを狙うということは前々から亜人会議がここで起きることを知った上での計画的犯行だといえる。にもかかわらず、人員が足りていない? きちんと準備していなかったのか、ということになる。裏を返せば、準備をしていないとおかしい。だから、リーサ。油断せずに行くぞ」


「それくらい解っているよ。……で、どうすればいいの? さっき言っていた作戦で行くとは決まったけれど……それで何とかなるとは思えないのだけれど」


「大丈夫だ、私に任せておけ。会場の中がどうなっているのかは定かではないけれど……きっとそれでうまくいくはずだ」


 さあ、テロリストよ。観念しなさい。

 私の作った料理を無駄にして、無事で済むとは思わないことね。



 ◇◇◇



 時間があまりにも長かったため、気づけばシュテンと俺は少しずつではあったけれど、会話を交わすようになっていた。それでもその会話は他愛のないものばかりではあったけれど、それでも進展したといえるのではないだろうか。

 もしかしてこれがストックホルム症候群、というやつなのだろうか――なんてことを思いながらも、俺はさらにシュテンと会話を続けていた。会話をしていくたびに向こうにいるウラが睨みつけてくるのだが、それについては無視しておけばいいだろう。攻撃してこないところを見ると、別にどうだっていいということなのだろうし。或いは、攻撃をすることなんて毛頭考えていないのかもしれないけれど。

 それはそれとして。

 メリューさんはもしかしてこちらにやってきているのだろうか。ざっと見た感じ、捕まっている亜人の中にメリューさんとリーサが居ないのでおそらく捕まっていないのだろうけれど、とはいえやはり気になる。まあ、たぶん何とかなると思うけれど。メリューさん、結構強いし。

 そんなことを考えていて――そろそろ会話の話題も尽きてしまったのでどうしようかと考えていた、ちょうどその時だった。

 ウラが居た場所にあった扉が、内側に爆発して吹き飛んだ。

 ウラは扉に背を向けていたので完全に不意を突かれた形となり――そのまま軽く吹き飛んでしまった。


「何だ!」


 シュテンは驚いて、ウラのほうを見るべく立ち上がる。そしてそのとき、うまい具合に俺の拘束が解けた。

 ウラの背中を蹴り上げる誰か。ウラはもう動けなくなっていた。さっきのショックで気を失っているのだろうか……? まあ、そんなことはどうだっていいだろう。とにかく、今は俺の拘束が解けたことで、逃げることができるということだ。シュテンが離れていく、その隙にステージを後にする。

 対して、ウラは漸く起き上がる。


「おう。起きたか。それにしても、まさか……テロリストは二人だけだったのか? だとしたら失望だな。まったくもってむかつく。私の作った食事をこんなテロリストに滅茶苦茶にされたのだからね」


 そう言ったのは、まあ、何となく予想はついていたけれど、メリューさんだった。

 それだけを見ると、メリューさんのほうがテロリストっぽいよ……。うん、言わないでおこう。あとで給料カットとか言われかねないし。

 メリューさんの背後にはリーサが立っていた。成る程、あの爆発はリーサの魔法だったのか。それにしても威力がとんでもなかったが……。あとで修理費を請求とかされないだろうか。ちょいとそういうことばかり不安になってしまうのは、あの二人が登場した時点で蚊帳の外に追い出された感じが大きいからかもしれない。

 メリューさんの独壇場はまだ続く。


「さてと……これはどう落とし前をつけてもらえるのかな?」


 メリューさんが登場したことと、テロリストの片方を行動不能にさせたのを見て徐々に人質たちにも笑顔が戻ってくる。そりゃそうなるよな、笑顔が戻ってきてもおかしくはないと思う。だって、やっと希望がやってきた、って感じになるのだから。

 シュテンはメリューさんをずっと見つめていた。

 メリューさんは様子がおかしいことに気付いて、首を傾げる。

 そして、メリューさんは静かに告げた。


「……何か言いたそうだな。もし言いたいことがあるのならば、話だけは聞いてあげましょうか。まあ、その後どうするかはもう知っているとは思うけれど」


 メリューさん、ここでまさかの情状酌量?

 いや、まあ、別にメリューさんがそういったのだから、そこにいる亜人全員は誰もかもそれに従うしかないのだけれど。

 それを聞いたシュテンは小さく頷いて、そしてぽつぽつと話を始めた。

 それは彼女とウラの物語。

 けれど、決して楽しい物語ではない。物語というよりも追憶といったほうがいいかもしれない。

 だけれど、その話を始めることに――誰も否定の声を上げることはなかった。



 ◇◇◇



 少女――シュテンとウラはずっと二人で育っていた。母親と父親を早くに亡くした彼女たちは、若くしてその身体を売られることとなった。大人に売られた彼女たちは、結局のところ男の食べ物にされるのだった。それは彼女にとって許せないことだったが、しかし物心ついたころには既にそうなっていたので、彼女たちにとって改善策がまったく考え付かなかった。


「……私たちはずっと、苦しんでいた。悩んでいた。世界なんて必要無いと思っていた」


「まさかとは思うが……、その、やられていた……というのは」


「人間ですよ」


 想像通りの回答を、シュテンは言った。


「ただ、それだけで……と思うかもしれません。けれど、私たちにとってそのことは最悪なことでした。けれど、私たちには知り合いがいませんでしたから、何もできなかった。ただ毎日、人間の玩具にされるだけだった。されるがままに、身体を弄ばれるだけだった」


「……だから人間に反抗の意思を示そうとして、今回のテロ行為を働いたのか? それとも、弄ばれるような社会が嫌いだった? 変えようとしていた? ……まあ、いずれにせよこれだけは言える。自分たちが変わろうとしないで、世界を変えようとすることはそう簡単なことじゃない。にもかかわらず、テロとかそういう身勝手で自分勝手で身の程を弁えないような行為で変えるようなことなんてできるわけがない。少しくらい、考えてみれば解る話ではあると思ったが」


「そんなことは……実際に私たちのような経験をしたことがないからこそ言えるんです」


 シュテンはそう言った。

 涙を流しながら、彼女は顔を真っ赤にさせながら、そう言った。

 けれど、メリューさんの視線は冷たい。


「経験をしたことがないから? 何を言っている。何も私のことを知らないくせに、よくそのようなことが言えるな。……それはここで言うところでは無いか。とにかく、言い分はそれで終わりか? まったく……よくそのような幼稚な理屈でテロ行為を起こしてくれた。おかげで私の作った料理が台無しだ」


 そう言ってメリューさんは頭を掻いた。

 これからどうすればいいのか――そんなことを考えているようにも見えた。

 そして、メリューさんはシュテンとウラを見て大きく頷いた。どうやら何か考え付いたようだけれど……はっきり言って、ちょっと嫌な予感しかしなかった。

 そして、その嫌な予感がほんとうに的中するまで、少しだけ時間を要することになるのだけれど――今の俺には、何も解らないのだった。


「だが……はっきり言って、解らないことでもない。それもまた事実だ」


 メリューさんは急に立場を逆転させた。

 なぜ急に? そんなことを思ったけれど、その直後、メリューさんはシュテンとウラの二人の頬を叩いた。

 予兆も容赦も無かった。

 そしてこうなるだろうな、という予想はできていたにしろ急にそういう反応をされたから、一番驚いたのはシュテンとウラだったのかもしれない。


「……だからと言って他人に迷惑をかけることをした、それは反省する必要があるな。鉄拳制裁、とは言い難いかもしれないが、それに近いものだ。これでも軽いものだぞ」


「てめえ……。何を言っているのか、解っているのか?」


 ウラが本性を出したのか、牙をむき出しにして言った。

 それに臆せず話をつづけるメリューさん。


「常識を知らない埒外。そうだと思っているよ、私は。寧ろこれくらいで済むのを有り難いと思ったほうがいい」


「メリュー。これはいったい何の騒ぎだ?」


 そういったのはかつてレバニラ丼を注文した吸血鬼のお姫様だった。

 どうやらお姫様もここに居たようで、つかまっていたらしい。まあ、そもそも捕まっていたといっても拘束をされていたわけではないのだけれど。


「……申し訳ありません。どうやら子供が遊んでいたようです。けれど、もう大丈夫。わたしが懲らしめておいたから。だからこれ以上はおしまい。彼女たちも悪気はあったと思うけれど、もう反省していることだろうし」


「えっ」


「反省したでしょう?」


「……はい」


 それを聞いたお姫様は深い溜息を吐くと、頷く。


「別に悪いことをしたから、というわけではないけれど……。うん、まあ、あなたが言うならこちらとしてもこれ以上何も言えないかもしれない。だからと言って好きにしていいというわけでもない。どうするつもり?」


「……私が彼女たちの身元引受人になるわ」


 その言葉は、僕たちも、お姫様も、それ以外の亜人も皆目を丸くする発言だったことは――まあ、言うまでもないだろう。



 ◇◇◇



 後日談。

 というよりも今回のオチ。

 結局、シュテンとウラは暫く城の地下牢に閉じ込められることになった。まあ、国際的なパーティーであのようなことをしたのだから、牢に閉じ込められただけで済むのならば安いものかもしれない。

 因みに今、メリューさんは外出中だ。ティアさんが嫌な予感がする、と言っている。奇遇だな、俺も今嫌な予感がしている。

 そんなことを言ったら、カランコロンとドアにつけられた鐘の音が鳴る。

 ……ああ、案の定だった。

 入ってきたのはメリューさんで、それに、シュテンとウラがついてきていた。


「ただいま。そして、みんなに新しいメンバーを紹介するわね、シュテンとウラっていうの。よろしくね、ほら、挨拶して」


 ……またまた、ボルケイノには馬鹿騒ぎが絶えないだろう。そんなことを思わせる新メンバーの登場だった。

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