急転直下のミルクティ (メニュー:カレーチャーハン)
今日も今日とて客は来ない。
相変わらず、ドラゴンメイド喫茶『ボルケイノ』は暇尽くしだ。
「そんなこと言わないで、さっさと皿を洗ってちょうだい。別に溜まっているわけじゃないけれど、人がいないこのタイミングでしかできないのだから」
おっと、どうやら俺の考えは言葉として口から洩れていたらしい。失言だ、失言。
「了解です、まあ、皿を洗うことはそう時間はかかりませんから」
ガチャガチャと音を立てながら、大量の皿を洗い始める。
◇◇◇
皿洗いが終わった、ちょうどそんなタイミングでメリューさんが俺にミルクティを差し出した。
「……ミルクティ、ですか?」
「ええ、もう午後三時だからね。この時間はオヤツの時間。そうでしょう?」
「オヤツの時間……ですか」
まあ、確かに時計を見ると午後三時を回っていた。案外長い間皿洗いをしていたわけではなかったのだが、なぜだかここにいると時間の感覚が不安定になる。やっぱり異世界にいることが原因なのだろうか……。
ちなみにメリューさんはミルクティのほかにクッキーも持ってきた。チョコチップの入ったクッキーだった。これもメリューさんが焼いたというのだから、メリューさんは本当に女子力が高い。メリューさんに作れない料理はない、といっても過言ではないのだろうか?
「クッキー、焼いたんですか?」
「ええ、そうよ。ただちょっとチョコレートが足りなくてね……。少な目にしているよ。だから、少々味気ないかもしれないけれど、それはミルクティーの甘さで勘弁してくれ」
「まあ、別にいいですけれど……。あまり、甘いものは好きではないですし……」
それを聞いたメリューさんは笑顔になってミルクティを一口含んだ。
「そうだったか。そうならば結果オーライということだな。もしこれで甘いものが好きなどと言われてしまえば、私の立つ瀬がなくなる。まあ、今回に限っては完全に私のミスだ。たとえ不味いといわれても致し方ない」
「いや……別に普通に美味しいですよ、このクッキー。ほんとう、どうしてメリューさんってここまで美味しいクッキーを作ることができるんでしょうか……。尊敬しちゃいますよ」
「そういってもらえると、とても助かるよ」
メリューさんはそう言ってクッキーを一口頬張った。
やっぱりメリューさん的には失敗だったようで、クッキーを頬張ったあとクッキーを見つめなおし何度も首をかしげていた。
そこまで気にすることではないと思うのだけれど、まあ、そこは料理人の性なのかもしれない。たとえ休憩時間の軽食であっても、美味しいものを食べさせてあげたいというこだわりなのだろう。
「……そういえば」
ミルクティも半分ほどになった、ちょうどそのタイミングでメリューさんが言った。
「どうしました、メリューさん?」
「いや……君はここにきて、もうけっこう経つな、と思っただけだ」
「ああ、そうでしたっけ」
ぶっきらぼうに言ってみたけれど、実際は俺だって正確な日付は覚えてなどいない。
たぶん、一年以上はここに居るのかもしれないけれど。
「……まあ、君にもずいぶんと迷惑をかけた。いろいろなこともあったからな」
「そんなこと言わないで下さいよ。まるで、これでもう店じまいするような発言じゃないですか」
「ハハハ、まあ、そんなことはない……よ」
一瞬だけ、メリューさんが暗い表情を見せたのを――俺は見逃さなかった。
別に俺は問題ないけれど、少しだけ、不安な気持ちになった。
二十時を回ると、ボルケイノも店じまい。
片付けの準備を始めて、シャッターを閉める。そしてカウンターの奥にあるネジを締めることで、ボルケイノへの干渉を防ぐことができる。どういう原理で動いているのかは定かではないが、これによって別世界の橋を開閉することができるのだという。まあ、ハイテクノロジーって話だろう。もし俺が科学者やスパイだというのならばこの技術を何とか奪おうと試みるのだろうが、あいにく俺はただの学生だ。だから、そんなことはしなくていい。そんなことをする必要なんて、まったくないのだから。
片付けが終わったころになると、メリューさんが僕を呼び止めた。
「おっ、片付けが終わったか? だったら、夕食を食べようじゃないか。今日はちょうど余ったカレーがあるからそれを調理した、カレーチャーハンとハンバーグだ。ちょっとボリュームがあるやもしれないが、それは我慢してくれ」
道理でカレーのにおいがすると思った。
俺は頷くと、手に持っていた皿の塊を整理して、棚に仕舞った。
メリューさんのいる厨房に行くと、カレーのにおいが立ち込めていた。スパイスの香り、とでも言えばいいだろうか。それが混ざりに混ざって、独特の香りを出している。
厨房のテーブルには皿が三つおかれていた。内容はどれも一緒で、カレーチャーハンの上にハンバーグが載せられている。ハンバーグにはデミグラスソースがかかっていて、とても美味しそうだ。
「さあ、持っていくのを手伝ってくれ。ティアも忙しいようだから、ティアの分も持って行ってくれよ。私はこれを洗わないといけないからな」
そう言ってフライパンとヘラを手に持ったメリューさん。
それを見て、俺は小さく頷いた。
カウンターに横並び。
三人が揃って、カレーチャーハンを目の前に待っていた。
メリューさんがティアさんと俺を見て、頷く。
「それじゃ! 食べることにしようか、いただきます!」
両手を合わせ、メリューさんは頭を下げた。
俺はそれに合わせるように、同じくいただきます、と言った。
目の前にあるカレーチャーハンは、今も鼻腔を擽っている。
スプーンを使い、一口頬張る。すぐに口の中にカレーの香りが広がる。チャーハンの中に埋もれている肉、ニンジン、ジャガイモもアクセントとしていい感じだ。普通のチャーハンならばご飯と目立たないように微塵切り、あるいは小さく細かく切られているものだが、カレーチャーハンは違う。カレーソースをそのまま使用しているためか、具材の大きさがカレーのそれとイコールなのだ。
「……ほんとう、ケイタ、あんたはうまそうに食事を食べるよ。作り甲斐があるってものだ」
メリューさんがそう言ったのでそちらを向くと、メリューさんは俺のほうを見て笑みを浮かべていた。
「な、何か顔についていますか?」
「まあ、ついていないことはないけれど」
そう言ってメリューさんは俺の頬に手を伸ばした。
そして何かを取り、それを俺に見せつける。
それはご飯粒だった。カレーの金色に染まっているそれは、まさしく俺が食べていたカレーチャーハンのそれだった。
すると、メリューさんはそれを口に入れた。
というか、食べた。
そしてメリューさんは笑っていた。
「……さて、食べようかしらね!」
そう言ってメリューさんはもとに戻ると、カレーチャーハンにスプーンを入れていく。
俺はそれを見て、ただ何も言えなかったが――すぐに戻って、またカレーチャーハンを食べ始めた。
カレーチャーハンを食べ終わり、皿を洗って、服を普段着に着替える。
時間は午後九時過ぎ。今から家に帰れば、まあ、そんな時間にはならないだろう。そう思って、俺はカバンを持って外に出ようとした。
「あ、ケイタ! ちょっと待ちなさい!」
メリューさんの言葉を聞いて、俺は振り返る。
メリューさんは何かを持っていた。それは手ぬぐいに包まれた何かだった。紫色のそれには箱がくるまれているようだった。
「……これは?」
「余っていたから、持って帰りなさい。ここに置いとくと捨てちゃうだけだから」
「ありがとうございます」
軽く頭を下げて、その包みをカバンに仕舞った。
そして俺はボルケイノの扉を開ける。
「それじゃ、お疲れさまでした。また明日」
「お疲れさま」
メリューさんの言葉を背に、俺はボルケイノを後にした。
◇◇◇
次の日。
いつものようにボルケイノのある場所へと到着した俺は、違和感に気づいた。
「……おかしいな。どうしてだろう?」
いつもの時間ならそこに存在しているはずの――ボルケイノへと続く扉がなかった。
あるのはただ壁だけ。なぜか、扉は存在しなかった。
「どういうことだよ……」
実は、俺は急いでいた。
なぜか?
それは単純明快――メリューさんが渡してくれた箱にはクッキーが入っていた。昨日の午後とは違い、キャラメルが入ったクッキーだ。まあ、それは別にどうだっていい。味も美味しかったし。
気になったのは箱についていた押し花だ。その花は中央が黄色で、周辺に紫の五つの花びらがある、とても可憐で可愛らしい花だった。妹いわく、その花はワスレナグサというらしい。
――花言葉は、『私を忘れないで』。
その花言葉が、どうも引っかかった。
まるで、メリューさんが、どこかに居なくなってしまうのではないか。そう思ったからだ。
予想通り、ボルケイノの扉はなかった。
壁しかなかった。
不安で、不安で、仕方がなかった。
もう二度と、ボルケイノに行けないのではないか――そう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます