祭りの季節は恋模様?


 とある王国の、首都。

 普段は人が疎らに歩いている程度のメインストリートも、今日はたくさんの人が歩いていた。


「それにしても、この季節になると色々とモノが売っているわねえ……。さすがは祭りの季節!」


 普段通りメイド姿のメリューさんとティアさん、そしてパーカー姿の俺。あえて言おう、この世界にパーカーなど似合わない。だってこの世界で生まれたものではないからだ。

 だからといって店の服を着るのも何か変な気分だし、だったらいっそ完全に私服で出掛けてしまえ、という考えに至ったわけだ。


「……それにしても、初めて見ましたよ。この国って、こんなに人が居るんですね」


「まあねー。でも大半は他の国からこのイベントを見にやってきた『旅人』に過ぎないよ。旅人は優雅なご身分だ、自分が飽きたらさっさと別の場所に行けばいいのだから」


「でも、だからといってそうはいかないでしょ? 実際問題、旅人だって路銀が無いと食べ物にすらありつけないわけですし」


「だから、ここでモノを売るってわけ。ここが何だかまだ理解していないようね。ここは世界一巨大なバザーよ。何が揃うか解らないけれど、世界に存在するものの全てがここにあるとも言われている巨大市場! ……まぁ、さすがに一年中はやっていないけれどね。この時期になると世界のあらゆるところから旅人がやってくる。そしてモノを売り、路銀を集め、それを旅の資金にするわけだ。ある国でタダ同然に手に入れたものが、この国では金塊に勝るとも劣らないものになっている……って、そんなおとぎ話みたいなことがザラにある場所だからね、ここは」


 バザーを見ながら、俺たちは歩いていく。

 なぜこんなことになってしまったのか――ということについて、俺の主観という形にはなってしまうが、軽く説明することにしよう。

 メリューさんはどんな料理でも作ることが出来る。……が、それは同時に、『どんな料理でも対応可能な種類の食材』を確保する必要があることを意味していた。

 まぁ、確かにその通りだ。どんなレシピでも再現可能なコックが居ても、食材が無ければ対応しようが無い。

 だから俺たちはその食材を求めてこうして異世界のバザーをぶらぶらと歩いているわけだ。


「……それにしても、まさかこんな簡単に異世界に来るなんて……」


「一応言っておくとだな、お前が普段居るあの空間だって厳密には異世界だぞ。あまりに慣れすぎてしまったからか、忘れてしまったのかもしれないが」


「そうだった! 確かに言われてみれば、あれも厳密に言えば異世界……。でも、あれはただの閉鎖空間じゃないのか?」


「閉鎖空間であって、どんな世界とも繋がることの出来る世界……そう言えば聞こえはいいが、実際はただ不安定な世界だからね。一つの世界を安定して構築させ管理することなんて、それこそ神様にしか出来ないってことさ」


「神様、ですか……」


 ふとそこで俺は、前にメリューさんから聞いた昔話を思い出した。一瞬のようで、それでいて永遠の出来事にも取れる、あの昔話。

 メリューさんがかつては人間だった……今思えば、むしろそうであって当たり前だったのかもしれない。あんなに表情豊かであるのにドラゴンだなんて、正直信じられなかったし。

 それにしても、ドラゴン……か。何で俺はこんな『異世界の象徴』と喫茶店を経営することになってしまったのだろう? それを知りたい人間は、きっと俺が思っている以上に多いのかもしれない。少なかったら、ただの驕りに過ぎないのだけれど。

 ……そう俺が物思いに耽っている、そんなタイミングの出来事だった。



 ドン! と短い破裂音があった。



 それを聞いて俺は我に返る。音の鳴る方向を急いで振り向いた。

 さらに二度、間髪を容れずに破裂音が鳴り響く。それが鳴るにつれて、会場の空気は盛り上がっていく。


「いったい、何が……!」


「そう慌てる必要は無い。上を見てみろよ、ケイタ。そうすれば君の知りたい真実が掴めるさ」


 メリューさんは人差し指を立てて、そう言った。

 はて、それはいったいどういうことなのか? 理解に苦しむが、俺は上を見た。



 ――そこには、夜空に花が咲く光景が広がっていた。



「これは……?」


花火ファイヤーフラワー、って言うんだっけか。ケイタの居る世界では」


 こくり、と俺はメリューさんに言われるがままに頷く。

 さらに、メリューさんの話は続く。


「きっとこれを見て『珍しい』と思ったかもしれないな。まぁ、確かに珍しいかもしれない。この国でもこれほど大々的に花火を打ち上げることは無いからな。何せ、今はこの国の生誕祭だ。めったに打ち上げることのない花火を打ち上げて、国の誕生日を祝う……って話だよ」


 国の誕生日を祝う、か。俺の住んでいた国ならそんなことは無い。別に愛国心が無い、ってわけでも無いと思うのだが……まぁ、この国に比べたら負けるかもしれないな。それほどに、熱量が違う。


「……さてと、ざっと見渡したが何か良さげな食材はあったか、ティア」


「入口前のお店で、マキヤソースとスペシャルアイアンメイデンドレッシングが売っていたよ、樽で」


「樽で!? ……何だよ、それ。もっと早く言ってくれないと。入口なんてここから走っても十分以上かかるわよ! 人混み、雑踏の中じゃもっと時間がかかるって言うのに……!」


 普段の彼女なら地団駄を踏みたいところだが、そうもいかない。

 仕方なく彼女は踵を返して、雑踏の中を分け入るように進んでいった。ティアさんも後を追うように走る。そして最後に、俺。脇目もふらずに走るメリューさんたちに追い付けなくなっていく。姿が小さく、小さくなっていく。ちくしょう、もっと後ろを確認しろよ! そんなツッコミなんて出来る余裕も無かった。

 そして俺はとうとう疲れ果て、その場でへたり込んでしまった。


「大丈夫?」


 俺の頭上から、そんな優しい声が聞こえたのは……そのときだった。

 その声はとても優しい声だった。麻で織り込まれた服を着ていた少女は、リンゴが山盛りに入っていた籠を持っていた。


「……ああ、大丈夫だよ。少し、おいていかれてしまってね。まあ、休憩してすぐに追いつくさ。場所は知っているから」


「祭りは初めて?」


 籠を持つ少女は首を傾げて、俺に訊ねる。


「……ああ、初めてだ。ここに来たことも無い。ちょっと前に来たばかりだからね、この国には」


「旅人さん、ってことだね。いろんな世界を旅しているということでしょう? すごいなあ……。惚れ惚れしちゃうね」


 俺はその言葉を聞いて、ついドキっと胸が高鳴った。

 そして出来ることならここでずっと話し続けていたい。

 俺はそう思った。

 けれど。

 それとほぼ同じタイミングで、バザーの入り口のほうが少しざわついてきているのを感じた。

 何か、嫌な予感がする。


「……何かあったのかな。なんか、向こうのほうが少し騒がしいようだけれど……」


「済まない! ちょっと行ってくる!」


 俺は居ても立っても居られなくなり、そのまま走り出した。

 嫌な予感が、的中しなければいいのだが――。



 ◇◇◇



 だが人生とはそう簡単にうまくいくわけもなかった。

 騒ぎの中心では、やはりメリューさんとティアさんがいた。一方的に暴行されている姿だった。メリューさんのことだから反撃でもするかと思っていたが、していなかった。

 相手は男だった。目つきの悪い坊主で、いかにも何か悪さをするような感じ。


「ほら、抵抗しねえで寄越せよ、その角を」


 頻りに男はそう言っていた。

 ドラゴンの角。

 噂には聞いたことがある。ドラゴンの角は秘薬だ。どんな病気でも治すことが出来ると言われている。メリューさんの話にもあった通り、ドラゴンそのものが『高級食材』として扱われている。

 その擬人化した存在――ドラゴンメイドも例外ではない、ということだ。

 男は、そのまま騒ぎの中心になるのが嫌だったのか、メリューさんとティアさんを強引に麻袋に詰め込んでそのまま馬車に放り込み、群衆に構うことなくどこかへ走り去っていった。

 その間、俺は――何もできなかった。

 何もしなかった、のではない。

 怖くて何もできなかった。

 ただ俺は、二人が攫われていく姿を見つめることだけしか、できなかった。

 追いかけなくてはならない。助けなくてはならない。頭ではそう考えていても、行動で示すことが出来ない。そもそも俺は生身の人間だ。ああいう盗賊に立ち向かうことが出来るのだろうか?

 考えれば考えるほど、ネガティブなことで思考が埋め尽くされていくのだった。


「おい、何をしている。そこの少年!」


 だが、希望はあった。

 こんな絶望的状況でも、一縷の希望はあった。

 その声を聴いてざわつき始める群衆。当然だ。その声が誰かなんて、この国の人間ならば一発でわかることだろう。そして俺もそれを聴いて――思わずそちらの方を向いていた。

 そこに立っていたのはパステルブルーのドレスに身を包んだ少女だった。

 そう。そこに居たのは、この国の女王でドラゴンメイド喫茶『ボルケイノ』の常連客、ミルシア女王陛下だった。

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