神なる龍の呪い(後編)
『一応言っておくが、ドラゴンが小さいからと言って人間にとって脅威に変わりないことは知っているだろう? 私はここを動くことは許されない。だが、私はやらないといけないことがある』
「……すること?」
『そうだ。ある喫茶店に向かい、その店を繁盛させろ。それが罰だ』
「罰、って……。私は何もしていないぞ? ただドラゴンの卵を盗もうとしただけ……。しかも実際には盗んじゃいない」
『未遂だろう? 実際にしていなくても未遂なら、十分罪として成立している』
「なんだと……。それはちょっとおかしい話じゃないのかい?」
『いいや、まったくおかしくない。これ以上話をぐちゃぐちゃにする必要もなかろう? まずは私の話を聞いてもらおうか。恩を返したいのだよ、私は。その喫茶店に』
「恩返し、ってことか?」
『まあ、そういうことになるだろうな。私はかつて、その喫茶店の主に命を救われた。だから恩返しをしたい。その店に恩返しをしたいのだよ。繁盛させるのが、店の重要条件だろう? だから私はどうにかしてそうしたかった。……だが、ここを離れてしまえばすぐに人間どもはここを占領してしまうことだろう。だから私は離れられない。だが、子供だけに頼むわけにもいかないし……』
「それで、適役が私、ということか?」
『そうだ。お前はコックなのだろう? ならば、都合がいい。むしろちょうどいい。完璧だ。なぜこのようなタイミングに来たのか……それは神のみぞ知る、と言ってもいいだろうな。それくらいの「奇跡」だよ』
「……そんな奇跡、できることなら伺いたくないものだが」
『一応言っておこう。万に一つと私は気持ちを変えるつもりはない。お前がドラゴンの卵を盗もうとした事実、それは一切変わらない。だから、私のために力になってくれないか。その喫茶店を救ってくれ』
「……救う、ねえ。別に断ることはしないけれど。私だって料理人だし。それに、具体的な場所に勤務していないから、それもそれでアリかも」
『そう思ってくれて助かる。それでは――まあ、君には関係ないかもしれないが、二つ「枷」を用意しておいた』
そして、私の身体は――光り輝いていた。
「何をした……!?」
『なに。一つ、私の呪いをかけた。まじない、というやつだ。たぶん君は、きっと守ってくれると思うけれど……守らなかった場合の保険ってやつだ。君の身体を――』
そして、私は――私の視界は、黒に染まった。
◇◇◇
気づけば、私はカウンターで居眠りしていた。
「ううん……ここは?」
周囲を見渡すと、古い棚にたくさん積められているティーカップ、コーヒー豆、その他もろもろ……。ようく見ると、ここが喫茶店だと理解できる。
「もしかして、あのドラゴンが言った喫茶店って……」
「その通りです。ここは、あなたの言った通り、私の父の言っていた喫茶店になります」
声が聞こえた。
そちらに向くと、背後に黄色い髪の少女が立っていることに気が付いた。メイド服に、分厚い本を持っている。肌をよく見ると鱗がついている。……誰?
「ああ、そういえば自己紹介をしておいたほうがいいかもしれませんね。私の名前はティア。一応言っておきますが、苗字はありません。だってドラゴンの娘ですから」
「それじゃ、一つ目の『保険』というのは……」
ティアは私の言葉を聞いて、頷いた。
「ええ。私が補助として就く。仮に何かあったとき、私が力になるということです。具体的に、目標を達成するまでの間……でしょうか」
「目標?」
「このお店を、世界中の人々が笑顔で染まるような場所にしたい」
端的に、ティアは言った。
「――この店のオーナーが言った願いですよ。ですが、オーナーは死んでしまいましたけれどね。そして、オーナーから我々が引き継いだのがこのお店。ただし、このお店は我々がその目標を達成するために、達成しやすくするために、設置していますけれどね」
「……というと?」
「この空間は、別の世界とは違う時間軸で進行しています。正確に言えば、『どの世界にも属していない、独自の世界』を構築していると言えます。この喫茶店と、庭。それがこの世界を構成するすべてです。そして、この世界を守るのが私たち……ということになります」
ティアという少女の話は続いた。
「あなたがどう考えるか私には解らない。逃げ出すかもしれない。母さんはそれを赦さないかもしれないけれど……、私は別に逃げたって構わない。そう思っている」
「親子で考えが食い違っているのだな?」
「まぁ、ドラゴンは自主性が問われるからね。それくらい当たり前だよ、ドラゴンの世界じゃ常識」
「ドラゴンの世界、ねえ……」
私はただの人間な訳だけれど。
全く、人間にドラゴンの常識を持ち込まれても困るよ。私は人間なのだから。予め繰り返しておくけれど。
「……何か、『何を言っているのか解らない』的な感じにも見えるけれど、きちんと物事を把握或いは理解してから進めたほうがいいと思うけれど? 実際問題、物語がどう転ぶだなんて誰にも解らない。解りきった話でも無い。……あぁ、そういえばあなたたちの世界ではこのことをこう言うのだっけ?」
「何て?」
「五里霧中」
「……世界を間違えていないかしら?」
「うん? 世界を間違えていないか、とはいかに詩的な表現だろうか。面白い、いやはや面白いね。母さんがあなたにこの喫茶店を任せた理由が、ほんの少しだけ解った気がするよ。ほんとうに、ほんの少しだけね」
「そこ、強調する必要あるか……?」
ティアは笑っていた。その一所作一所作が、とても優雅に見えた。
きっと親に仕込まれたのかもしれない。この時をずっと待っていたのだろう。
……私は小さく溜息を吐いて、伸びをした。
こうなってしまえば、仕方がない。
郷に入っては郷に従え、という古い言葉もある。
だったら思いっきりしたがってしまえばいい話だ。
「……いまさらここで私が言わずとも問題ないと思いますが……、この喫茶店で働いてくれますね? メリュー」
「私がいまさらこの状況で否定するとでも? ……解っているよ、このお店を自分のものにしてもいいのだろう? 素晴らしいではないか! 最高だ。完璧だ!」
「……まあ、意味合い的には間違っていませんが。一応言っておきますが、ここのお店のマスターはあくまでも私ですよ? まあ、普段はあなたで構いませんが」
「了解。客にも私がマスターという意味合いでいいのか?」
こくり、とティアは頷いた。
ティアはそれ以降何も言わず、カウンターにある椅子にちょこんと座り、分厚い本を読み進めていった。
ま、何とかするしかないか。
私はガリガリと頭を掻いて、そう言った。
◇◇◇
メリューさんから聞いた話は、とても長い話だった。というか、こんな長い話だったのにしっかり物語の中に落とし込むって、メリューさん話をするのがうまいな。ほんとうに。
「……どうだった、ケイタ。私の話は。長い話だったかもしれないが、これでも随分と搔い摘んだんだぞ? ほかにもいろいろとあったんだがな、それはさすがに割愛させてもらうことにしたよ」
「うん、それでいいと思う。実際問題、今の話だけでも理解するのに時間がかかりそうだから……」
別に頭が痛い、というわけではない。その話が長くて整理するのに時間がかかりそうだ、というだけだ。
それにしてもティアさんはこの長い話を聞いても何も反応を示すことはなかった。まあ、当然といえば当然かもしれないけれど。ずっと本を読んでいる、とでも言えばいいかな。ハードカバーの分厚い本。いつもあの本を読んでいる気がするけれど、この際何の本を読んでいるかは気にしないほうがいいのだろうな。
そしてメリューさんは椅子から立ち上がり、厨房へと戻っていった。
「昼休憩は終わりだ。仕事に戻るよ。いいかい?」
それを聞いて、俺ははい、と頷いた。
まだまだメリューさんに聞きたいことはあるが、それをすべて聞き終えるまでには、まだだいぶ時間がかかりそうだった。
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