猫キャバクラは週イチが限界
ちびまるフォイ
我輩は猫であるわけがない
「こんな店なんてあったかな」
夜遅くの残業帰りに、ふと見慣れない看板が目に入った。
キャバクラ『be a CAT』
「最近、会社の接待でもキャバクラ使うし、社会勉強もかねて入ってみるか」
まるで受験生が受験会場を下見するノリでドアを開けた。
中にはピンク色の証明と着飾っている猫たちが出迎えた。
「「「 キャットへようこそ、ご主人様 」」」
「ねこぉ!?」
待っていたのはキャバクラ嬢ではなく、猫、猫、猫。
猫カフェとちがうのはどの猫も毛を盛って、セクシー?な服を着ている。
席に着くと、一匹の猫が膝の上に座った。
「お客さん、この店はじめてですかニャ?」
「はじめてっていうか……日本史上はじめてですよね」
「異文化交流と思って楽しむといいニャ。
私たちも人間の話を聞いてそれを肴にして楽しみたいだけニャア」
メニューを見るとお酒はどこにも見当たらない。
あるのは高級猫まんまと、猫も飲める人間用の飲み物ばかり。
「私、ドンペリーニョ・猫缶が食べたいニャア」
「高っ! 20万もするのかよ!?」
「私に接客してもらっているんだからそれくらい当然ニャア」
そういわれると、ひざで丸くなる猫はたしかに毛並みも整っていて
さらに模様も美しく、猫界では相当な美人だろう。
そっと手を伸ばすと、猫パンチでひっぱたかれた。
「お客さん、ここはそういう店じゃないニャア」
「え、でも……」
「猫カフェと誤解してるニャ? おさわり現金ですニャア。
ここは会話とまんまを楽しむ紳士と淑女の社交場ですニャ」
そこそこの値段の注文を取ってこの状況をなんとか楽しむことにした。
猫まんまが届くと、猫はそれをちびちび食べながら話を促した。
「ところで、お客さん、なんだか疲れてるニャ?」
「え? あ、まあ……そうかも」
「軽く話すといいニャ。猫だから人間に情報が漏れることはないニャ。
私たちがしゃべれるのはこの店の中だけニャ」
まるで飼い猫に話すように愚痴をこぼした。
猫は別に熱心に聞くでもなく、たまに「ニャア」と相づちを打ったりして聞いていた。
それが何よりも楽で心地よかった。
普通のキャバクラなら嘘くさく「へぇ!そうなんですかぁ!」とか言われてる。
「猫は自由ニャ。お客さんが相手だろうと自由に接するニャア。
また来るといいニャ。人間同士じゃうまくいかないこともあるニャ」
その日はゆっくりと深い眠りができた。
翌日も、その翌日も猫キャバクラに通うようになった。
「「「 キャットへようこそ、ご主人様 」」」
膝にかわるがわる別の猫がやってきては話をしたり、聴いたりする。
彼女たちはどこまでも自由で身勝手でマイペース。
それが俺にとっては話しやすく、ストレス解消の場になっていた。
「今日もありがとう。また明日も来るよ」
「それはやめておいた方がいいニャ」
「え? なんで?」
「最近、人間と話したのはいつニャ? 猫界に入りすぎニャ」
「人間は疲れるんだよ。腹の中でなに考えているかわからないし
すぐに陰口言うし、相手の気持ちをこれっぽっちも考えちゃいない!
猫と一緒に居る方がずっと楽なんだ!」
「……ま、別にいいニャ」
それ以来、何も言われなくなった。
俺の猫キャバクラ通いはますます頻度を増していった。
ある朝、ヒゲを剃ろうと洗面台に立つと鏡に映る自分を見て驚いた。
「なんだこのヒゲ……!? まるで猫じゃないか!?」
ほっぺからは横にピンと伸びたヒゲが生えている。
触ってみると、ヒゲは体の一部であるように感覚が伝わってくる。
その日は「キャバクラで話すネタができた」程度に思っていたが、
翌日、頭からネコミミが生えて来た時はさすがに言葉を失った。
「な、ない!? 人間の耳がない!!」
フードを目深にかぶって、ネコミミを隠すと猫キャバクラに朝から突撃した。
「お客さん、まだ開店してないニャ。発情期じゃないのに焦りすぎニャ」
「そんなことじゃない!! これはどうなってる!!」
フードを取ってネコミミを見せると、猫たちはニャアとため息をついた。
「だからいったニャア」
「なにを!?」
「飼い主は人間に似るというニャア。その逆もしかりニャ。
お客さんは猫界に踏み込みすぎたのニャ」
「どうすれば戻れるんだ!?」
「人間界に戻ればいいだけニャ。人間らしくしていれば自然と戻るニャ」
「人間らしく……?」
耳を隠しつつ、普段通りの生活を"人間らしく"やってみるがすぐに無理が出た。
素早く目に映るものは猫の本能が働いてつかみたくなる。
やたら狭い場所に入りたくなるし、暖かい場所で眠りたくなる。
「なにやってんのかしらあの人……」
「近づかないほうがいい。きっと頭おかしいんだ」
「うわっ、こっち見た。絡まれるぞ、行こう」
「ま、待ってくれ……! 俺は人間に戻りたいだけなんだ!」
人間に戻ろうと、人間の多くいる場所に行ってみるが
少しでも猫っぽいしぐさが出ると一気に距離を取られてしまう。
気が付けば、俺は人間の世界からはじき出されて復帰すら許されなくなっていた。
「ああ、どうすれば人間に戻れるんだ……」
猫は絶対しないが、人間だけがやること。
それをすればきっと人間に戻れるはずなんだ……。
「……あ! あるぞ! 人間だけがやること!!」
俺は家を飛び出した。
※ ※ ※
猫キャバクラ『be a CAT』にはまた別の客がやってきた。
「へえ、ここが猫キャバクラか」
「お客さん、よく見つけたニャア。誰かの紹介ニャ?」
「職場の同僚がね、前にこの店のことを話してたんだよ。
そいつ、毎日通うほどハマっていたみたいだから、一度見てみたくって」
「そうなのかニャア。だったら一緒に来ればいいのニャ」
「いや、それが、最近ずっと姿を見せないんだよ。
数日前からしぐさが猫っぽくなっておかしいなとは思ってたんだけど……」
客はメニューを見て注文を取ると、話をつづけた。
「なんか"一番人間らしいことをしてやる!"とか言っていたなぁ。
今じゃなんのことかわからないけど」
「考えてもわからないことを悩むのは人間の悪いところニャ。
猫のように自由にわがままに生きたほうがずっと楽ニャ」
「そうかもしれないな。この場を楽しむことにするよ」
客は気を取り直して、とっておきの猫ニュースを話すことにした。
「ところで聞いてくれよ。今朝、会社の前で猫が死んでいたんだ。
飛び降り自殺でもしたみたいでさ。
人間みたいなことする猫もいたもんだなぁ」
「人間らしい? 猫は死に目を人に見せないニャ。
誰も見てない場所で死ぬ。それこそまさに猫らしいニャン」
猫キャバクラは週イチが限界 ちびまるフォイ @firestorage
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