なにげない正月 (パラダイス委員会シリーズより)

クロフネ3世

第1話

 周囲との調和を重視した柔らか味のある淡いクリーム色の外観と、解放感ある大きな窓の中から覗いている落ち着きのある木材の深い色が織りなすハーモニー。その調和のとれた建物全体が放つ安らぎの色調が、訪れるものを温かく向かい入れるようで、初めて来た僕でもなんだか緊張しないで済む。玄関先に植えられたシンボルツリーであるシマトネリコの緑もまた、穏やかに来客を迎え入れてくれるようだ。


 けれども……。


そうなんだよ、けれどもだ。別に僕たちは建もの探訪しに来たわけじゃない。


 僕自身よ、思い出せ。今日が2017年1月1日だということを。


 そして、横にいるのは何度も感嘆のため息を吐いてしまうようなベテラン男性俳優ではなく、同じ高校に通う傍若無人な女子高生だということを。


 玄関先でまず物言わずに迎えたのが、門松、しめ飾りときたものだから、北原の家が正統派でストロングスタイルな正月を迎えていることに気が付いた。今どき、しめ飾りだけならまだしも門松まで飾る家はあまり見ない。それだけに、いかに北原家が正月スタイルにこだわりを持っているのが窺える。


 門松は年神様を迎える目印のためにと、パラダイス委員会の歩くウィキペディアこと藍田鈴がいれば正月薀蓄を語られていただろうが、幸いなことに今日は不在。委員長も無駄に煩わしくなることを嫌っての人選なのだろう。


 といっても、今日のメンバーは僕と委員長の二人だけである。正月からデート?


 なわけない。


 第一、目的地が同じ委員会のメンバー宅なところからして、楽しめるような雰囲気ではないのが分かるではないか。


数日前、委員長から正月の予定を強引に突っ込まれたのだ。


 2017年のパラダイステーマは『なんでもないようなことが幸せ』だそうだ。


 正直、パラダイステーマという言葉自体を初めて聞いたのだが。


 何気ない正月からの幸せを感じ取るためにも、何気ない人間の何気ない正月に触れてみようと思い立った結果が、北原家前集合だったのだ。KITAHARA というローマ字が白地でくり抜かれたクリアガラスの表札と門松やしめ飾りが並ぶ玄関先がどこまで何気ないのかはあえて問いはしない。これだけ多様化した社会においてなんでもないとは何かを問うにはいいじゃないか、という意識高い感覚も持ち合わせてもいない。あるのは、早く帰りたいという気持ちだけ。


「素晴らしい。分かり易いほどの正月、だな」


 委員長が門松を眺めながら満足したように深く頷いている。なるほど、このある種のわざとらしさが見え隠れする雰囲気が委員長にとって正解なのか。違う意味で僕も軽く頷いてしまう。


 ピンポンとためらいもなく委員長は呼び鈴を鳴らすと、過剰な演出だと突っ込みたくなるような北原の母親が笑顔で迎えてくれた。紅色が艶やかな着物を着こんでいるのだ。それが高そうかどうかまではさすがに僕には認知できないことだが、正月から着物を着て過ごすスタイルをマジかで見たことが大きなインパクトである。開いた扉の先には、ちらりと鏡餅も見える。ここまで徹底されると、やはり何か演出家が陰で隠れているのではと疑いたくなる。


「あら、一輝のお友達? 今呼んでくるから」


 と、僕たちが何者か告げる前に察してくれて、母親は家の奥へと戻っていった。


 家の奥からは何やら複数人が騒がしくしている様子がうかがえる。正月ならではの、親戚一同が集まっていると言ったところだろうか。僕の家には決してない光景だが、見鯨市にはまだまだ有り触れた光景である。なんだかんだ言え、地方都市でありまだまだ家族三世代で住む家も多い。


「どうしたんですが、新年早々に」


 階段から降りてきた北原は、家に居ながらも高校の制服を着ている。恐らくは、親類が来ていて小奇麗な格好をする必要性があったのだろう。コンビニまで行く時と同じジャンパーを羽織った格好をしている僕は何だか気が引けてきた。


「ハッピーニューイヤーだ! 一輝、これは新年のあいさつだ」


 『御年賀』と書かれた箱を委員長は北原に渡した。どうやら、委員長一人でちゃんと挨拶用の手土産は持参していたらしい。委員長は、こういうところは意外と抜かりがない。しかし、こうなると手ぶらで訪れた自分の気のゆるみが強調されているようで恥ずかしさが増す。ただ同級生の家に遊びに来た感覚なのに、なぜに誰もがキッチリとしているのだろうか。なんでもない、という言葉はどこに引っかかっているのだろう。


 けれど、北原はそんなこと気にかけていないのか、無言で委員長の手土産を受け取りほんの少し間を開けると、


「で、年明け早々なんの儀式ですか?」


 と返してきた。淡々とした口調はいつも通りだが、流れからしてやや棘があるように感じられる。


「なんでもない正月が見たくてな。お前、いつも平均点の上下5ポイントからぶれないだろ? そんな奴はこの学校にお前だけだからな」


 確かに、北原は中学時代からいつもパラダイスポイントは平均点ラインをうろうろしている奴だった。なんでもない、という部分を引っかけるにはうってつけかもしれないが。ただ、いつも淡々としていて彼が何で感情を揺さぶられているのか判別できない。不思議な空気を持った人間だ。


「そう……」


 北原は、そこで玄関先にあるリビング入口を一瞥する。そこには先ほどの母親がにこやかな顔で立っている。息子の友達がどのような雰囲気なのか気にかけているのだろう。気持ちはわかるが、何か監視されているようで気が重い。ただでさえ、手土産もなくラフな格好しているというのに。


「どうぞ、入っていって下さい。せっかくだから、お節でもお召し上がりになって」


 母親の優しげな声がかかった。


 そんな母親の言葉とは裏腹に、北原は僅かにだが顔をしかめる。けれど、その表情は本当に刹那的で、次の瞬間にはこれはまた僅かにだが表情筋を緩ませながら


「どうぞ」


 と僕たちを招き入れてくれた。年が変わろうと、相変わらず感情が読めない。



(2)へつづく

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