雪国探偵

@yshkkbys

1. 不味いコーヒー

 トンネルを抜けなくてもそこは雪国だった。

 寒い。とりあえず寒い。今も雪が降り続いている。

 あまりに寒いので喫茶店で一休みすることにした。

 張込みは続けなければいけないが、凍え死んでしまっては元も子もない。

 不味いコーヒーを頼んだ。ここのコーヒーはとにかく不味い。口がひん曲がりそうだ。だが酷く熱いので身体を温めるにはちょうどいい。

 一度どうやって淹れているのか聞いてみたいのだが、世の中には知らなくていい事が沢山あるという。

 これはその中の一つに入るだろう。

 そういうわけで、コーヒーの淹れ方を尋ねたことはない。


 不味いコーヒーのおかげで冷えた身体が温まったので、張込みに戻ることにする。

 後何回かはこのコーヒーにお世話にならなければならないだろう。

 考えただけで憂鬱になる。

 そもそも、何故こんなに身体が冷えるのかと言えば、外で張込みをしているからである。

 雪国の冬は寒い。

 この時期に外を歩く人などいない。

 大抵は車で移動するだろう。

 だが、このシャッター街と化した商店街に車が長い間駐車しているのは怪しすぎる。

 だいたい1時間に1台車が通ればいい方なのだ。

 したがって、駐車する車が存在しない。

 仕方がないので物陰でひっそりとしているしかないのだ。

 対象者が働いているであろうオフィスが見える場所、かつ、ビルの狭間。そこが居場所となる。

 偶々喫茶店の脇がそういうような場所だったので、一応喫茶店からも監視することは出来るのだが、余り長居して喫茶店の店員に顔を覚えられるのも困る。

 何しろコーヒーが不味いのだから。

 そういうわけで仕方なく凍えながら張込みを続けるのだった。


 4杯目のコーヒーで身体を温めようかと考えていた頃、張込みの対象者がオフィスから出てきた。

 某超有名サッカー選手のような、脇を刈り上げ整髪料で固められた髪、銀縁のメガネ、もみあげと繋がってはいるが長すぎない整えられた髭。もらった写真の通りだ。ぱっと見が怪しすぎる。

 男が煙草をふかしながら5,6分ぼーっと立っていると、女が現れた。

 男が女にアタッシュケースを渡す。

 そこを写真に収めた。

 どうやらアレが重要な物らしい事はわかる。

 女を追う事にしたが、どうも様子がおかしい。

 雪道の歩行に慣れていないようだ。

 腰が引けておっかなびっくり歩いている。

 あれはダメだ。

 足が滑ったら顔から落ちそうである。

 まあ、転けてくれたらこっちとしては楽なのだが。


 そうこうしているうちに、漸くシャッター商店街唯一の駐車場に辿り着いた。

 昔は至る所にコインパーキングがあったのだが、シャッター商店街に車が来なければ、駐車場も無くなるのは仕方がない。

 とうとう此処だけになってしまった。


 女の車を尾行しようと、車に乗り込む。

 なぜこんな雪国にクーペタイプの外車で来るんだ。

 走り出しでスリップしてるじゃないか。

 先が思いやられるが、自分の車じゃないので気にしても仕方ないと思う事にした。


 20分ほど尾行していると、女の車があるビルの前に停まった。

 事前に聞いていた通りの会社の名前が見える。

 女がビルに入って行くところと、ビルの前に停まった車を写真に収めた。

 証拠としてはこれで十分らしい。簡単な仕事だ。

 ただちょっと足が冷えすぎてしもやけみたいになったから、今日はもう帰って温かいお風呂にでも入ろう。

 そしてしばらくもうあのコーヒーは飲みたくない。

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