4.曇り時々……『少女が口にした、決意の言葉』
控え室にはすでに数名、今回の参加者が準備をしていた。
三人は控え室を見渡すも、そこにイースフォウの姿は無い。
「あの、すみませんお尋ねしたいんですが、一年女子で髪がセミロングくらいの女の子って、もう来てましたか?」
エリスが適当な上級生に、イースフォウのことを尋ねる。
「ん? どうだったかな? 私はかなり初めのころから居たけど、そういう子は来てないかな?」
「そうですか、ありがとうございます」
三人はほかの参加者や係員にも尋ねるが、一人もイースフォウを見たものは居なかった。
とりあえず三人は一旦、イースフォウが来るまでその場で準備を始めることにした。
三人は本日、一応セコンドとしてイースフォウを支援することになっていた。なっていたというか、ヤマノ教師に『ほかに頼める奴が居ない』と半分押し付けられる形で引き受けることと成っていた。
三人としても反対する理由は無かった。イースフォウの訓練を手伝う予定が、それも半分なくなってしまったのだ。まだ、彼女の力に成りたいと思っていた。どのような形でも力になれるのは、それなりに望むところだった。
しかしセコンドの準備といっても、多くあるわけでもない。さらにこの公開模擬戦。十三分のノンストップバトル形式で行われる。ボクシング等のセコンドというよりは、サッカーなどの監督に近いポジション、もしくは応援席である。
準備と言えば、最終的には応援できる体力の確保くらいであろう。
「とりあえず、イースちゃんがどんな準備をしてきてるかわからない今、私たちが下手に作戦を練っても、たいした力になれないわ」
「私もあれから、ヴァルリッツァーの仙機術の情報をいろいろ集めようと思いましたが、そこまで目立った成果も上げられないのです」
「とは言っても、一週間やそこらじゃ、イースもそこまで変わっていないんじゃん?」
「そうなのよねぇ。でも、そう考えると、当初の予定通り、初っ端から石の型でがっちり固めて、相手の攻撃を受け止めた瞬間にカウンターを打ち込むくらいしか……」
「イースさんは水面木の葉の型の一部を使えますし、あれで上手く攻撃を捌いてカウンターを打ち込めることが出来れば、流れるような攻撃になると思います」
「そんなに上手くいくのかなぁ。都合よすぎじゃん?」
ハノンの意見に、二人とも黙ってしまう。
何がどうなろうとも、スカイラインは強い。カウンターなど当たるかどうかは一か八かの賭けに近い。
そもそもそのカウンターすら、そこまで練習できなかった。イースフォウが居なくなる直前の二日程度だろう。そんな短期間の付け焼刃では、望みは薄い。
「せめて、一週間フルで練習できたのなら良かったかもしれないけど、これじゃどうしようもないじゃん」
「……まあ、そこはこの一週間のイースちゃんを信じるわ」
「ちょっと、そこの三人」
不意に、声をかけられた。
そこには、先ほどエリスが声をかけた上級生が、装備を整えた状態で三人のほうを向いていた。
「そろそろ開会式が始まる時間みたいだけど……」
上級生は、壁にかかっている時計を指差していた。
「じゃ、私も急ぐから、参加する子が誰か知らないけど、早くしたほうが良いからね」
そう言って、上級生は控え室を後にした。
三人はじっと時計を確認する。
「って、やば!もうそんな時間?」
「イース、間に合って無いじゃん!」
「……これは、いかがしましょうか」
おろおろわたわた、三人は慌てふためく。
「流石に、開会式に本人不在じゃあ、まずいわよねぇ」
「言われるまでもありません。しかも、第一学年の模擬戦闘は、開会式直後に始まるんです」
「うわあ、やばいじゃん」
「と、とにかくスタッフに訳を話そう!」
「スタッフってどこですかっ?」
「全員、開会式に出てるんじゃん?」
「もう仕方ないわ!会場に出て誰か捕まえて訳を話す! 行くわよ!」
そう言って、森野が控え室を飛び出す。二人もそれに習って走り出す。
「会場はどっち!」
「向こうです先輩!」
三人並んでどたばたと走り、会場への入場口になだれ込む。
「だ、誰か居ない?」
森野の第一声に、入場口脇にいたスタッフが驚く。
「なんだ、君たちは! 開会式だぞ?」
「あ、いや第一学年参加者のイースフォウが、遅れているようで、それを伝えに……」
森野のその言葉に、スタッフは情報端末を取り出し、通信する。
「おい、第一学年の参加者が揃ってないってのは本当か?」
『ああ、本当みたいだな。開会式に並んでる奴らを見てみろ、一人いないだろう?』
「……確認した。どうも遅れているようだが、話は伝わっているか?」
『このまま来ないのなら、運営側としては棄権とみなすとのことだ』
「「……棄権」」
その言葉に、三人は愕然とする。
その可能性は確かにあった。むしろ今の状況では、一番可能性が高い結果だ。
だが、それでも三人はそればだけは考えないようにしていた。
それだけは、選んじゃいけない。最後の一線なのだ。
だって、それを選んでしまったら……。
「自分にだけは負けちゃ駄目じゃん、イース」
ハノンがポツリと呟く。
「……今のイースちゃんには、この選択が必要だったのかしら」
森野も珍しく弱気になる。
「でも、何もしないで終わるのだけは、いけませんよ……」
エリスもがっくりと肩を落とす。
しかしそのとき、スタッフの通信機から声が流れた。
『ん? おいっ! 君は何だ! ここからは関係者以外立ち入り禁止だ!』
『いや、ごめんなさい! でもここ通らないと間に合わなくて!』
『は? ちょっとまて、だから無理やり入ろうとするな! せめて話をしてみ……フゴッ!』
『ごめんなさい! あとでいくらでも始末書出しますから!』
その声を聞き、三人は顔を見合わせる。
「……今の声、イースちゃんよね?」
「なんか。ずいぶん明るくなっているような気がしましたが……おそらくは」
「あいつ、遅かったじゃん!」
三人が会場の、開会式を行っている中心部分を見る。
それと同時に、別の入場口から全力疾走で駆けてくる学生が見えた。
何故かボロボロに成ってはいたが、紛れも無く三人が待ち望んだ女生徒だった。
彼女の名はイース。イースフォウ・ヴァルリッツァー。
今期第一学年補習学生にして、ヴァルリッツァー仙機術使いの、イースフォウであった。
「イース! 今までどこ行ってたんよ!」
開会式も無事終わり、訓練場のコーナー、いわゆるベンチと呼ばれる場所に入るや否や、ハノンはイースフォウの胸倉をつかんだ。
「いや、ごめんごめん。やっぱり皆には会いに行かないと駄目かなぁとは思ったんだけど時間が無くて」
「来なきゃ駄目じゃん! あたしたち、それなりに心配したじゃん!」
「ごめんね、どうしても時間が惜しかったから……」
アハハと笑うイースに、ハノンは怪訝な顔をする。
「……イース。なんか、雰囲気変わった?」
「そうかな?」
「なんかこう、前はもっと他人行儀だったじゃん」
「んー、そうかな?」
ハノンと一緒に首をかしげるイースフォウ。しかし、その顔は穏やかであった。
「その様子だと、無駄な一週間ではなかったようね」
「あ、森野先輩。ご心配をおかけしました」
「いいわよ。私はそこまで心配してなかったからね」
「そうですね。ハノンさんが一番イースさんのことを心配していましたが……」
「あーごめんね、ハノン」
「べ、別にそんなに心配はして無いじゃん」
プイと顔を赤らめ、ハノンは明後日の方向を向いた。
「で、イースちゃん。貴方は今日の戦い、どういう作戦で進むつもり?」
森野の問いかけに、イースフォウは笑う。
「いや、それが先輩。良い一手は思いついたんですが、良い試合運びが思いついていなくて……」
「というと?」
「全体的に、どんな風に戦えばいいかなってのが、そこまで定まっていないんですよ」
その言葉に、ハノンはつっこむ。
「だめじゃん!」
「あはは、そうだねハノン。まあ、前とそんなに私も変わっていないから、基本的には一週間前に森野先輩が出してくれた作戦をベースにすればいいと思うんだけど……」
「じっくり石の型で固めて、相手の隙をついてカウンターを放つってあれ?」
「まあ、この一週間カウンターなんて練習できなかったので、せいぜい耐え凌いで相手が疲れたところで反撃に出るくらいが関の山ですけど……」
森野は頭を抱える。
「その作戦じゃ、駄目じゃない」
エリスも頷く。
「同じヴァルリッツァーの術を使うということは、殆ど仙気の消費が同じということです。基礎レベルだけを見ればスカイラインさんと同じだとしても、相手がバテるということは、自分もバテるということなんですよ」
「そうねエリス。私もそこは同じ意見だよ。そこは少し工夫して切り抜けようと思うし……。それになんとなくだけど、第三の型、逆流の型は消費激しい気がするんだ。あの威力、効果を出すとしたら、きっと相当の仙気を使っているはず」
その言葉に、森野は違和感を覚える。
「……イースちゃんは確か、逆流の型をそこまで理解してなかったんじゃなかったっけ?」
その言葉に、イースは笑う。
「大丈夫です、先輩。私が耐えれば、スカイラインは逆流の型を使わずにいられません。使わせることは危険だけど、でもそこで大量の仙気を使わせれば……、勝機につながるはずです。エリスも、心配しなくて大丈夫よ」
答えになっていない言葉。しかし、エリスも森野も確信する。
「ただ単に破れかぶれって訳じゃないのね」
「まあ、今出来る石の型を使った戦術としては、そのくらいしか方法は無いかもしれませんね……」
「まま、私もがんばりますから、三人とも応援よろしくお願いします」
そのとき、模擬戦闘の開始五分前のベルが鳴った。
「イースフォウ・ヴァルリッツァー訓練生! 時間だ、会場に出ろ」
「了解!」
そう言って、ベンチから出る。
森野、エリス、ハノンは、ベンチ柵に身を乗り出す。
「イースちゃん! がんばって」
「相手の自信を砕いちゃえば良いじゃん!」
「無理をなさらずに。でも最後までがんばってください」
三人のエールに、イースフォウは笑う。
だがその笑顔は、少し寂しいようにも見える。
イースフォウとしては、一番言って欲しい言葉があった。三人に信じて欲しいことが一つあった。
だがそれも虫のいい話。今までの自分を思えば、そんなこと、誰も思ってくれない。そんなことは彼女も強く理解している。
だから、イースフォウは口にする。
今までの自分と別れを告げるべく、そして、新しい自分を三人に紹介するべく。
イースフォウは宣言する。
「ええ、必ず勝って来るから!」
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