2.迷い 『少女が鑑賞する、過去の先輩』

イースフォウのスタミナが極限に達し、お互いの充伝器に蓄えられた仙気もほぼ使い切った為、二人はその訓練を止めた。

森野はすたすたと歩いて、エリスとハノンの元に戻る。驚く事に息が切れていない。

「ね、迷わなければ、イースフォウは凄い動きをするでしょう?」

エリスとハノンに森野は笑いながらそう言った。

「確かに……あれだけの間隔で打ち込まれる弾丸を弾き返すのは至難の業です」

「凄いじゃん、イース」

エリスもハノンも、なんとなくはイースフォウの実力を理解していた。今日の基礎力や、短かったとはいえ森野との模擬戦。どれを見ても別にまったくの素人というわけでもなく、むしろそれなりに仙機術を学んでいることは解っていた。

だがそれでも、実際のそれは予想以上だった。

攻撃の位置は宣言されていたが、早さや角度、リズムなどは一定ではない。しかし、それをイースフォウは、ひとつも被弾せずにこなしたのだ。

「まあ、でも」

森野はちらりとイースフォウを見る。先ほど訓練していた場所から、動けない様子であった。

「ハァ…ハァ…ハァ…」

両手を地面について、肩で息をするイースフォウだ。

「思ったよりも、『石の剣』って言う術式は、仙気を消耗するようね」

森野のその分析は正しかった。石の剣は絶対的な防御を実現するために、一般的な術よりもはるかに仙気を練り上げ、術式に組み込まないといけないのだ。

ゆえにこの術を使うと、同時に他の術が使えない。

「この本にも、第一の『石の型』の弱点は防御に徹するコンセプトなのに、仙気力や体力の消耗が激しいところにあるって書いてますね。だからこそ、第二、第三の型が存在するようなのですが……。」

「つまり石の型しか使えないイースフォウは、長期戦が苦手ってことじゃん?」

ハノンの指摘に、ようやっと息を整え三人の下に戻ってきたイースフォウが答える。

「……もともと、ヴァルリッツァー仙機術は長期戦を想定した流派じゃないんです」

けだるそうな表情をしつつも、イースフォウは話す。

「『石の型』も、そもそも敵の攻撃を防ぎ続ける技じゃないんです。あくまで敵に奥の手を使わせるための布石として、初代ヴァルリッツァーは開発したと言われています。……その他の術もその術を使えば、別の術と平衡して使えないと教わりましたけど……」

イースフォウは伝機を再度構える

「だからヴァルリッツァーの術は三つの型を順番に使い、それを通した時に初めて敵を倒せるように作られているんです。大したことの無い攻撃を石のように弾き、本命で放つ攻撃を水面の木の葉のように流し、その流れを逆流させる。その一連の流れをもってして、ヴァルリッツァーの仙機術の奥義となると教わりました」

森野は腕を組みながら、思案する。

「石と、木の葉と、逆流か……でも、どういう術か詳細はわからないんでしょ?」

「ええ、私は水面木の葉までしか学んでいませんし、それもマスターできていませんから……。概念を聞いたことがあるくらいで……」

「だけど、スカイラインって奴は、その逆流もモノにしてるんよね?」

ハノンの問いかけに、イースフォウは頷く。

「……あの子は、全てをマスターしたからこそ、初代に並ぶ才能と言われているんですよ」

と、そこまで話して、イースフォウはふらついた。

「おっとと、大丈夫?」

森野に支えられ、なんとか踏ん張る。

イースフォウはふわふわとゆれる頭を抑える。

「……今日は、少し仙機術を使いすぎたのかもしれません」

森野と二回も模擬戦を繰り広げたのだ。しかも後半は術を行使しっぱなしの訓練。充伝器を使ったとしても、疲労困憊なのは仕方が無い。いかに基礎が固まっているイースフォウといえども、まだまだ学生の身。体力が限界に近づいていた。

「あー、大丈夫? 今日はここらにしとこうと思うけど、寮まで帰れそう?」

「大丈夫だと思います。……でも、出来れば一緒に帰っていただけるとありがたいんですけど……」

このフラフラな状況で一人で帰るのは、彼女もいささか心細かった。

「いいわ」

「いいですよ」

「あたしも、時間あるから寮までついて行く」

森野もエリスも、イースフォウと同じ寮暮らしだ。

ハノンはまだここの学生ではないが、理由あって学園敷地内で暮らしているが、寮とは別方向である。それでも、気を使ってかそのように答えてくれた。

「ありがとうございます」

イースフォウは、武装を解除し伝機を形態サイズに縮める。

「じゃあ、みんなも今日は帰ろう」

そう言って、森野は武装を解除する。エリスは借りてきた本を纏めて、ハノンも身支度を始める。

全員の身支度が終わったところで、エリスが不意につぶやいた。

「あ、そういえば、これがありました」

そう言って、一枚のディスクを取り出した。

「図書館の中で見つけたんですよ。役に立つかなぁと思ったのですが、教室にも戻りませんでしたし、見る機会がなくなっちゃったのですけど」

「なにそれ?」

ハノンがたずねる。だが一方で、

「あ……まさかそれって……」

森野は見当があるらしい。少々表情が引きつっている。

「ハノンさんも時間があるみたいだし、私の部屋で見てみませんか? 参考までに」

そのディスクには「公開模擬戦記録」と題され、その年号は昨年のものであった。




「個人的には、見られるの恥ずかしいんだけど……」

「ですが、やはりこれは参考になると思うのですよ」

「一年前の森野か……面白そうじゃん」

「………」

四人はエリスの部屋にて、モニターを囲みながらくつろいでいた。

女子寮は二人部屋であり、普段はエリスともう一人住人がいるらしい。だが、その生徒は冬休みを利用して帰省しているとのことだった。四人はお茶とお菓子をつまみ、エリスがモニターを操作する。

「でも、よくもまあそんなディスクが見つかったものね」

「正確には司書さんに役立ちそうな資料を相談したら、見つけてきてくれたのですよね」

「ふうん? 司書か。小柄な女の子じゃなかった?」

「あ、そうでしたね。有名な方なのですか?」

「いや、まあちょっと知ってる子でねぇ。……あの子ならまあ、こんな面白そうなディスク、持ってこないわけ無いわね。頭痛いわ」

森野はよく知るクラスメイトの友人のことを思い出しながら、額を抑えた。

「そういえば、去年の相手って、どんな奴だったん?」

「ハノンちゃんも良く知ってる人ね。生真面目で、まあ主席くらいなら成れそうな男の子」

その言葉に、ハノンは目を丸くする。

「え? もしかしてクルス? あいつと戦ったの?」

そのハノンの反応に、エリスが、ディスクケースを見つめながら尋ねる。

「確かに記録にその名前が載ってるけど、知ってる人なのですか?」

「ちょっと前にいろいろあって戦ったこともあるんだけど、そんなに強かったっけ?」

「いや、ハノンちゃんは一対一での真剣勝負じゃなかったでしょ? クルス君は正面切っての戦いならかなり強い使い手よ?」

「まあ、確かに、あいつはかなり真っ直ぐな使い手かもしれないけどさ……」

「実際私は去年、彼との模擬戦で負けたわ。彼の使う持続力のある術、『リトルブレイダー』や『ギャラクシーレールウェイ』……近接系の術者でもないのに、接近戦で私は負けたのよ」

「森野先輩がですか?」

エリスは驚きを隠せない。この数日で、森野の実力は噂以上のものであることを理解していたからだ。

「まあ、あの時は無詠唱ではなくて短縮詠唱だったし、今ほど自分の戦い方が確立はしてなかったからね。でも、それを差し引いても、基礎を固めて正統派の戦いをするクルス君は強いよ」

心から認めている、そんな言い方であった。実際森野は、クルスという少年に対し、評価も尊敬も頼りも、あらゆる面で認めていた。

「今は同じチームで行動することが多いんだけどね。まあ、良いリーダーでもあるのよ」

その言葉に、エリスは期待する。

「それを聞いたら、凄く楽しみになってきました」

エリスも、基礎を固め教科書どおりに技を磨く者として、クルスという使い手が気になった。

「じゃあ、準備できたので、再生しますね」

そう言って、エリスは再生のボタンを押した。

モニターに光がともる。問題なく、映像は再生された。

そのモニターを、イースフォウは無表情で眺めるだけであった。

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