第2話
「あの、すいません」
開き直って着ぐるみプレイの続行を決め、ギルドで依頼を見繕っていると、後ろから声をかけられる。ローブを着て背中に長い杖を背負った女性プレイヤーで、もちろん初対面だ。丁寧な対応でもよかったが、せっかくゲームの中なので多少砕けた返事を返してみる。
「はいはい。着ぐるみプレイ中の俺に何か御用かな?」
「あ、やっぱりチュートリアル特典の着ぐるみですよね!? 一式揃えたんだあ、いいなあ。わたしも大分粘ったんですけど結局猫の前足が足りなくて」
物好きがここにもいたか。しかし猫の前足か。ストレージに三つくらいあるな。
「良かったらいるかね? どうせもう使わないし」
「え!? 猫の前足ですか!? いくら、いくらで売ってもらえるんですか!? は! まさかお金じゃなくてわたし自身が報酬!?」
何言ってるんだこいつは。白い目で見ても着ぐるみ着てるから通じないんだよなあ。表情が読まれないのも一長一短ってことか。
「余ってるからあげるだけだ。ゲーム内でセクハラしたらアカウント停止になるんだろ? 買って一日でそれをする奴は確信犯かただの馬鹿でしょ」
「余ってるって、どれだけチュートリアル繰り返したんですか恐竜さん」
「100回くらい?」
二日以上チュートリアルしかしてないからな。ちゃんと調べてないけどそんくらいはやっただろ。それで一種類しかコンプリート出来ないとか確率が狂ってるだろ。どんだけ犬の尻尾がすとに入ってると思ってるんだよ。
「凄い……わたしもわたしの知り合いもその半分以下で心折れたのに」
「暇潰しなんだから暇が潰せりゃいいんだよ。で? いるの? いらないの?フレンド登録すれば無償譲渡ができるだろ」
チュートリアルの申し子である俺は歩く説明書だ。日常フェーズから戦闘フェーズまで基本動作でわからないことはない。
「安心しなさい。着ぐるみ渡したらフレンド登録は解除するから」
「冷たい! そこはフレンド登録のままで全く構わないです。でも本当にいいんですか?」
「いいんだよ。もう着替えも出来ないしな」
忘れるところだったが、着ぐるみ装備の注意点を説明しておく。
「いいか。こいつは呪われた装備だ」
「意味がわかりません。どう見てもネタ装備かつファンシー系装備じゃないですか」
「そう思っていた時期もありました。着ぐるみの呪いその一。一度着たら脱げない」
きょとんとするローブさん。まあそうだろう。
「着ぐるみの呪いその二。RaceとJobが強制変更」
「ちょっと待ってください」
手を前に出して遮ろうとするローブさん。まだだ、まだ終わらんよ。
「着ぐるみの呪いその三。心の中のツッコミに運営が個別に返事を返してくる」
「いやあああああ! って別にそれは大したことないですね」
マジかこいつ。俺としてはその三が一番意味不明なんだが。もし着ぐるみ着てなくてもこの仕様ならどんだけのスタッフ抱えてるんだってことになるぞ。
『運営からの個別返答は着ぐるみ装備プレイヤーのみの特典なのでスタッフ数は一般企業なみです』
でたな呪いその三め。いつか教会で呪い解いてやるわ!
『当作品の教会にそのような機能は存在しません。残念』
「なああんた。悪いことは言わないから着ぐるみ装備は考え直せ。ここの運営、まじで面倒くさいから」
「今黙ってた間にやりとりがあったんですね……でも、猫の着ぐるみ着たいんです! 呪われてても構いません。キャラクター作り直したと思えばいいんですから!」
そこまで言うならあげましょうあげましょう。ローブの女性、タミコとフレンド登録をして猫の着ぐるみ【前足】をプレゼントする。
「ふおおおおお!! これで夢にまで見た猫さん着ぐるみが揃ったああああ!! ふううううう!! もっふもふ! もっふもふ!」
半狂乱のタミコを見て迷わずにフレンド登録を外しておく。こいつはやばい人種だ。フレンドが減るのは残念だがこのテンションについていけそうにない。
「それじゃあな。呪われてる装備だからって後で文句言うなよ?」
「はい勿論! ありがとうございましたしろくまさん! このお礼は近々必ず!」
笑顔で手を振り去っていく元フレンド。フレンド登録は外したので再会できるか知らないけど、とりあえず手を振り返しておこう。
「なあ、あんた。ちょっといいか? そう、恐竜の着ぐるみのあんただよ」
よく声をかけられる日だ。視線を向けると、明らかに筋の悪そうな若者がニヤニヤ笑いながら立っている。なんだ、親父狩りのつもりか?
「あんたのそれ、チュートリアル特典だろ? まさかコンプリートしてるやつがいるなんてなあ。どんだけ時間かけたんだよ」
「丸二日だな。種類が多すぎるんだよ」
「レベルも上がらねえ、ドロップ品もねえチュートリアルを丸二日? 相当な暇人だなあんた」
初対面なのに随分な物言いだがその通りなので反論はしない。しかしやっぱり目立つのかねこの着ぐるみ。脱げないから仕方ないんだけどさ。
「いいんだよ暇潰しでゲームしてるんだから。それで? 何の用だ兄ちゃん」
「そう警戒するなよ。別にウザ絡みしようってわけじゃねえ」
よく言うよ。怪しさ満点だろう。
「頼みがあるんだ。丸二日もチュートリアルやってたんならよ、鳥の頭、持ってねえか」
なんのことはない。こいつもタミコと同じ着ぐるみ愛好家だった。そんなに人気なのか着ぐるみ装備。
「持ってるには持ってるが、この着ぐるみ流行ってるのか? その割に身につけてるやつはいないみたいだけど」
「流行ってはいねえんじゃねえの? 大体のプレイヤーが途中で集めるの諦めてるからな。俺も鳥装備の頭以外は集めたんだがそれ以上はどれだけやっても出なくて諦めた口だ」
話を聞くと別に着ぐるみ愛好家というわけではなかった。わざわざチュートリアル特典になっていることと、揃えることが不可能と思える出現確率から、特殊効果があると睨んだらしい。ある意味正解だ。ステータスへの補正があることと、三つの呪いについて説明してやる。
「脱げねえのか……それは厳しいな」
「だろ? 俺なんか知らずに着ちゃったからノーマークで呪われてるんだよ」
「でもステータス補正は高いんだろう?」
「装備の更新が出来ないからここからどう上積みしていけばいいのかわからんぞ」
掲示板前で腕組みしながら悩みに悩むプレイヤー。
「よっしゃ、俺も男だ。呪いが怖くてゲームができるか! 着ぐるみプレイやってやろうじゃねえか」
「いや、別に頼んでないぞ」
「冷てえこと言うなよ兄さん。なんならパーティー組んで楽しもうぜ」
呼び名があんたから兄さんにランクアップだ。悪いやつじゃなさそうなので使わない着ぐるみを渡すくらい吝かではないが、俺は着ぐるみプレイをしたくてしてるわけではないんだよなあ。
フレンド登録をしてタミコ同様に着ぐるみを譲渡すると、速攻で鳥の着ぐるみ装備を身につける男。それまでは軽薄そうな笑顔を浮かべた盗賊風だったが、目の前に現れたのはスズメの着ぐるみ。
Name : アキラ
Race: 着ぐるみ
Sex: 雄
Job : イヌワシ
Lv : 1
HP :14(+10)
MP :10(+5)
STR :36(+30)
AGI : 47(+30)
CON :7(+5)
INT :16(+10)
DEX :17(+10)
LUC :3
Actionskill : 【フェザーバレット】
Passiveskill : 【鷹の目】
Equip : 鳥の着ぐるみ【頭】、鳥の着ぐるみ【羽根】、鳥の着ぐるみ【脚】、鳥の着ぐるみ【胴体】
「どうだい兄さん」
「まあ、スズメだな」
「Jobはイヌワシなんだが見た目はスズメか。着ぐるみだしやむを得ねえな」
恐竜の着ぐるみとスズメの着ぐるみのツーショットに若干周囲がざわついているが、仕方ない。鎧やローブのファンタジー色満載のギルドの中にデパートの屋上ですらお目にかかれない緩い着ぐるみが二人。世界観をぶち壊すには十分だ。
「ちょっとしろくまさーん!!」
さらに倍プッシュ。袂を分かった元フレンド、タミコがキジトラ柄の猫着ぐるみを装着して走ってくる。
「なんでフレンド登録外しちゃうんですか!」
「着ぐるみ渡した瞬間のテンションがキモかったから」
「鬼ですか!! とにかくもう一回フレンド登録してくださいよ!!」
鬼じゃなくて恐竜ですけど? タミコからフレンド登録が届いたので仕方なく受理しておく。
「なんだ兄さん。他にも着ぐるみ仲間がいるのか」
「いんや。お前と一緒で一パーツだけ足りないってことで譲ってやったんだよ」
「なんで否定しますか!? いいじゃないですか着ぐるみ仲間!!……ほら、運営さんもグッジョブって!!」
こいつ、第三の呪いを飼いならしてやがる!
「ええと、女の子だよな?」
「あ、はい! 猫着ぐるみのタミコです!」
「おう、俺は鳥着ぐるみのアキラだ。よろしくな!」
なぜか意気投合してフレンド登録をしている様子のタミコとアキラ。俺は恐竜着ぐるみのしろくまなのか?
Name : タミコ
Race: 着ぐるみ
Sex: 雄
Job : サーバルキャット
Lv : 1
HP :13(+10)
MP :7
STR : 15(+10)
AGI : 51(+40)
CON :4
INT : 13(+10)
DEX : 17(+10)
LUC : 30(+20)
Actionskill : 【ネイルスラッシュ】【毛繕い】
Passiveskill : 【ヒゲアンテナ】
Equip : 猫の着ぐるみ【頭】、猫の着ぐるみ【耳】、猫の着ぐるみ【前肢】、猫の着ぐるみ【後肢】、猫の着ぐるみ【胴体】、猫の着ぐるみ【尻尾】
AGI特化であとはLUCが高いと。というか猫の着ぐるみは六パーツも必要だったのか。持ってるパーツで良かった。しかし、タミコが合流したことで世界観はさらに壊れたな。
「よっしゃ兄さん。折角三人揃ったんだ。いっちょフィールドに繰り出そうや」
「いいですねいいですね! さ、行きますよしろくまさん!」
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