31 駆け抜ける 1/1

〇2006年1月1日(日)


 いま、たったいま12月30日の気持ちの謎が解けました。

 あの日、私を思い切った行動に走らせ、帰り道のすっきりとした、晴れ晴れとした気持ちさせた理由が、はっきりとわかったよ。



30日の朝、あやねのメールを受け取ったときはもう、私は家を出ていたの。なぜかって、家にいても落ち着かないんだもの。


 ――ごめん。今日急に実家に帰らなくちゃいけなくなっちゃった。ごめんなさい。


 たった、それだけのメールが届いた。

 私はこのメールを何度も見る勇気はうまれなかった。

 それでも、しばらくしてから、なんとか返事をしたよ。

 理由はすぐに返ってきた。

 ――こんなことありうるの?

 動揺しながらも、理由が理由だから、

「私のことは気にしないで! いっておいで!」って返信したの。

 引き止めたくても、もちろん引き止められない。

 電車のなかでメールをうちながら、もう涙が止まらなかった。涙がぽろぽろ流れ落ちながらも、私はこれからどうすればいいのかわからなった。

 朦朧としながら、高梨さんにメールをしたよ。すると彼女は、

「それって本当なのかな? 磯ちゃんの言っていることは、本当はうそで、もうふらふらしないでちゃんとしようっていう意思表示かもよ」って返事がきた。

 勇気を振り絞って、江戸川さんにもメールしたんだ。

「信じてあげたら? 今日は家に戻ってさ、ゆっくりしてな」って。

 この二人の言葉は、「私はあやねの言っていることを信じたい」というメールへの返信です。


 涙が枯れた頃、あてもなく乗った電車は終着駅についたよ。

「今日、どうしよう」って思ったの。

 いろんなことを考えたよ。

 大里君に電話して会おうとも思った。高峰明日香ちゃんに電話して慰めてもらいたいとすら思った。でも、自然と、ふらふらしながらも身体はある場所に導かれているように感じた。

「東京駅いかなきゃ」って。


 満員の中央線にのって、東京駅につきました。

『地元の友達が交通事故にあって、死んじゃうかもしれないの』

 あやねからきた、二つ目のメール。

 何度も読み返していると、私の奥底からある気持ちが湧き上がってきた。

 もう、あやねが今日行かなくなった理由が、ウソか本当かなんて考えたくない。絶対に、あやねの言っていることは本当なんだ。とことん信じてやる。信じてやる!

 そしたら、なんか元気が出てきたんだよ。

 すんごく気持ちよくなってきた!

 さっきまで、泣いてふらふらしてたのがウソのようで、力がみなぎってきたよ。なんだかウキウキすらしてきたんだよ。

 おもいっきし信じることにした私は、今日会えなくなってしまったことへの悲しみは隠しました。私とのデートよりも友達の方がはるかに大事ってことはわかっていたし、あやねを信じていると辛くなかったよ。

 私はひとり、昼のミレナリオを歩きました。

 ライトアップされていないイルミネーションは、ただの鉄筋と電球であって、どこか間の抜けたオブジェに見えた。それでも、不思議と私のテンションは上がっていったの。

「ライトアップされてないミレナリオの写真を撮りまくる私っていったい」

「ずるい。カップルばっかり。みんなあとでライトアップされたミレナリオ見るなんてずるい!」

 なんだか、本当に元気になった。

 よーし。私はあやねを信じてる!

 何度も頭の中で、繰り返したんだ。

 私は今日、あやねにもう一度好きっていうつもりだった。

 悲しんでいるあやねに告白なんてできないから、手紙にその想いを綴ろう。そして、プレゼントと一緒に渡そう。年末にどうしても会いたい。好きって伝えたい。

 そうだよ。あやねの実家まで渡しにいけばいいんだ!


 あやねの実家のある静岡に向かう電車の中で、二つ考えたよ。

 一つ目は「私はあやねの恋人ではないけれど、それでもあやねのそばにいてあげたい」って気持ち。

 二つ目はね、「もし、万が一、あやねの言っていることがウソで、私と遊びに行くことがつらくなって、やっぱり会うのはダメだとか思ってウソをついたのであったら……こんなウソをつく人ならば……、そのときはそれでかまわない。そんなウソをつく人は、もう愛さない。ウソだったらあやねとの恋は終了する」

 こんな、覚悟と想いを持って静岡に向かったんだ。

 でもやっぱり不安だよね。

 静岡駅についてね、ごはん食べていたら吐きそうだった。

 あやねに、「落ち着いたら電話して」って言ったのに返事がない。

 私は、今日伝えるはずだった想いを、手紙に込めて待つしかなかったんだ。


 いったい、何時間たったかわからないよ。喫茶店でホットティーを追加注文して、席についた瞬間、あやねから電話がきました。

「友達は両足を骨折しただけだよ」

「いま、どこなの?」

「……そのまま帰ってきたから、今は吉祥寺だよ」

「今日プレゼントを渡したいよ! 会えないの?」

 私は懇願した。どうしても、今年中に想いを伝えたかったから。

 もちろん、そのことは隠しつつだったけど。

「う~ん。……。……。……。……」

 あやねの言葉は続かなかったね。

 そして、「今日は、ちょっと会えないかな」

 それがあやねの答えだった。

 

 電話を切って、私は新幹線のホームまで走った。

 でも、このときも少しだけウキウキしたんだ。

「何しているんだか」って笑うことができたよ。

 もちろん、ショックではあったんだ。

 骨折で済んで、吉祥寺に帰っているなら電話してよって。ミレナリオ余裕で行ける時間があったのに……、今日誘ってもらえないんだね。やっぱり、私ってあやねに思われてないのかな? もうダメかも。たとえ今日、あやねに会っても好きって言えないかも。

 あやねとの温度差にぐったりしたよ。

 でもね、これは勘違いだと新幹線の中で思えたんだよ。

 あやねは私と会うために、このあと友達と会う約束だったのに、延期できないか友達みんなに連絡をしてくれたんだ。あやねは交通事故にあった友達のことを、東京にいる他の友達に説明したいから、みんなで会う予定を立てたんだって。

 優しいなって思った。

「美紗都さんとのミレナリオは、あたしにとっても特別だよ」って言ってくれた。

「年跨いじゃうけど、会おうね。話ししたいね!」ってあやねは言ってくれたんだよ。

 もちろん信じられた。

 あやねは私のことも大切な人だと思ってくれているみたい。たとえ、あの頃のように愛してくれていなくても……。

 

 この帰りの新幹線の中で思ったんだよ。

「この、すっきりした気持ちは何だろう?」

 20時40分に東京駅に着きました。

 そして、駅に放送が流れたの。

「東京ミレナリオは、21時をもって終了します」

 たまたまだよ。本当にたまたま。東京駅に着くまで気づかなかったよ。

「あと、20分ある。走れば間に合うかもしれない!」

 なんだか、神様が今日一日頑張った私にプレゼントをしてくれたんだと思ったんだ。

 走って走って、本当は通ってはいけない道を、警備員の隙きを見計らって走って通り抜けた。

 きらめく景色に満面の笑みがこぼれたよ。

 ほんとうに嬉しかった!

 あやねに見せてあげたかった!

 

 これで長い一日が終わったわけなんだけど、帰りながら本当に思ったよ。一直線だなって。臨機応変さがないよね。今日ミレナリオ行けなかったなら、明日もやっていたわけなのにね。朝のメールをもらったあと、「明日なら大丈夫かな?」とか思わないわけだ。自分に嫌気がさしつつ、でもこうも思ったよ。

 私って、こういう人間なんだなって。

 今日は一日楽しかったな。楽しい一人旅でした。

 高梨さんも「ナイスファイト!!」って言ってくれた。

 結局ね、静岡まで行ったけど、何にも意味なかった。一日中奔走し続けたけど、結局あやねに一回も会えなかった。でもね、失っていた大切なことに気付けたんだ。最もたいせつで、必要なことに。


 あやねを、信じることだったんだね。

 いくら不安でも、あやねを疑っちゃだめだ。

 信じられたなら、こんなにすっきりするんだ。

 私は、次の日にあやねと朝メールすてる時も泣いていたんだよ。「あやねとミレナリオ見たかった~」って思ったら、もう涙ぽろぽろだった。こんなにあやねを愛しているなら、もっとあやねを信じなきゃ。だから、今年は新たな気持ちになろうと決めました。

 今年はもうあやねのこと変に探ったりしない。

 愛する気持ちはそのまま。

 でも、友達だった頃のように、自然に接してみます。

 そっちのほうが気持ちいいって知ったから。

 きっと……あやねだって、こっちのほうが接してくれるほうが嬉しいよね。

 正直、私とぎくしゃくしている方が大里君に戻りにくいだろうし、自然に接していたら、あやねは「美紗都さんとはもう友達だ」って言って、すんなり大里君のところに戻ってしまうかも。

 それでも、あやねと自然に接してみよう。

 素直な自分に戻ります。


 あやねは、あの日私を家に呼んでくれて、

 あやねは、あのとき私のことをほしがってくれたの。

 あの日、私はあやねに愛されているって感じたんだよ。

 それを信じたい。

 あやねを信じられなくなったとき、この恋の終わりの日するって、いま決めたから。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る