22 あやねからの手紙 10/17


〇2005年10月17日(月)


あやねが手紙をくれたの。

あっ……選ばれなかったんだ……。

ってすぐ悟った。昨日のいやな予感が見事あたった。



 美紗都さんへ


 今までたくさんたくさん考えて、授業中も楽器吹いてる時も友達と一緒にいる時間のふとした瞬間も、あたしはいつも考えてきました。もともと恋愛向きじゃないあたしみたいのがどうしてこんな大変な事態の渦中にいるんだろうっていろんな事を後悔してみたり、不器用だからこうなっちゃったのかなって妙に納得してみたり、あーあたしってダメな奴っていつものようにヘコんでみたり、いらだってみたり、本当にたくさんのことを考えた毎日でした。そんな日々の中で、自分の気持ちがわからなくなってしまうなんていうのはもはや当たり前のことで、自分が本来どういう人間なのかとか今までしてきたことに対しても疑いを持つべきなんじゃないかとさえ思いました。客観的に見たら、どうしようもないマイナス思考で、なんて後ろ向きな考え方なんだろうって思っちゃうけど、実際に考えている本人にとってはそう思う余裕もなくて、常に自分自身でいっぱいいっぱいの、そんな毎日でした。いつもであれば、そういう、言ってみれば非常事態のような時、あたしは真っ先に周りにいる親友たちに相談をします。あたしを愛してくれてる彼女たちは、ちゃんと親身になって、真心のこもった対応をあたしにしてくれます。でも今回ばっかりは、あたしは彼女たちに何も相談をせずに一人でじっくり考えました。優しい人たちばっかりだから、きっと無責任な発言はできないし、同じように悩ませてしまう気もしたし、あたしが皆の意見に耳を傾けすぎちゃうかもっていう怖さもありました。でも何よりも、これはあたし自身が考えなきゃ何もならないんだって思いました。


 最後まで自分自身と対話することで、初めてちゃんと結果が導かれるんだって信じることにしました。そう思わなきゃ、とてもじゃないけど、弱っちいあたしは途中でつぶれてしまうって考えたからです。


 ひとりぼっちで考える時間はやっぱりなんとも言えないもので、正直しんどかったです。何かをやる気も起きないし、目的意識みたいなのも消えていくし、積極的に進めようなんて気が持てるはずもなくて、ただただ泣いてばっかりでした。でもこういう思いをしているのはきっとあたしたち皆三人ともなんだろうなあって思うことは、ほんのちょっとだけ救いになったのだけど。考えて考えて、何か結論につながる糸口みたいなものが見え始めても、二人のどちらかに優しくされることでそのやっと見えた光は消え、結局また一から考え直しっていう繰り返しばかりだった気がします。そのパターンを繰り返す度に、あたしは優しくされることに弱いんだなって、自分のメンタル面のもろさみたいなのを思い知りました。すごく情けなかった。あたしがそういう行動をとることで、あたしは自分に甘くて自分のことが可愛いから、本当にどっちつかずなままでした。本当にごめんなさい。


 こないだ美紗都さんがお見舞いに来てくれたとき、大里さんにたいして言った一言覚えてますか? 「どうして大里さんが過去の人にならないのかなあ」って言う言葉。


 あたしそのことをずっと考えてて、どうしてのなのかなって考えて考えて考えたんです。


 美紗都さんごめんなさい。あたしやっぱり大里さんが好きです。大里さんのことが好きだから、過去の人にはできないです。だから美紗都さんとは一緒になれません。


 本当に本当にごめんなさい。「ごめんなさない」なんて言葉じゃどうにもならないほど、美紗都さんを深く傷つけてしまったこと、よくわかっています。赦してほしいなんて言わないです。あたしだったら相手のこと絶対赦さない。恋愛に対して恐怖心を抱くことになって一生恨もうって思うかもしれない。


 大里さんに対しての気持ちがすこし固まりつつあってその気持ちの存在を認め始めた時、このまま美紗都さんと一緒になったほうがいいのかなって、あたしは正直そう思ってしまったことが何度かありました。本当に最低な考え方なのだけど。大里さんと美紗都さんを比べたら、絶対美紗都さんの方が優しいし、あたたかいし、学ぶべきところがたくさんあるし……と思うけど、でもだからこそ、あたしはそんな人に嘘をついて付き合っていくことなんて絶対できないと思いました。少しでも心の中に大里さんがいるのにそうすることは最大の裏切りだと思いました。とかなんとかキレイ事ばかりを並べても、あたしが今まで美紗都さんや大里さんに対してやってきた事は実質それらと変わりのないことであって、赦されることではないです。心からそう思います。繰り返しになってしまうけど、本当に本当にごめんなさい。ごめんなさい。あと、ひとつお願いがあります。あたしが大里さんのことを想っているということ、大里さんには言わないでほしいです。今そのことが伝わってしまったら、大里さんは必ずあたしをあたたかく迎えてくれます。そして、あたしはその優しさに甘え、満たされた気持ちになってしまうと思います。そんなの、あたしはそれこそ自分自身が許せないし、あたしにはもうこの先幸せになる権利すらないとさえ思っています。


 結果的に、あたしは大里さんに対して、もう気持ちはないと言って突き放すような形をとって別れることになってしまいました。大里さんを傷つけていることはわかったし辛かったけど、そうでもしないとあの人はあたしに優しい手を差し伸べることをやめないと思ったからです。もし大里さんがあたし以外の人を見るようなことがあっても、あたしはそのほうがいいんじゃないかとさえ思うし、そうなったら大里さんの幸せを望みます。


 ものすごく自虐的って思われるかもしれないけど、これがあたしが今までずっとずっと悩んで、たくさん泣いて、考えた結果です。不器用なあたしが自分なりに一生懸命考えて出した結論です。


 結果的にあたしは美紗都さんのことを利用したような形になってしまいました。でもあたしは美紗都さんの考え方から、美紗都さんという人から、すごく多くのことを学びました。たくさんの優しさをもらいました。自分で言うのもへんですが、少しだけ成長できたような気がします。もらった優しさを人にあげられるように、と優しい人になれることを願う気持ちを持てた気がします。本当にありがとうございました。そして、本当にごめんなさい。……でもありがとう。心から感謝しています。


 最期に、手紙で考えを伝えることになってしまってすみません。本来ならちゃんと直接会って話すか電話で話すかとかすべきだと思うのですが、どちらも泣いて話すことができなくなりそうな気がしたので、手紙で、文字で伝えることにしました。逃げだ! って怒らないで理解してもらえると嬉しいです。


 磯山彩音




 手紙の内容は、簡単に言えば、どっちとも付き合わないってことだと思う。でも、夜にあやねに電話をしてみたら、この手紙の内容とは大きく違っていた。

 美紗都さんのことはもうみない。大里さんが好き。大里さんしかみない。でも、いまは大里さんと付き合わない。しばらくはね。そう言ったんだ。

 私たち、二人で一夜を明かしてから、三日しかたっていないのに。


 どうして、そんな結論が出るの? 

 電話では言えなかった。あやねが一ヶ月間悩んで出した答えを否定したくなかったから。最後はいい感じで終わった。でも、これで終わっていいわけないよ。ねえ、そうでしょう。

 誰か、そうだと言ってよ。

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