病室編(中編)
「わたしは底使ちゃん、死を見に来たの」
そう言った底使ちゃんに対して男の子は特に驚いたわけでもなく、ただ小さく笑って言った。
「ああ、そうか。君はそんなに可愛いけれど死神なんだね」
「いいえ、違うわ。わたしは底使ちゃんよ」
ベッドの上で上半身を起こしていた男の子はその小さな手で底使ちゃんに手招きした。
「こっちへおいでよ」
少年のベットの隣にあった小さな丸椅子の上にちょこんと座った底使ちゃんが言った。
「死神は死を運んでくるけれど、わたしは死を持っていないわ。あんな重いもの持てないもの。ただ見に来ただけ」
「じゃあ、誰か死ぬんだね」
穏やかな声で聞いた少年に底使ちゃんがうなずいた。
「ああ、きっとそうだと思ったよ」
少年は乾いた短い咳をしながら言った。
「僕はユウキって言うんだ。この春中学生になったんだけど一度も学校に行けてない」
そのことを笑い話にしているように言ったが、底使ちゃんはクスリともしなかった。
顔の表情を少しも動かさない底使ちゃんに気分を悪くすることもなく、ユウキと名乗った少年は続けた。
「いつかこんな日がくると思ってたよ、不思議な気持ちだ」
ユウキは目を輝かせて座っている底使ちゃんをまじまじと見ながら言った。
「僕は……」
口を開きかけた時、ゴホゴホと大きな咳が聞こえた。
ユウキの向かいのベッドの上で老人が、寝返りを打ち、咳で絡んだ痰を唸るような咳払いで切った。
目をやった底使ちゃんの横でユウキが言った。
「大丈夫、あのおじいさんは耳が遠くて、僕らの話し声は聞こえないよ」
「そう」
「この病室にいた四人のうち、二人はもう死んだんだ。僕くらいになるとね、もう次に誰が死ぬのかわるようになる。次に死ぬのは僕なんだってなんとなくわかるんだ」
ユウキは自分の手を握ったり開いたりしながら言った。
老人がさらに強く咳き込んだ。その細い体がベッドの上で跳ねるように大きく揺れる。ビュービューと喉から出ている呼吸音はまるで笛を吹いているようだ、底使ちゃんは思った。
底使ちゃんが少し力を加えただけでポッキリと折れそうな腕が震えながらゆっくりと老人の横に転がっている壁と線で繋がっているボタンに伸びた。
ナースコールのボタンが押される。
一部始終を見ていたユウキは大きく息をついて、顔を強く歪めた。
小さく首を振って底使ちゃんに向き直った。その時はすでにおだやかな顔に戻っていた。
彼は誇るようにはっきりと言った。
「僕は美しい死を望んでいる」
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