ネガティブガール&ポジティブボーイ

高瀬涼

ネガティブガール&ポジティブボーイ

学校への登校中、私は思わずお腹を押さえた。

腹痛。

昨日食べた賞味期限がきれた大福のせいかもしれない。

いや、きっとそうだ。

もしかしたら、今日の体育の授業中に腹痛の波が襲ってくるかもしれない。

どうしよう。


私は青い顔をしていたに違いない。

後ろから声をかけられて、ゆっくり振り返る。

「おはよー! 倉根!」

私――、倉根あかりは日向陽平だとわかって更にげんなりした。

いわゆる幼馴染というやつだ。少女漫画みたいな展開に今までなったことはない。

なるわけがない。

だいたい、そういった展開になる漫画の主人公は決まってかわいいし、二重だし、明るい。

私は今並べたものとは正反対の存在。

ひょろひょろと背丈だけ伸びており、いつも猫背気味。真っ直ぐになおそうと思うのだけど、すぐに戻ってしまう。おまけに目が悪いのでメガネをつけている。

髪の毛はねこっ毛でいつもはねていた。いわゆる、ダサイを地でいっている。

今更なので学生時代はこれでいくしかない。


話を戻すけど、私じゃない幼馴染設定だったとしたら。

腹が痛いのだと、くだけた感じで日向陽平に絡むのだろう。私には無理だった。

友達でもないからだ。もちろん、恋人とかそんなんじゃない。

日向は現在、彼女がいる。とても清楚な感じの大人しい女の子。

私はというと日向との関係はまるで……師匠と弟子。兄妹。主人とメイド。

違うなあ。

ああ、スネ夫とジャイアン。

これかもしれない。

ジャイアン――日向が言った。

「お前、顔青いぞ。大丈夫か」

「大丈夫。気にしないでいいから。先に学校へ行って」

「その前に、理科のレポート作成。お前の見せてよ」

「…………」

私は後でもいいのにと思いながらルーズリーフに書いたレポートを渡した。

教科書とかネットを駆使して調べたものだ。

「ありがと! ちょっと借りるわ!」

「うん……提出までに返してね」

「おう!」

本当に、先に学校へ行ってしまった日向。

走っていく彼に前を歩く女子生徒が声をかけた。

すぐに止まって談笑。女子が日向の背中を叩いて笑う。彼は誰とでも話すし面白いで通っているので人気者だ。

話すことがいちいちテレビに出てくる芸人みたい。

彼の周りはいつも人が大勢いた。

私がああなることはきっとない。腹が痛い。注目しないでそっとしておいてほしい。

今日の占いでさそり座は最下位だった。

占いは悪いものだけを信じることにしていた。だって、悪い占いの方が当たるもの。


「対人関係でトラブルあり! 今日はおとなしく過ごしてね」


マドモアゼル魔璃子先生のテレビでやっている占いランキング。

女子アナの高い声が頭の中で響いた。


× × ×


ほらね。やっぱり。

私は体操服に着替えながら腹を押えた。

先ほどまでお腹痛の波は治まっていたのに、三限目の体育前になったらまた痛くなってきた。

大福め。お前か、お前なのか。

ぎりぎり痛みだし、額に油汗が浮かぶ。

けれど、私は体育を休むと先生に言うのをためらった。

今日はみんなが嫌がっているダンスのテスト。ダンスのテストで休めば今度の授業で一人でダンスをしなければならない。

地獄か。馬鹿か。

「はーい。今日は以前から言っていた創作ダンスのテストを行います。みなさん、自分でダンス内容考えてきたと思うので、出席番号順に並んで一人ずつお願いね!」

先生は笛を吹きながら誘導。私の腹痛はやまない。

……と、私の目は見開かれた。

向こうで制服のまま見学している女子。あれは日向の彼女である山本さん。

山本さんは体調が悪いみたい。生理か。

これはまずい。

更なる、嫌な想像が浮かんだ。

私は結局、ダンスをするのだけど最後まで踊ることができずにトイレに行く。そして戻った頃には次回の採点となっている。

次回の授業で山本さんと二人で採点。

山本さんは清楚でおとなしそうだけど運動神経抜群。ダンスもうまい。

わざわざ、それと比較されてしまうの?

いやだあああああ!

「……絶対、踊りきらねば……」

なんだか吐き気と悪寒もしてきている。やばい。でもやらねば。

青い顔しながら、まるで死刑囚の如くダンスの順番を待っている。

何度も同じ音楽を聴きながら死んだ目をしている。私は頭の中で踊るダンスを想像していた。何度、思い浮かべても成功することはなかった。

とうとう私の順番が来て、曲がかかる。

見ている先生。女生徒のまなざし。

立った瞬間。私は自分の未来を悟った。

強烈な吐き気により、私はダッシュしてトイレに駆け込む。

これは想像ではない。

実際に私は先生の呼ぶ声やみんなのざわめきを残して、走り去っていた。


× × ×


胃腸風邪だ。大福どころではない。

私が想像したことは想像以上になることが多い。


保健室で保護者迎え待ち。

ベッドで寝ていると、なぜか日向が来た。

ゲロ吐きそうになっただけだから、来ないでほしいんだけど。

「おい、大丈夫か!?」

「今は少し下して、吐いたから平気。ありがとう」

「下して……うんこ学校でしたのか!?」

「仕方ないじゃない。だって気持ち悪いんだから」

大声で動転する日向。うるさい。

「そっか。でも良かったな。ゲロをまき散らさないで。山本も心配してた」

「山本さんも体調崩してたね」

「ああ。ただのさぼりだって」

山本さん、ああみえてさぼったりするのか。迷惑だなあ。普段、真面目なのに。

「けど、お腹痛いなら無理するなよ。お腹痛い時点で、学校へ行くなってことだ。そういう思し召しだったんだよ」

「なんの」

「神的な? いや、それより、ダンスのテストもう一週間練習できるじゃないか。お前が健康だったとしても今日ダンスしてれば最悪な結果だったかもよ。回避できたじゃないか」

日向はいつだって前向きだ。

昔から彼が楽しみにしている運動会はいつだって晴れだった。

行きたがっていた歌手のライブのチケットはなぜかいつも入手できた。

理想の女の子からいつも相手から告白された。

商店街の福引で欲しいゲームをゲットしていた。

先生に当たりたくない授業は当たるけど、簡単な質問ですんでいた。

「いいよね。日向は。いつだって明るい場所に立ってて」

「ん?」

私はしまったと口を押えた。

なんでもないと布団にもぐる。彼はいつもなら流すのにそのときは流さず布団をひっぺがした。

「今のどういう意味?」

「……別に。なんでもない」

「いや。あのさ。俺だって怒るよ。心配してやってんのに何だよ」

「心配してくれなくていいから。どうしていつも私に構うの? 日向といるとすごく惨めだよ」

「どうして」

日向はなおも食い下がる。私は彼にいつしか本音を語ろうとしなくなった。

いつから。

そうか。日向に彼女ができたくらいからだ。初めて彼女ができて、そのあともずっと誰かと付き合っていて楽しそうだから。私の根暗が彼に伝わってはいけないから。

悪いことが起きてしまうのはかわいそうだから。


日向がため息をついて頭を乱暴にかいた。

「あのさ。言うけど、同じ場所にいるのに同じ場所から逃げているのはお前だからな」

「逃げてる……」

「俺はお前と遊んでて楽しい記憶しかない。お前、面白い奴だからな。俺が面白いって言われているけど、天然には勝てないんだわ」

「私、天然じゃない」

「天然は認めたがらないからなあ。まあいいわ。そこはおいといて。俺、色々面倒だから言うわ」

日向が半眼になって。私の目をまっすぐに見て言った。

「いい加減、俺がお前のこと好きなの気付け、ばーか」

私は目が点になっていた。顔がみるみるうちに赤くなっていく日向。

すごい、人って感情でこんなに赤くなるのか。

頭の中、真っ白になって次に浮かんだ言葉がつい口から洩れてしまう。

「なにこれ少女漫画展開」

「いやいや、まず、状況ツッコミしてんじゃねー! どうなの! 答えはほら!」

「いや、山本さんはどうされるんですか」

「山本は向こうから言ってきただけ。おためしで付き合ったけどつまらん。なんか前の彼女と性格かぶる。てか、大抵の女子みんな似てるから違いがわからん」

「うわ、プレイボーイ発言……あ、また波が来た」

ぐぐと呻いて腹を押える。

「大丈夫か!? 吐く前に俺のことが好きなのか答えをくれ!」

「先生がどうしてかいない保健室……これも漫画的展開……お願い、先生を呼んできて」

先生も何故か不在だけど、本当に遅いなうちの親。早く迎えに来てくれ。

傍で喚く日向。

今は恋<腹痛なのである。

答えは出せぬ。


× × ×


私は、LINEの件数が二十件たまっていたことに目をむいた。

全て日向からだった。山本さんと別れたから俺と付き合えとか答えはまだかとか、そんなのばっかり。

胃腸風邪で体重が少し減った。

少しは体調を気遣えとばかりに一言「ばーか」と送った。

すると日向から「やった!」と来たので思わずベッドで吹いた。

どう前向きに解釈したのか知らないが彼は肯定とみてとったらしい。羨ましい奴。

数年、我慢していたからもう我慢しないとか長ったらしい文章が来ている。

幼馴染で彼氏彼女になって。

うまくいくのかな。


そんなとき、テレビではまた、さそり座が最下位だった。恋愛運がないので好きな人とは連絡をとらないで、とあった。

私は別に日向のことが好きではない。

だから、彼に電話をかけてみた。


ほどなくしてすぐに出た日向はまた電話向こうで動転していた。

私のことそんなに好きだったのか。いや違う。

いや、そうかな? 

もしかして、この反応は本当に私のことをずっと想っていたと仮定していい?




「日向。とりあえずさ。ジャイアンとスネ夫から脱出するね」

『はあっ!? どういう意味!?』


好き、とか言ってやらない。

だって、私は想像した以上のことがいつだって起こるのだから。

日向。


あなたと同じ場所は明るくてまぶしいよ。







おわり。



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