第1話 彼女だけがいない町1

 ■彼女だけがいない町1




旅館の一角の給仕場の隅。

黒髪の少女が座っていた。

少女は特に何をするでもなくただ座っていた。


彼女の目の前では、給仕係の女性が汗を流しながら、

ふいごに空気を送り込み暖炉の火の勢いを強めている。


その作業が一段落すると別の釜に手を掛け釜の蓋を取ると、

ぶわっと白い湯気が立ち上った。

釜の中には炊き上がったお米が白く輝いている。

しゃもじで掻き混ぜ米を別の容器に移すと手に塩水をつけ手際良く米を握って、

三角の形にしていく。


黒髪の少女は立ち上がりトトトッと歩くと給仕係の叔母さんの横に立つ。


叔母さんは手際よく塩水に手を付け、熱々の米を取り一握り二握り三つ目でポンとおにぎりが出来上がる。

洗練された手つきは少女がいつ見ても飽きさせないベテランの技だ。


給仕係の叔母さんは見る見る間にすべての米をおにぎりに変える。

ざっと見ても50個はありそうだ。

すぐに別の釜で作っていた芋と大根の菜っ葉が入った味噌汁をお椀に注ぐと、

大声で叫んだ。


「朝ごはん出来たよ!!!

 早く持って行って!!!」


耳元で叫ばれたのだから堪ったものではない、

咄嗟に少女は耳に手を当てたもののきーんと耳鳴りが響いた。

扉の奥から はーい、ただいま持っていきます!

と若い女性の声が聞こえたが少女の耳には聞こえない。


「まったく、今日も朝から大変だね。

 私、一人だけじゃしょうがないかね」


猫の手も借りたい忙しさだよ と給仕係の叔母さんは肩をトントンと叩く。


その様子を見て、黒髪の少女は険しい顔でうなずき、

最近の出来事を振り返った。


元々、この給仕場には三人の給仕係が働いていたのだ。


しかし、この一週間で二人もいなくなってしまった。

周りでは逢引(あいびき)したのだろうとか、

夜逃げしたのだと言われてはいるが少女はとてもそうとは思えない。


居なくなった二人の給仕係の女性たちは、

若く美人だったが色恋沙汰も聞かなかったし、借金に困っているようでもなかった。

衣服や身の回りの物を残して突然霞のように消えたのだ。


黒髪の少女が難しい顔で唸っていると、

またしても少女の耳元で叔母さんの声が響き渡った。


「追加の朝ごはん出来たよー!!!

 ………また、あの子はお客と話し込んでいるのかい

 誰かーーー!!!居ないかいーーー!!!」


給仕係の叔母さんは、

扉の奥から声が聞こえないのを確認すると


まったく………と呟きながら

黒髪の少女の前を通り過ぎ山盛りの食事を両腕いっぱいに持っていく。


「あと一人給仕係が居れば違うのだけどね………」


そう言ってバタンとドアが閉められる。

ポツンと一人取り残された少女は耳に手を当てたまま立っていたが、

しばらくするといつもの部屋の隅に座った。

耳鳴りが消えた少女の頭には、なぜか立ち去るときに言った叔母さんの言葉がいつまでも耳に残っていた。

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