第13話 油断と怒り
やっぱり俺は脳筋だ。
106回死んでも治らなかった。
シアを迎えに宿屋に戻った俺は、きれいに整頓された部屋のテーブルに堂々と置いてあった脅迫状を見つけた。
油断した。
ギルドを味方につけ追手を撃退し、クレーフェ伯領に入ってしまえば、教団の反乱分子も無茶はできないと思っていた。
復興中のクレーフェ伯領は治安維持に力を入れているし、ラドルは教団はもちろん国もギルドも保護している人物だから、さすがにその目と鼻の先で暴挙に出ることはないだろうと、考えていた。
まさか、シアをさらうとはね。
ベッドの上に無造作に残された彼女のつば広帽が、余計に俺を苛立たせる。
脅迫状には、ある場所に1人で来るように指示されていた。
従わなければ女がどうなるか、責任は持てない、とも。
神に仕える身のくせに、やってることは魔族のザルバ種といい勝負ってどういうことだよ。
そう。どの世界でもこういう奴らはいて、それが原因で死に戻ったこともある。
魔族と同じ穴のムジナだ。
……いいよな? 全力でやっても。
俺は急いで手紙を2通書いて、宿の女将さんに渡した。
俺が出ていってから2時間後にラドルとギルドのもとに持っていくように、チップを多めにつけて頼んでおく。
封筒の表面には、緊急事態を表す暗号模様を記してあるから、どちらもすぐに対応してくれるはず。
もし届かなくても、ラドルなら俺が帰ってこない時点で察するはずだ。知将の名は伊達じゃない。
さて、行こうか。
あのシアがさらわれたという事実が、敵の手の内を教えてくれている。
……教団の奴らめ。目的を達成するまでは人質には手を出さないって、誘拐犯の鉄則を守っているだろうな?
仮にも神の名を背負っているんだ。シアは無事だろうな?
もし。
もし、シアの身に少しでもなにかあったら。
どうなるか、俺も責任持てないぞ。
指定された場所は、ペイトン郊外の廃村だった。
ここも魔族戦争の傷跡だ。まだクレーフェ伯の手が届いていないらしく、廃材などの処理は終わっているが、家屋は軒並み壊れたままで人が住んでいる様子はない。
もちろん、あいつらの気配はバッチリ感じるけどね。
シアの霊力もある。でも、とても弱いな。
村の中心にある半壊した集会場に入ると、奥からフードをかぶった教団員が6人現れた。
そのうちの2人がシアを拘束している。一人がロープで物理的に。もう一人は法術で編んだワイヤーを使っていた。
一見したところ、特に乱暴された様子はないので少し安心した。
しかし、シアの表情はまるで睡眠薬でも飲まされたようにうつろだ。
「……カズ、気をつけて」
絞り出すように呟くシアの目は焦点があっていない。
やっぱりな。法術妨害の薬か、霊力具を使っているのだろう。
あのチョーカーのような首輪が怪しいな。
思った通りだ。
そうでもない限り、こいつらが天才と言ってもいい法術士であるシアをさらえるわけがない。
法術は霊力を燃料にして、イメージとワードによって効果を具現化させる。
だから、この3つの要素のうち、1つでも弱くなるか無くなれば使えない。
特に意識を集中させ、効果を具体的に思い描かなくてはならないイメージは、ちょっと邪魔が入るだけで容易に崩れる。
極端にいうなら、酒を飲ませて酔わせるだけで法術を使えなくすることは可能なんだ。
その原理を応用して、法術を阻害する霊力具や薬がある。
なかでも霊力具は、着けた本人の霊力をエネルギーに長期間にわたって作動するので、犯罪を犯した法術士を捕らえて収監するときに使用される。
いわば罪人用の拘束具だ。
……そんなものを、シアに使いやがって。
黙って様子をうかがっている俺に向けて、一番偉そうにふんぞり返っているローブの男が皮肉げに言った。
「わかっていると思うが、変なマネはよせ。まずお前にはこの霊力具を着けてもらう」
シアが着けているのと同じチョーカーのような霊力具をかざし、男は唇を歪める。
「イメージワードを4つも扱える法術士と聞いている。そんなやつを野放しにはできないからなぁ。この女のように」
気に入らない。
舐め回すようにシアを見る男の態度が、本当に心の底から苛立たしい。
なにを勘違いしているのか。
黙ったままの俺に満足そうに頷いた男は、部下に合図した。
編まれた法術のワイヤーが俺を縛り上げる。
そして、近寄ってきたリーダー格の男が、俺の首に霊力具を着けた。
途端に作動し始めたチョーカーのせいだろう。頭のなかに大音響の雑音が延々と木霊する。
なるほど。こういうふうに集中力を妨げるのか。
これではイメージを作れないどころか、眠ることもできないし、長時間つければ精神がやられる。
どうやら法術阻害だけでなく、拷問具も兼ね備えているようだ。
「さて。これで一安心だな。あとは我々の言う通りにしてもらおうか」
「……ちょっといいか?」
初めて声を出した俺に対して、男は鷹揚に頷いた。
「ふむ。何か質問でもあるのかね?」
「ああ。不躾で悪いけれど、あんたら、魔王を知っているよな?」
「当然だ。教団に所属している以上、魔王を知らない者などいない」
「なら、あんたらには魔王が倒せたと思うか?」
「……我らで倒せるのなら喜んで倒していた。忌々しい英雄になど頼りはしなかったわ。なんだ? だから英雄に敬意を払えとでも言うつもりか、痴れ者め」
男は不機嫌を隠そうとせずに、俺を睨みつけてくる。
どこの者とも知らない冒険者風情の説教など聞く耳持たない、といったところだろう。
だけど、俺は別に、説教するつもりも説得する気もなかった。
「違う。はっきり言わせてもらうけど」
脳内に響く雑音を無視して、霊力を練り上げる。
「魔王を倒せるぐらいの力がないと、俺は止められないぞ」
そして、俺は一気に霊力を爆発させた。
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