第12話 戦友の気遣い

「さて、今後の方針を考えるにしても、情報交換するにしても、ちょいと時間が必要じゃろう。部屋を用意してあるから、今日はゆっくりしていくといい」

「あー。それはありがたいんだけど、実は……」

「連れがいるのじゃろ? 一度戻って連れてくればよかろう」


 ラドルがまたまた、面白そうに笑って言った。

 ……いや、これはむしろ意地悪そうに、だな。


「なんで知ってる?」

「お主らがここに来るまでにあったことを思い出してみろ」

「……ギルドと、馬車の事件かな」

「うむ。正解じゃ」


 たまたま模範解答を言えた、できの悪い弟子を見る教官のように頷くラドル。


 駅馬車は人以外にもさまざまな物資を運んでいるから、復興中のクレーフェ伯爵家からすれば、到着の遅れは大問題だ。調査してもおかしくない。

 しかもギルドの支部や出張所の長たちはラドルが魔王討伐の一員だと知っている。俺たちがギルドに助力を頼んだ時点で、ラドルに対して報告を入れようとする方が自然だろう。


 ……でも、今考えるべきなのは、そこじゃない。

 目の前で片眉を上げて、俺をからかい倒す気まんまんな狸親父だ!


「しかし、カズマ殿もなかなかじゃな。いきなり女と二人旅とはの。あちら側のコリーヌ嬢ちゃんたちが聞いたら泣くぞ。確実に」

「な、なんでだよ! 俺とシアは冒険者仲間であってそんな関係じゃないぞ! 第一コリーヌが泣く理由にならないだろ」

「……お主、相変わらずそっち方面はダメダメじゃの」


 う……。ラドルの視線が情け容赦なく俺の精神を削りに来てる。


「カズマ殿が消えたときの嬢ちゃんたちの姿を覚えとらんのか? あの時、コリーヌ嬢ちゃんがなんて泣き叫んでいたか、教えてやりたいわ」

「……え、っと。なんて言ってたんだ?」

「儂が言うべきではない。あちら側と接触できれば、自ずと分かろう」


 くッ! ヴァクーナといい、ラドルといい、「自ずと分かる」なんて便利な言葉で誤魔化しやがって。


 ……っていうか、あっちのコリーヌやマーニャは大丈夫かな。急に心配になってきた。

 別世界にいるし、もう1年も経っているから今更だけれど。あんな別れ方しちゃったからなぁ。


 特にコリーヌは、軽度だけれど若い男性に対する恐怖症みたいなものを抱えていた。

 親しく話せるのは俺ぐらいだったからな。急にいなくなって、不安になってしまうのも頷ける。

 あちらに行った英雄が女性のティナでよかった。


「……のう、カズマ殿」

「あ、ごめん。考え事をしていた」

「いや、お主絶対になにか勘違いしているぞ、と言いたいだけじゃよ」

「え? なにが?」

「お主の表情から察するに、どうも儂の言わんとしていることが伝わっておらんように思えての」

「なんだよ、それ。よく分からないぞ?」

 

 ラドルは大げさに肩をすくめて、呆れたように言った。


「本当にお主は不思議な男だの。儂より経験豊富な歴戦の戦士のようにすら思えるのに、ある面ではまるで子どものようじゃ」


 ……いや、それ当たってるから。

 俺は言い返す言葉もなく、口をつぐんだ。



 魔王を倒さないと元の世界に帰れない。

 だから、106回も死に戻るぐらい戦いに明け暮れて、場数を踏んできた。

 戦闘や生き残るための技術について、ひたすら努力してきた。


 戦略、戦術、戦闘術。法術、応急処置法、サバイバル術。

 始めは独学で。途中からはその世界ごとに師匠を探して。


 経験とスキルを持ち越して、少しずつ積み重ねて、やっと魔王と真っ向勝負できるようになったんだ。


 でも、他のことに取り組む余裕なんてなかった。

 あったのかもしれないけれど、俺は気がつかなかった。


「のう、カズマ殿」


 ラドルは急に居住まいを正した。

 真剣だけど、どこか苦笑いしているような表情だ。


「お主が何を目的として、英雄を探しているのかは知らん。おそらくじゃが教団の依頼が動機ではないじゃろう? むしろ教団の依頼を利用して何か成そうとしているように思える」


 またまた正解。

 ラドルの洞察力には頭がさがるな。


「お主のことだ。その目的も大ごとに繋がっておるのじゃろう。しかしな、もう少し余裕を持ってもいいと思うぞ」


 ラドルはまっすぐ俺を見て、野太い笑顔を浮かべた。


「お主はすでにあちらの世界を救った。この世界の魔王ももうおらん。何の目的があってそうまで自分を追い込んでいるのか知らんが、たまには少し気を抜いてもいいはずじゃ」


 ……本当に持つべきものは戦友だよな。

 思いやりが身にしみるよ。


 でもな。あのヴァクーナが「今度が本番」だと。「世界に影響すること」だと言った。

 表面上はどんなに残念女神に見えても、その本質は紛れもなく神と呼ばれてもいい存在だ。

 そんな存在が予言する何かが起こる。

 俺にとって大切に思える人達がいる世界に、何かが起こるんだ。

 

 やるしかない、と決めた。

 他でもない。俺自身がそう決めた。


 俺は、戦友の気遣いを心からありがたく思いつつも、軽く頬をかいてとぼけて見せた。


「俺だって結構のんびりしてるつもりだよ。特にこの世界に来てからは、冒険者ライフを満喫してたし」

「……ふむ。だったら、そろそろ嬢ちゃんたちに目を向けたらどうじゃ。コリーヌ嬢ちゃんほどの女はなかなかおらんぞ?」


 たぶん、俺の気持ちを見通しているんだろうな。

 ラドルは困ったように小さくため息をついた後、表情を明るくして話を合わせてきた。

 俺もそれに乗る。


「そりゃ、コリーヌは優しいし美人だからなぁ。でも確か、気になる人がいるって言ってた気がするんだけど。あちらの世界も1年過ぎているわけだし、そいつとくっついてるんじゃないの?」

「……カズマ殿」

「あの男性恐怖症気味のコリーヌがそこまで言うんだ。きっといいやつに決まってる。さすがにそんな2人の間に入るほど、無粋じゃないつもりだぞ。第一、もう1回世界を移動できるかどうかも分からないし」


 あれ、ラドルが突っ伏した。

 なんだ? 結構本気っぽいズッコケぶりだ。

 変なこと言ったか、俺。


「うむ。もう何も言うまい。では、今の連れはどうなんじゃ」

「シアね。……すいません。男扱いされておりません」

「本当かの?」

「いや、すっごい法術大好きっ子でさ。うっかり目の前で秘法術を使ってしまったものだから、法術関係で猛烈アタックはされているんだけど。……それだけです、ハイ」

「むぅ、面白くないのう。カズマ殿。儂の生きている間に子どもを紹介してくれるぐらいの甲斐性を持たんとな!」

「話が飛びすぎだよ! どうしてそうなる、腹黒親父!」


 応接間に笑い声がこだまする。

 久しぶりの仲間との会話は、やっぱり楽しいもんだなぁ。



 まさか前世界の戦友と会えるとは思わなかった。

 ラドルがいることは、本当に心強い。

 またいろいろと気遣わせてしまうけれど。


 俺はラドルに感謝しながらも、デズモンドの探し方を考え始めていた。


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