第4話 シアの告白

「考えたわね、カズ」


 シアとともに飼育馬を駆り、次の街を目指す。

 教団の反乱分子は、気がついていないようだ。追手も待ち伏せの気配もない。


 正確には、待ち伏せはあった。

 しかし反乱分子の皆様方は、俺たちだと気がつかなかったようだ。


 ギルドの都市間連絡用の早馬を装っていたので。




 英雄という存在は、貴族や教団からすると利用価値が高い反面、下手をすると目の上のたんこぶになりかねない。

 コリーヌから提供された資料によると、英雄ティナは一般市民で冒険者だった。

 そんなぽっと出の庶民に、大きな顔をされたくないと思う貴族は少なくないのだろう。

 教団もしかり。


 だけど、ギルドは少し立場が違う。


 大多数を一般庶民が占めるギルドの冒険者たちにとって、英雄はまさに「英雄」であり、立身出世の一つの形だ。憧れといってもいい。

 やっかみや妬みはもちろんあるだろうが、それでも冒険者にとっては、英雄は否定できない存在なんだ。自分たちの夢と欲望の具現化なんだから。


 だから貴族や教団と違い、ギルドは一丸となって英雄を探しているし、コリーヌたちを本気で保護している。

 いつか魔族の脅威がなくなったときには、英雄ティナとその仲間たちを、ギルドの雄として担ぎたいのだろう。


 コリーヌたちがヴァクーナの神託を受けて、秘密裏に俺への接触を試み始めた途端、ギルドの態度が一変したのは、英雄が見つかったほうが益が大きいからだ。



 だから、街のギルド出張所に足を運び、こんな事もあろうかと用意してもらっていたコリーヌの紹介状を責任者に見せて協力を仰いだ。


 大きな組織(といっても今回はその中の少数派だけども)が敵にまわった時は、同等の勢力を持っている組織を味方にするのが一番の方法だよな。


 街のギルド長の反応は早かった。

 その指示に従って変装し、いかにもギルドの定期連絡員の振りをして街を抜け出した、というわけだ。


 しかも、ギルド員が俺たち2人に変装して、街の宿に入ってくれるというフェイク付き。

 もし見張られていたとしても、かなり誤魔化しが効いたはずだ。少なくとも初動は遅れただろう。


 ギルドの都市間連絡用の早馬は、そこらへんの乗馬用飼育馬とは能力が違う。

 想定していた2倍の速さで街道を突っ走ってくれたおかげで、すんなりと次の街に着いた。




「でも、よくギルドが協力してくれたわね。最近、あなたのことをかなり警戒してなかった?」

「あー。やっぱりそう見えてたかぁ」


 ギルドが紹介してくれた、貴族の息がかかっていない要人保護用の宿に入って一息つくと、シアが質問してきた。

 彼女から見ても、マーニャと会ったあとのレティさんの態度は、首を傾げるようなものだったようだ。


「今回の依頼と関係があるということで、納得してくれるとありがたいな」

「……ふーん」


 シアは視線を落とすと、1語ずつ確認するようにゆっくりと声を出した。


「単刀直入に聞くわ。カズ、あなたが教団から受けた依頼って『名なしの英雄』に関係していること?」

「なんでそう思うんだ? 脈絡がなさすぎだけど」


 とぼけて逆に問い返してみせたものの、正直、かなり驚いた。


 どこをどうしたら、その結論にいたる?

 しかもなんで見事に当ててみせる?


 シアはもう一度ためらったようだったが、意を決したように俺を見た。


「あなたがクレーフェ伯と教皇領、魔族戦争について調べていたときから、ひっかかっていたのよ。レティもクレーフェ伯領の資料の揃え方がおかしいし、どうもコソコソとカズのことを調査していたみたいだし」

「確かにレティさんの態度はおかしかったけれど、それと教団の依頼はつながらないし、そもそも英雄なんて関係ないだろう?」

「違うわ。私が疑問に思うようになったのはカズ。あなたの目的よ」


 シアの目が俺を探るように。

 ……いや、違うな。これはすがるように、って感じだ。


「あなたの行動も、それに対するレティの対応も似ていたのよ。私の時と」

「え?」


 俺の行動と似ているって、どういうことだよ。

 戸惑いに気がついているのか。シアは呟くように話し続ける。


「私も以前、前クレーフェ伯ラドルについて調べようとして、レティに妨害されたのよ。遠回しにだけどね」

「……なんでクレーフェ伯を調べようと思ったんだ?」

「あなたの理由と同じだと思うけれど?」


 ほんの少しだけ、苦笑いを浮かべるように唇を歪ませるシア。


「ラーサ教団ヴァクーナ神殿の秘蔵っ子、コリーヌについても調べていたわ。彼女でしょう? 教団の依頼を伝えに来たのは」


 ますます、意味が分からない。

 なんでシアがコリーヌに興味を持つ?

 法術談義がしたいってわけじゃないだろう?


「前クレーフェ伯と神官コリーヌは、私が調べた限り、英雄とともに魔王と戦った人たちよ。違う?」


 またまた驚かされた。

 そこまで調べているのか。

 

 ……ということは、まさか。

 シアの目的は。


 俺のかすかな反応を敏感に見破り、シアは頷いた。

 大きく深呼吸した後、はっきりと宣言する。


「私も探しているの。『名なしの英雄』を」


 予想通りの、しかし今まで想像もしていなかった答えに、俺は言葉を失った。


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