第3話 見え透いた罠

 翌朝。

 シアとともに時間通りに停留場に足を運ぶと、多くの乗客が立ち往生している。

 俺は、やけに慌ただしく動き回っている駅馬車のスタッフを捕まえて尋ねてみた。


「何かあったんですか?」

「申し訳ございません。何者かによって馬が全頭、殺されてしまいまして……」

「え?」

「ただいま、代わりの馬を手配しているところです。誠に申し訳ございませんが、結果が分かり次第ご連絡申し上げますので、それまでこの街でお待ち下さい」


 言うだけ言うと、スタッフはまた駆け出していった。

 おそらく同じ返答を、もう何度も繰り返しているんだろう。


「カズ、どう思う?」


 シアが思慮深い光をたたえた視線で、馬屋があるだろう方向を見ている。


「なんとも言えないけれど『馬が死んだ』じゃなくて『殺された』って時点で、あまりいい想像はできないな」

「解剖する必要もなく、見ただけで人為的だと分かったってことよね」

「たぶん。で、昨晩のうちにあの野生馬を、何の騒ぎも起こさずに殺したってことは」

「何人で行ったのか分からないけれど、相当の腕よね」


 それっきり二人とも黙り込む。


 この世界の野生馬っていうのは、乗馬するために改良した飼育馬と違って、本当にでかくてモンスターのようなものだ。

 地球にいるヘラジカは、蹄から肩までの高さが2メートル以上になるっていうけれど、同じくらいだと考えて貰えばいい。

 しかも、パワーと体力は比べ物にならない。


 普段は温厚で人にも馴れるので、調教して駅馬車を引かせたり、農耕馬のように扱うのだけれど、命の危険を感じると徹底抗戦してくる。

 大人しい人が切れると怖いとよく言うけれど、まさにそんな感じだ。


 半狂乱状態になって、その無尽蔵の体力と脚力で敵をとことん追い回し、1トン以上の重量で体当たり、頭突き、踏みつける。特に蹴りは洒落にならない。あんなものを受けたら、文字通りボロ雑巾になって吹き飛ぶな。

 もちろん魔族や魔獣の方が恐ろしいし、2級以上の冒険者なら1対1でも余裕を持って勝てるだろう。

 ただし、見た目はかなり派手な狩りになる。

 4頭も相手にしたら、どんなに少なく見積もっても、馬屋は全壊するはずだ。当然大騒ぎになる。


 それなのに、昨晩、誰一人気づかないうちに、交代用を含めた馬6頭が全部殺された。

 確かにできないわけじゃない。たとえば、トリーシャパーティーなら可能だろう。

 つまり1級パーティーに相当する腕と人数が必要だということだ。


「……シア、何が狙いだと思う?」


 内心見当はついていたけれど、第三者の意見が聞きたくてシアに尋ねた。


 1級階梯の冒険者パーティーに匹敵する集団が、この街でクレーフェ領へ向かう駅馬車を足止めする理由。

 もうはっきり言って、ピンポイントで嫌な予感的中です。


「考察材料がなさすぎて、なんとも言えないわね。でもどんな理由があろうとも、私たちの選択肢は2つしかないわ」

「次の馬が到着するまでこの街で待つか。それとも別の方法で目的地を目指すか、かぁ」

「都市間移動用の飼育馬を借りれば、駅馬車より早いとは思うけど?」


 確かに大した荷物も持っていない俺とシアだけなら、飼育馬を借りた方が早い。

 というか、初めはそうするつもりだったんだ。


 でも、ある理由から駅馬車の方が安全だろうと考えた。

 まさかこういう手段で足止めされるとは思わなかったけれど。


「で、どうするの? カズ」


 シアが決断を求めてくる。

 普通に考えれば、ここは飼育馬を借りる方がいいだろう。


 英雄探しは期間が決まっているわけではないけれど、コリーヌの言葉からはできるだけ早い方がいいと感じた。

 それに第2のフラグの件もある。少しでも早くプロテクトを解除して、ヴァクーナが言う「本番」に備えたい。


 それでなくても冒険者は普通、仕事の早期達成を望むものだ。

 よほど特殊な例を除いて、依頼を早く達成するほど報酬が上乗せされることも多いし、世間的にもギルド的にも評価が高まる。

 いい評判が流れ、冒険者として成功しやすくなる。


 だから飼育馬を借りて、今すぐクレーフェ領を目指すのが当然の選択。



 ……って、考えると思っているだろうなぁ。

 もし、この事件を起こした犯人が、コリーヌの言っていた教団の反乱分子だとしたら。



 英雄は、まさに救国の象徴。

 ラーサ教団も、ブリュート王国を代表とする人族の国々も無視できない、国際規模の影響力を持った個人だ。


 そんな人物はラーサ教団にとってむしろ害悪になる。見つからない方がいい。

 そう考える一派が存在する、とコリーヌから聞いた。

 しかも、教団だけでなく王国にもそんな声はあるらしい。


 いつの時代も、どこの世界でも、出る杭は打たれるってことだな。


 そんなときに、ヴァクーナ神のお告げを多くの神官が授かった。

 これは今までのような、方便としての神託ではない。本物の神の言葉だ。

 だとすると、お告げによって示された冒険者は、本当に英雄を探し出してしまうかもしれない。


 それは、まずい。

 英雄はいらない。

 この世界には、ただ神へ敬遠な信仰があれば良い。


 だから、その冒険者には依頼を諦めてもらおう。

 神はご理解くださる。

 なぜなら神のお告げは『汝ら教団の望みが叶うであろう』だからだ。

 神のご意思を顕現させるための神託ではない。教団の主流派が願っていることに対する、助言にすぎない。

 ならば、冒険者を動けないようにしても、神はお怒りにならないだろう。


 英雄よりも、神と教団の尊厳こそ守るべし!


 ……って感じだそうだ。



 その教団反乱分子なら強力な法術を使う者もいるに違いないから、6頭の野生馬を暴れさせずに無力化することもできるだろう。


 で、神のお告げに持ち上げられた身の程知らずの冒険者は、名を上げることばかり考えて、飼育馬を借りて1人で先を急ぐはず。

 そこを捕縛して監禁。もし抵抗するようならば、天に還してやる。


 そんな筋書きじゃないかな。


 多くの一般人と混ざって移動すれば、仮にも宗教という建前がある以上、無茶はしないだろうと思ったけれど、読みが甘かった。

 6頭もの野生馬の生命をいたずらに失った挙句、多くの人に迷惑をかけてしまった。


 コリーヌが、心底心配して「気をつけて」と言ってくれたことを思い出す。

 確かに、これは本気で生命を狙われてもおかしくはない。


 なら、俺も相応に考えて動くことにしよう。


「シア。決めた」

「そう。どうするの?」


 俺は旅の道連れにのんびりと提案した。


「急ぎの旅でもないし、次の便をまとうか」

「ふーん。まぁ、カズがいいなら私はかまわないわ」


 連れ立って、今日の宿を確保しにいく。

 うまくすれば、駅馬車の会社が手続きを代行してくれるかもしれないな。



 もちろん、素直に泊まるつもりもないけれど。


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