こんな夜だから素敵な殴り合いを
珈琲
第1話 二十時十分
ニ月二十八日、時刻は二十時十分。
夜の帳もすっかりと落ちた頃、僕とココちゃんは私立槻島高校の正門前に並び立っていた。
本日は晴天、雲一つない夜空だ。
「戦争にはうってつけの夜ね」
ココちゃんから発せられた声は夏の暑さを吹き飛ばすほどに冷たい。
「そうだね、全てを片付けるにはこれ以上無い夜だ」
昂ぶっているのが自分でも良く分かる。
それほどまでに、僕達はこの日この時間を待ちわびていた。
「覚悟は出来た?」
「もちろん……あなたの方こそ、本当に良いの?」
「全く問題ないよ。うん、問題なんてあるはずがない」
「それなら重畳、その覚悟、最後まで貫き通してご覧なさい」
「愚問だね。貫き通してこその覚悟だ。僕には何の迷いもない」
「ふふっ、じゃあ、そろそろ行きましょうか。あなたを退学させるための戦いに……」
ココちゃんはそう言うと、颯爽と校門をよじ登ろうと身を構える。
でも、それに待ったをかけたのは僕だ。
当たり前だろ? だって、今の発言は聞き過ごせない。
「いや、別に僕を退学させるのが趣旨じゃないんだけど……」
ココちゃんは不思議そうに首を傾げる。
「あなた、今夜の戦争を何だと思っているの? 公になれば間違いなくあなたは退学よ?」
「それはそうかもしれないけど、けど、そうならないように穏便に済ますルートも……」
もちろん、卒業式の前日に学校へ忍び込もうとする以上、無事で済むとは思ってない。
だからといって、退学を前提で動くつもりも毛頭ない。
「退学は出来る限り回避だ」
「逃げ腰死すべし」
僕に向かって凶器が突き付けられる。
というか、完全にこれは殺す気だ。
「ぬおおおおおおお!」
間一髪で襲い来るカッターナイフを避け、あらためてココちゃんの方を見ると……チキチキチキと刃をさらに背伸びさせていた。
怖い――というか、どうしてこうなった?
「オッケー、ココちゃん。話し合おう。僕はここで殺されるわけにはいかないし、ココちゃんもこんなところで……」
「弱虫死すべし」
「だからどうして会話の余地が無いんだよ!」
襲い来る刃は見事なまでに頚動脈を目掛けてくる。
このままいけば、あっけなく僕の命はジ・エンドだ。
ココちゃんは手加減しない。
僕だって、ありもしない手心に期待するほど馬鹿じゃない。
だから主体的に動く。
刃を素手止めなんて出来ないから、軸をもつ腕を止める。
「ぐっ、離しなさい下郎」
殺されかけた事よりも、その言葉に僕の心がひび割れる。
僕はあくまでも正義の味方側でいたい人だっていうのに。
「ココちゃん、あまり遊んでる時間はないんだよ?」
「ふんっ、イイ目をするじゃない。本当に殺してしまいそう」
「いやいや、そこは大人しく僕の言うことを聞いておこうよ」
「あなたの言うことを聞くぐらいなら、私はこの場であなたを殺すわ」
「……さっきからザックリと僕の心をえぐるよね」
「光栄でしょ?」
「阿呆か!」
すっと押さえつけていたココちゃんの腕を離し、再び校門へと目を移す。
じつは、ここまでは普段通りの流れ。
何一つおかしなことも無い僕たち二人だけの挨拶のようなもの。
「緊張は解れたかしら?」
肩をぐるぐると回し、体の調子を確かめる。
「うん、十全十全問題なし」
これならきっと、間違いなくぶっ殺せる。
「それじゃあ、いっちょ、やってやりますか!」
気合を入れ直すため、右の拳を左の掌に打ち付ける。
「いや、そういう暑苦しいのは要らないわ。恥ずかしい」
「……はい(´・ω・`)」
これ以上会話を続けてもどんどん落ち込まされそうなので、あえて僕は仕切り直す。
「さあ、そろそろ始めようか」
「うるさい羽虫。それぐらいは重々承知しています」
「……ああ、そうですか。なら行きましょうかね」
「ええ、行きましょう」
「ああ、終わりの始まりだ」
「「さらば青春!!! いまからテメーの命を貰い受ける」」
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