鍵守りの君

糸田朋

序章 いつの世で

零話

 私は確か、一人の女であったのを覚えている。

 混沌とする記憶の中、なんとか思い出したのが己の性別。それ以外は全く思い出せず、探そうとすると靄に呑み込まれる。まるで思い出させるのを拒むかのように、するりと記憶は零れ落ちて消えてゆく。

 頭が痛い。随分永く眠りについていたせいか、身体の動きが酷く鈍い。

 一体私はいつ、何をしていたのか。名前でさえも思い出せない。


 ____もうそろそろ、時代の別れ目の時だろうか。

 ゆっくりこの手記を書けないのが惜しい。けれど、逃げなければならない。

 全てを書き記せない私を許してほしい。いつ、誰がこの手記を読んでいるかもわからない故に、多くは語れない。


 もし、この手記を読んでいるのが私なら。

 命運は全て私に掛かっているのだと、念を押そう。


 ____願わくば、幸ある道を。








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