事件発生
第5話 幽霊警察と真由美ちゃん、それと普川くん 1
「雪さんは何でこの部活に入ろうと思ったんですか」
本を読んでいた
「えっ?」
私はオカルト研の部室にいた。十畳もない元物置で、歴代の先輩方が残していった私物で部屋は圧迫されていた。オカルト関係の本や資料が大半だけど、中にはよくわからない字が書かれた八面体のサイコロとか、こっくりさんのアメリカ版みたいなアルファベットの書かれた板とか、どこぞの部族の仮面だとかのガラクタもある。
部屋の中央に長机が置かれていて、私と真由美ちゃんは机を挟んで向かい合ってパイプ椅子に座っていた。
ついでに部屋の隅においてある学校机を使って一人勉強しているのは
真由美ちゃんは本を読んだまま、左手で耳が出るように髪を掻き揚げた。私に話しかけてからの一連の動作の流れに私を気にかけるものがなかったために、私は本当に質問をされたのだろうかと疑問に思ってしまった。しばらく私が押し黙っているとちらりと私のことを見やったので、ああ、やっぱり話しかけてきたのだとようやく認識した。
私は読んでいた超常現象の新聞記事を集めたスクラップを閉じて、机の上に置いた。
「あーうん、なんて言うかなー、興味があったからかなー」
隣に立っている牛村さんをチラ見して、幽霊が見えるから、と正直に言っても信用されないだろうから、適当に答えた。するとそれに対する真由美ちゃんの返事は驚きのものだった。
「そうなんですか。てっきり幽霊でも見えているのかと」
「え゛っ!?」
つい声が出てしまったので真由美ちゃんは訝しげな顔でこちらを見た。眼鏡越しの鋭い切れ目が私の瞳を射抜こうとする。私は目線を逸らして牛村さんに顔を向けた。牛村さんは牛だったのであまり表情が読めなかったけど、幽霊でも見えてる発言に対しては平然としているような感じはした。
視線を戻すと、真由美ちゃんはまた本を読み始めていた。
「……第一印象からいうと雪さんのような人は運動部や文化系でも吹奏楽とかの部活に入りそうだと思っていましたから。勝手ですが」
またこちらを見もせずに言った。
「そうかなー?」
運動は好きだけどわざわざ部活に入るほどでもないかな。
この学校では運動系と文化系の部活は一つずつ入ることができる。この学校にやってきてオカルト研に入ることはすぐに決めたけど、運動部のほうはあまり考えてなかった。運動部は長い時間拘束されるみたいだし、休日も練習しないといけないし。そうしたら幽霊警察として働く時間がなくなっちゃうもんね。
「時折変な方向を見つめたり、独り言をしていたり。何かが見えているような素振りをしているうえ、廃部寸前のオカ研に入ってくるなんてもしや幽霊でも見えてる人間なのかと思いまして」
「そ、そんなことはないよー……」
と、ついまた牛村さんを見上げてしまった。そういえばあまり考えてなかったけど、牛村さんが見えていない人から私を見れば、独り言をしているよくわからない子になる。私に対して他の人たちがなんか余所余所しいのはそういった理由があったというのか。今度から気をつけよう。
「わ、私からしたら真由美ちゃんがオカ研にいるのも不思議だなあって思うけど」
「……私がオカ研にいたらいけないんですか?」
想定していたよりもかなり強い口調で返してきた。
「いや、そう意味じゃなくて……頭がよくて勉強ができる真由美ちゃんがこういうサブカルなものに興味あるのがギャップがあるっていうか……」
「言いたいことはわかってます。ちょっとからかっただけです」
たまにこういうどきっとすることを言うので真由美ちゃんは油断ならない。本気で怒っているのかと思ったら私をからかってるだけとか、かなり怖い。本当に怒っていても怒っているように見えるのかどうか心配だった。どこかで怒らせたりさせてないかな。
真由美ちゃんの後ろで勉強していた普川くんがちらりと振り返ってすぐに首を戻した。
「私は運動が苦手ですし、勉強も家で嫌というほどさせられますから、特に何もせずに過ごせる時間を作りたくて。オカルト自体には興味ないです」
真由美ちゃんは何故か左上を見つめながら言った。
「あーやっぱり学年一位は暇がないほど勉強してるんだねー」
「させられてるだけですけどね」
後ろで勉強している普川くんがまたちょっと振り返ってすぐに元に戻った。
「もしさ、」
私はいつかしてみたかった質問を真由美ちゃんにぶつけてみることにした。
「はい」
「もし幽霊が本当にいて、見えて話せたりとかしたらどうしたい?」
私は見えちゃってるけど、他の人はいったいどう思うのだろうか。
「具体的にどうしたいってことはないですね。ただ、見てみたい幽霊はありますけど」
「へえ、どんな人?」
「牛です」
「え、牛……?」
「え、俺……?」
私と牛村さんは全く想定外の発言に顔を見合わせた。牛村さんは蹄で顎をかいた。
「なんでその、牛ピンポイントなの?」
「人間の霊なんてありきたりじゃないですか。見た目はそのままでしょうし、話せるのも確定でしょうし、話す内容も人間と話してるのとあまり変わりないでしょう。それなら動物とかの霊の方が面白いと思いませんか」
いや、それでも。
「なんで牛なの……?」
「牛ってかっこよくありません?」
「よ、よくわかんない」
「この子、よくわかってるじゃないか……」
牛村さんはにやつきながら、牛がにやつくのってなんか咀嚼してるみたいだなぁ、しみじみと言った。
その時、一瞬頭に痛みが走った。
『牛ってかっこいいじゃないか』
どこかで聞いた声が頭の中で反響した。その声を聞いて私は左胸が痛くなってきて、鳩尾の辺りに重く暗いものが溜まっていくのを感じた。
呼吸ができないほどの痛みに私は無意識に左胸を押さえていた。
「はは。えっと、なんか、真由美ちゃんって、ちょっと変なところ、あるよね」
「……大丈夫ですか」
やせ我慢して普段通りを装おうとしたけど頭のいい真由美ちゃんには無効だった。本を机の上において私を見つめてきた。
「ダイジョブだよ」
そう僕は僕に言い聞かせるように言うと、左胸の痛みは次第に消えていき、痛みがなくなったのを感じると、大きく息を吸った。吸った空気をゆっくりと吐いて、腹部に溜まった黒いものを一緒に吐き出していく。
「本当に、大丈夫か?」
牛村さんも心配するけど、その時にはもう元に戻っていた。十数秒くらいの間自分の中の時間が止まったかのように苦しかったけど、本当にもう、
「大丈夫」
だった。
「それならいいのだが、元々病み上がりではあるのだ。気をつけるにこしたことはない。今日は早めに切り上げて先生に診てもらったほうが良い」
「そうだね」
牛村さんは胴より短い手を私の肩に回して、私の顔を覗き込むように容態を探った。表情はよくわからないけどまん丸とした瞳が本気で私のことを気にかけているのは感じ取れた。
「そういえば雪さんは病気で学校を休んでいたんですよね。無理されないほうがいいです」
「うん、ありがとう。今日はもう帰るね」
スクラップ帳を棚に直して学校鞄を手に取った。パイプ椅子を畳んで壁に立てかけ、片付ける。
「それでは、また明日」
「またね」
普川くんは無言で左手を挙げて挨拶した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます