第4話 幽霊警察署
幽霊警察の警察署は私の住む町の郊外にある。おんぼろ館とか廃ビルだとか、幽霊が住んでそうな雰囲気の建物を想像するかもしれないけど、幽霊警察だからといってなめてはいけない。
恐田さんは片側一車線の舗装がボロボロの道で車を走らせていた。左右に広がっていた林を抜けて前方に見えてきた建物が警察署だ。結構大きい建物で、テレビで見た国会議事堂より少し小さいくらいの三階建て。横にすごく広くて建物の端から端まで歩いていこうとすると十分くらいかかる。その点は不便だった。
大富豪が幽霊になってしまって使わなくなった建物を借りたとか、霊が見える大富豪に借りたとかなんかそんな感じに聞いた。とにかく、幽霊が住まうにしてはとても立派な建物なのだ。周りの林まで含めて私有地なので他の人が寄ってくることもない最高の条件の物件なのだ。
というか人が住むにしても普通の建物じゃない。大富豪が何かに使うためのものだったのだろう。何に使うつもりだったのかまでは想像できない。
警察署前の駐車場に車を止め、私は車を降りる。こういう時恐田さんは建物の入り口に近いスペースを勘で見つけ出して停める。自分が歩きたくないからと言っていたけど地味にすごい特技だ。
「何でいつもくっつくんですか?」
「んー人肌が恋しいの。幽霊だから。まあ、癖ってことかしら」
最後に恐田さんが車から降りて鍵を閉めた。恐田さんの体全体がゼリーでできているかのように波打った。
牛村さんが二人を連れて警察署の中に入っていったのが見えたので私たちも小走りで後を追う。恐田さんはいつも通りゆっくりとマイペースにお腹を揺らしながら歩いていた。
署内に入ると吹き抜けのロビーは人でごった返していた。受付嬢は二人いて、そのうち片方は幽霊だからか少し揺らめいている。二人の受付嬢はひっきりなしにやってくる幽霊に行くべき場所を案内していた。
警官だけで数百人がいるらしいのでそこらじゅうから聞こえてくる話し声や物音が大きな雑音になっていた。私はあまり耳がよくないのでこういう場所だと隣の人が何を話しているかもよく聞こえなくなる。
ここにいる人たちは皆が幽霊ではない。私や恐田さんのように霊が見える体質の人で協力している人もいる。割合で言うと全体の職員の一割くらいと少ない。レアな体質だからね。
スーツを着た好青年の格好をした
「おう、雪ちゃんに瑛未ちゃん。お疲れのところ悪いけど
と話しかけてきた。私が耳がよくないのを知っているので心なしか大きめの声だった。
「はい、わかりました」
牛村さんは谷さんに二人を託した。谷さんはそのまま建物地下の留置場に二人を連れて行くみたいだ。サングラス男は相変わらずむすっとしてたし、おじさんは泣き出しそうな顔で足元を見つめていた。
谷さんは幽霊だ。四十年前に亡くなったらしいのでその時の年齢と合わせると、生きていればもう還暦は越えていることになる。言うことや中身が古臭いこともあるけど見た目は今でも通用するイケメンで仕事もできるので若い女性(の幽霊)に人気も高い。ちなみに階級は警部補。
「やあ、雪ちゃん。休日もお疲れ」
「お疲れ様です」
「雪ちゃん、元気かい?」
「元気ですよー」
「雪ちゃん」
「はーい?」
朝見警部のところに歩いていくまでに何人もの職員に話しかけられた。幽霊警察のなかでも生きている人間で、しかも高校生となるとかなり珍しい、というか私しかいないからかな。全員に挨拶を返しつつ進んでいくとそれなりに時間が経った。
やっとのことで朝見警部のいる大部屋に辿り着くと、私たちの姿を認めた朝見警部は私たちを手招きした。机の前に移動する間にも、声をかけられ、返事をする。その間、朝見警部は微笑んだまま私の到着を待っていた。
「失礼します!
「ご苦労」
幽霊は死んだ時か、もしくは全盛期のころの姿に固定される。谷さんは二十代で亡くなってしまったので二十代の姿のままだ。朝見警部は三百年前の江戸時代の人で、六十五歳で亡くなったらしいけど見た目の年齢は三十代といったところ。時代劇みたいな袴の服装で、でも今の時代に合わせているらしくちょんまげはなかった。ぱっと見坂本竜馬のように見える。
幽霊警察を立ち上げたメンバーの一人で、若手育成のために警部の階級で残っているらしい。他のメンバーはみんなもっと偉い職に付いている。
瑛未さんは私から降りて自分の足で立ち、牛村さんはビシッと姿勢を整えた。
「詳細は報告書にまとめてもらうとして、簡潔に報告を頼む」
私は今日の出来事についてかいつまんで話した。今回の任務は、あの鉄橋で二週間前自殺したとされる人物、おじさんのことだけど、が幽霊化していないかを調べて、していたら署に同行してもらうという内容だった。サングラス男がいて、襲われるというのは本当に到着前まで想定外だった。
「……そうか。危ない目にあわせてしまったようだ。機動捜査隊でも同行させておけばよかったのだろうが」
「いえ、瑛未さんと牛村さんがいましたから大丈夫です!」
「名前を挙げてもらえない、かわいそうな恐田」
ぼそりと瑛未さんは呟いた。素で恐田さんのことは入ってなかった。そういえば恐田さんはまだ到着していなかった。恐田さんの到着を待っているとさらに十分以上遅れるので、いつも待たないことが多い。朝見警部もそれを知っているので恐田さんを待たずに報告を要求したのだった。
「バイク事故の件についてだがこれは多分書類ミスだ。自殺の件と事故の件で別件扱いになっていたのだろう。事故死もまた幽霊化しやすい案件だ。今度からは再発防止に努めねば」
机に置かれた紙にペンで何かを書き込んだ後、朝見警部はそれを横に投げ捨てた。投げ捨てられたはずの紙は地面に落ちる直前にふわりと浮き上がって、そのまま風で運ばれていくように、天井すれすれを這いながら署内のどこかへ飛んでいった。
「今日のところは君達に任せられるのはこのくらいだ。報告書を書いたらあがっていいぞ。明日は月曜日で学校だろう」
「はい! わかりました! 失礼しました!」
一礼して、踵を返して私の机の元に向かう。私はできるだけかっこつけてきびきびと動いた。
「そうねえ、報告書は私が書いておくわ」
「え、本当に?」
「ええ。明日学校でしょう。それにテストも近いんだから帰って勉強しなさい」
「うぇ……テストか……」
「テストでいい点を取ることが大切なんじゃない。いい点を取ろうと努力すること自体が大切なことなのだ。だから勉強はしなさい」
牛村さんの援護射撃が決まる。テストのことを考えると憂鬱だけど、少しうれしかった。
「ふふ」
「笑うくらい余裕があるってことかしら。これは期待してよさそうね」
「そ、そうじゃないよ。お父さんとお母さんがいたらこんな感じなんだろうなって思っただけ」
それを聞いて瑛未さんと牛村さんは顔を見合わせた。そしてちょっと照れていた。
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