第2話 幽霊警察とサングラス男、それとおじさん 2
「おい、おっさん! その牛やろーの動きとめろ」
「え、ええ……」
おじさんは否定なのか肯定なのかわからない声を出した。サングラス男の霊の声を聞けているし、さっき突然現れたことからもやっぱりこのおじさんも霊なんだなと改めて察した。
猫背のおじさんはサングラス男に命令されて怯えた表情をしながらも牛村さんに向き直った。両手を開いたまま前に構えて牛村さんを捕まえようとしている。だけど牛村さんはあんな格好で牛だけど強い。ポルターガイストの出力は幽霊の中でも折り紙つきなのだ。おじさんの霊が牛村さんを捕まえられるとは思えない。
恐田さんは僕と同じように隣で倒れこんでいた。純粋に驚いて腰が抜けたみたいだ。
それを見てちょっと恥ずかしくなったのですぐに立ち上がって、僕はサングラス男を注視することにした。何をするのかわからないのはやはりこっちだ。僕には幽霊に対する攻撃力がないので見張っておくくらいの事しかできない。
「う、うおおおおお!」
おじさんの霊が本当に牛村さんに突っ込んでくる。何でそこまでしてサングラス男に従うのだろう。霊になったのならもっと自由に生きて……いや、死んで? ん、ん……えっと暮らしていいと思うけど?
腰が引けて頭から突っ込んできたおじさんは牛村さんの中段正拳突きを顔面にもろにくらって簡単に吹っ飛ばされた。蹄が顔面にめり込み、頭が後ろに跳ねる。みごとに空中でえび反りになったおじさんはそのまま数メートル飛行して地面に後頭部を打ち付けた。すごく痛そうだったので僕は顔をしかめた。
そしてしまった。つい気迫のおじさんに目がいってしまってサングラス男から目を逸らしてしまった。目線を元に戻すとそこにサングラス男の姿はない。辺りを見渡してもそれらしき姿はない。もしかして逃げた? でも簡単に諦めてどっかにいくようなら襲ってこないだろう。というか何で襲ってきたの。任務内容からもこんなに危ない目にあうとは想像できなかった。
「チッ、仕方ねえ、似合わねえが、このおっさんで我慢してやるか」
次に声がしたのは隣の、恐田さんがいるところからだった。はっとなって隣の恐田さんを見やると恐田さんの背後からサングラス男が迫っていた。たぶん橋の中を透過して近づいてきたんだ。
僕に取り憑けないとわかったサングラス男は狙いを恐田さんに変えた。何で乗り移ろうとしているのかはよくわからないけど、なるほど、こうなるのか。
「……あ!? このおっさんも乗っ取れねえどうなってんだ!?」
私は車の中で見ていた“光景”を思い出していたので余裕ができていた。サングラス男は驚愕で動きが止まる。そして予想通り、歌手のように透き通った綺麗な声がサングラス男をけん制した。
「先約がいるのに乗っ取ろうなんて、なかなか骨のあることするじゃない」
恐田さんの額からにゅるりと半透明の腕が突き出したかと思うとそのままサングラス男の首を鷲掴みにする。咄嗟に地面を蹴ってサングラス男は離れようとするけど、手はびくともしなかった。
「ぐっ……!」
「あんまりおいたが過ぎるとこうなるのよ」
恐田さんも声は高いがさすがにここまで女性的な声じゃない。話しているのは恐田さんの中で待機していた
そして恐田さんは私の傍に駆け寄って後ろに隠れた。その動きは体型から想像できないほど俊敏だった。
「は、離しやがれ」
男はがむしゃらに暴れて腕を解こうとするけど、全く瑛未さんは動じなかった。わき腹に蹴りを入れられたり、腕を引っかかれたりしても表情は余裕の笑みだった。そしてゆっくりと腕を持ち上げると男の体が宙吊りになった。
瑛未さんは身長が高めの女性とはいえ、腕は男に比べたら華奢だし、ゴシックな体のラインの出る服装から見ても生前こんなに力があったとは思えない。純粋に霊としての格の違いかな。
「雪ちゃんが離してっていった時は離さなかったくせして、自分の時だけ都合の良いこと言うね。もう逃げられないから、はい現行犯」
「おい……くそ、おっさぁあん!」
そういえば牛村さんが殴り飛ばしたおじさんの霊のことを忘れていた。牛村さんでさえおじさんの方向を見ていなかった。
「う、うわああああ」
殴られて地面に伏せていたおじさんは雄たけびを上げながら立ち上がると、瑛未さんに向かって走り出した。けど、牛村さんが横から割って入って、無言で頭にチョップを入れて倒した。地面に顔面を打ち付けたおじさんは悶絶して、地面を転がった。
「二人組み……にしては相性がいいようには見えないが」
「牛村、ぼやっとしてないでさっさと手錠」
瑛未さんに言われて牛村さんは動けなくなった二人に手錠をつける。この手錠も霊的なものでできていて、付けられると霊が行える透過や浮遊、憑依を不可能にして、さらに体を重くして力を奪う幽霊手錠だ。なんかすごい手錠だ。幽霊警察に所属している霊だけが所持を許される対幽霊用の道具。どうやって造られているのかは知らない。私や恐田さんは触れないので持ってるのは瑛未さんと牛村さんだけだ。
私も犯人に手錠とか付けたかったから少し残念だった。私ならこう、牛村さんみたいに地味にただ手錠をつけるんじゃなくて、かっこいい台詞とオーバーなアクションでハードボイルドに決められるのに。
「くそっ……なんだこれ……」
サングラス男は瑛未さんの首絞めから開放されてもつらそうな表情をしている。
「幽霊用の手錠よ。一度付けられたら逃げられないと思いなさい。今から車で警察署まで連れて行くわ」
「ありえねえ……幽霊になったのに警察とかありえねえ」
サングラス男はそれでも瑛未さんを睨みつけ続けている。
「つーか、なんで憑依できねーんだよ……できるはずじゃねーのかよ。幽霊なんだしよぉ」
「幽霊になったばかりで知らないでしょうけど、既に取り憑かれている人に別の霊は取り憑けないの。私も霊になって日は浅いけど、いろいろ教えてもらってるから」
「くそ……そのガキも誰かが取り憑いてんのかよ」
「いえ、その子は憑依できない特別な体質だから」
「なんでだよ!」
サングラス男は仰向けに倒れこんだ。そして大きくため息をついて、上体だけを起こした。
「……なにがむかつくってよぉ、全部そのおやじのせいだからな! そもそも俺が死んだのそいつの所為だし!」
おじさんを指差そうとして重たい手錠のせいで一瞬しか指せなかった。そう言われて俯いて黙り込んでいたおじさんは背中を震わせながら、
「すみませんでした」
と小さく消え入りそうな声で謝った。震えはもしかしたら泣いているのかもしれなかったけど、私からはよく見えなかった。
「すみませんで済むわけねーだろが、タコ頭が!」
「おい、うるせーぞ。さっさと車に乗れお前ら」
牛村さんが二人の首根っこを掴むと車まで引きずって、中に放り込んだ。蹄の手でどうやって掴んでいるのかはよくわからないけどなぜか掴める。幽霊相手だから、という訳でもないので本当によくわからない。
私たちも牛村さんに続いて、私は助手席に乗った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます