第34話 破壊の神 or アナ 突きつけられた選択

 宇宙空間を五千年程飛び続けただろうか? 大宇宙神の飛んで行く先に明るい場所が見えた。――銀河だ。暫く振りに私は銀河を見た。

 徐々に銀河の姿が大きくなってくる。なかなか美しい形をした渦巻き銀河だ。

……あの銀河は私が奪い取った銀河だろうか? そうではないだろうか? ……まぁ、どちらでも良い。私の銀河ではなかったのだとしても、結局は私の銀河になるのだから。


 大宇宙神は銀河に突入した。暫くして私も銀河に突入した。大宇宙神は何億もの青い星と白い星の間を通り抜け、銀河の中心に向かって飛んで行く。

 私は必死に大宇宙神を追いかけて行くが、なかなか距離が縮まらない。私は相当な力で大宇宙神を吹き飛ばしてしまったのだろう。


 銀河の中心に近づくに連れ、青い星や白い星はほとんど姿を見せなくなった。擦れ違うのは赤い星ばかりだ。それは若い星の数よりも、老いた星の数が増えてきたという事だ。

 赤い星のほとんどは醜く膨張している。爆発するのも時間の問題だろう。あと数億年もすれば寿命が尽きる。……周囲には死の匂いが充満している。

 私はさらに光を放ち、この場から逃れる様に大宇宙神の後を追った。


 赤い星が見える様になってから一体どれくらいの時間が経っただろうか? 数万年か数十万年か? まだ私は大宇宙神に追いつけていない。……全く凄い速さだ。少し手加減をしておけば良かったというものだ。

 既に星の姿は一切見えない。数千年前までは、寿命が尽き大爆発を起こしている星の姿を頻繁に見かけたが、今はそれすら見えなくなっている。今、私に見えるものと言ったら、数光年先を飛んでいる大宇宙神の姿だけだ。大宇宙神は相当弱ってきているのだろう、赤い光を身体から放っている。

 大宇宙神の飛んで行く先に何か見える……。黒く巨大な天体。――ブラックホールだ! 凄まじい重力を持ち、光すら吸い込む宇宙の墓場……。神も存在しない無主の無法地帯……。私はとうとうこの銀河の中心まで来てしまった。

 ブラックホールの外縁部は凄まじい勢いで回転し、周囲の時空そのものを歪めてしまっている。中心部は真っ黒で何も見えないが、その内には無数の光や死んだ星の残骸が閉じ込められている筈……。満たされる事のない食欲を持つブラックホールの胃袋は、我々神をも隙あらば飲み込んでしまう。この暗黒の化け物は、神をも餌食としてしまうのだ。

 私は静止した。……残念だが大宇宙神を追う事はやめるとしよう。ブラックホールにこれ以上近づいては私の身も危なくなってしまう。

 大宇宙神はブラックホールに向かって一直線に飛んで行く。――じきにブラックホールに吸い込まれるだろう。大宇宙神とて銀河の中心に存在する巨大ブラックホールに吸い込まれたならば、脱出するのに数万年の時を要するだろう。ましてや手負いの身体だ、もっと時間を要するかもしれない。

 大宇宙神がブラックホールの中でもがいている間、私は全ての星、全ての銀河を手に入れておこう。そして数万年後、ブラックホールを脱出した大宇宙神を捕え、そこで止めを刺すのもまた一興だ。

「大宇宙神よ、巨大ブラックホールの中で少し頭を冷やすが良かろう! 神々の存在を退屈なものにしてしまった報いだ。大いに反省したならば私の前に姿を現せ! そこで恭しく頭を垂れたならば、お前の首を両断してくれよう!」

 私は高笑いした。大宇宙神もこれで終わりだ!

 大宇宙神はブラックホールに向かって突進していく。


「アナ……アナ……」


「誰だ!」

 私の脳内で誰かが私の名を呼ぶ。……どこかで聞き覚えのある声。若い女神? いや、この声は神の声ではない。……すると一体、誰の声なのだろうか?

「アナ、元の存在に戻らないで! 破壊の神に戻ってはいけない!」

 やはり若い女の声だ……。こいつは何を言っているのだろうか?

「あなたはシンの傍で三千年……いや、六千年生きてきたアナよ! 十四歳の少女のアナよ!」

 十四歳の少女のアナ?  ……アナ……シン……六千年……。

 女の言葉が私の胸に引っ掛かる。……何か私に関係のある言葉なのだろうか? ……しかし、なぜだろう……目頭が熱くなる。 

「アナ、思い出して! シンの事を、モノノリ、アオノリの事を!」

 女は私に訴えかける。

 シンとは何者だろうか? ……あぁ、でもその者を私は知っていた筈。私はその者と深く関係していた筈。……しかし思い出せない! 

 モノノリにアオノリ……この二人の名前も聞いた事がある! 確か……確か……。

「体内ブラックホール! ホワイトボール! それに神の声も!『協力しなさい。世界を変えてはならぬ』……思い出して!」

 あぁ、何だその言葉の意味するところは! ……苦しい、胸が苦しい! 

「お前は一体誰なのだ!」

 私は両手で胸を押さえながら叫んだ!

 すると私の目の前に塵みたいな物が飛んで来た。塵みたいに小さいが、内部には生命体が存在していると分かる。私の脳内に響く声は、この塵の中の生命体が発している様だ。

 私は塵の中の生命体に向かってもう一度尋ねた。

「お前は一体誰なのだ!」


「私はルカよ!」


 私の全身を電気が貫いた。同時に、黒い球体の内部に閉じ込められている生命体の映像が頭をよぎった。生命体は人間の少女、首に赤い布を巻いた少女……見覚えがある! これがルカか!

 ルカ、覚えている様な気がする。私はルカという少女とどこかで会っている。私の……私が最初に……私がシンの……体内……体内にいた時……。あぁ、苦しい! 思い出せない! 助けてくれ、胸が裂けてしまう!

「アナ、思い出して! シン君の体内に入り込んだあなたは、私とたくさんの時間を過ごしたのよ! 一緒に手を繋いで電車に乗ったり、お代場でデートをしたり、自転車で二人乗りをしたり、桜木からお父さんを助けたり――」

「やめろ、やめてくれ! 頼むからやめてくれ!」

 私の胸の奥が激しく揺さぶられる!

「やめないわ! しっかりと聞かなくてはいけないの! あなたは私達の危機を何度も救ってくれたの! あなたはそういう存在なの! だから、誰かを傷つけるのはやめて! あなたは破壊の神ではない、あなたはアナよ!」

「……私は、ルカ達の危機を何度も救った……私はそういう存在……私はアナ……」 

 すると私の身体を柔らかな光が包み込んだ。黄色く温かい光。……私の胸が少し軽くなった。

 突然、一人の少女が私の心の奥深くから駆け上がって来た。……ルカとは別の少女。白い肌、長い黒髪、そして変わった形の白い衣服を身にまとっている。――一体、何者だろうか? 

「ルカ、大宇宙神はどこ!」

 心の奥深くから駆け上がって来た少女が、私の口を借りてルカという少女に尋ねた。

「……アナね? あなたはアナね!」

 今にも泣きだしそうになっているルカの姿が頭をよぎる。

「うん、私はアナよ。ルカのおかげで破壊の神に戻らずに済んだわ」

 駆け上がって来た少女が私の口を借りて勝手に喋る。――この少女がアナだ! ルカと同じ人間の少女だ! ……何という力を持った人間だろうか? 神の口をいとも簡単に操っている。

 慌てた様子のルカの姿が脳内によぎる。

「アナ、大宇宙神はブラックホールのすぐ近くよ! あと少しで吸い込まれてしまう!」

「そんな……大変!」

 アナは遥か遠くに見える大宇宙神に向かって私の両手を突き出した。……両手に力が集中する。凄まじい力だ、あまりの力に周囲の空間が歪む! ……これは私の力なのだろうか? それともアナの力なのだろうか? 

「おおおおおおおおおおおおおおお!」

 アナは私の口を借りて大声を出すと、掌から白い光を放った! 二本の白い閃光は波打ちながら宇宙空間を駆け抜けて行く! 

 二本の閃光は大宇宙神の身体にぶつかった。――強い光が銀河中を照らす! アナの放った閃光はとてつもない威力だ。私が大宇宙神に放った光にも負けない。

 周囲の光が消失すると私はブラックホールへ目を遣った。

「……そんな、馬鹿な」

 私は思わず声を洩らした。

 ブラックホールの手前……大宇宙神が淡い光を纏いながら静止していた。 

「助かった! 大宇宙神は助かった!」

 ルカという少女の歓声が聞こえてくる。

 私の体内からアナの存在が消えた。同時に私の全身から一気に力が抜けた。眠気が襲ってくる――

 あれほど憎くてたまらなかった大宇宙神……。それなのに私は大宇宙神を助けてしまった。……いや、私の身体を操ったのはアナという人間の少女だ。従って、私が大宇宙神を助けたというのは厳密に言うと正しくない。しかし、私はアナの意志に従わずにもいられた。私は神だ、それくらいは容易い。それなのに私はアナの意志に従った。これは私の意志で大宇宙神を助けたと言っても間違いではない。

 白状しよう、私はアナという少女の力に魅せられてしまったのだ。アナという少女の力に感動してしまったのだ。……いや、アナの持つ力にだけではない。私はアナという少女自身にも心を奪われてしまったのだ。大宇宙神の命を奪ってしまうとアナが悲しむ。そしてもう一人の少女……ルカが悲しむ。だから私は大宇宙神を助けてしまったのだ……。

 アナという少女は一体何者なのだろうか? たかが人間の分際で、アナ・ウロングクスヌク・ピエトリ・ユタという神を操ってしまった。大宇宙神がブラックホールに飲み込まれるのも防いでしまった……。

 ルカという少女も一体何者なのだろうか? ルカの存在は、私の心を強く揺さぶる……。

 

 そうか……私は……アナなのだ。アナは……私なのだ。そうだ……全てではないが思い出した。……私は生まれ変わってアナという人間の少女になったのだ。アナはこの私自身なのだ……。そしてルカは、アナの大切な存在なのだ……。

 でも私は今、アナ・ウロングクスヌク・ピエトリ・ユタという破壊の神だ……。私はアナでもあるが、アナ・ウロングクスヌク・ピエトリ・ユタでもあるのだ!


「お前はどちらの存在なのだ?」


 大宇宙神の声が聞こえる。……私の存在はどちら? ……この質問、私はアナという少女なのか? それともアナ・ウロングクスヌク・ピエトリ・ユタという破壊の神なのか? どちらが本当の自分なのかを選べという意味だろうか? いや……アナという少女か破壊の神か、どちらの存在として生きていきたいのかを選べという意味だろうか? ……だとしたら、どうする……。私は、私は……。


「アナ、元の存在に戻らないで! 私達のもとへ戻って来て!」

 

 必死な顔をして訴えるルカの姿が脳内によぎる。するとルカの眼から涙が一筋流れた。ルカのその涙は私の胸の中に落ちた様な気がした。――瞬間、私の身体から青い光が波の様に広がった。青い光は瞬く間に銀河全体、いや、宇宙全体に広がった!


「私はアナだ!」


 胸のつかえが取れた私は、静止した大宇宙神に向かって叫んだ。

 そうだ、私はアナだ。……私は、アナ・ウロングクスヌク・ピエトリ・ユタではない。……破壊の神ではない。……私はアナ……十四歳……女の子。


 強い眠気が襲ってきた。私は再び……眠り続けてしまうの……だろうか?

 あれは……ルカ? 宇宙空間を……漂う。球体が……消えたのだ。笑っている……。


 大宇宙神が……私に言った……「お前はただ血が見たかったのだ」と。……その通りだ。私は……血を見たかった。……生きる実感、怠惰、惰性……そんなものは……言い訳。私はただ血を欲して……いた……。


 青い光が……私の脳内にも充満した――

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