第31話 蘇る記憶 襲いかかる黒い生き物

 一体何が起きたというの? 黒い空間が赤く瞬いたと思ったら、シン達三人が頭を押さえたまま倒れてしまった……。

 すると、再び黒い空間が赤く瞬いた。――激しい光! 私の眼も一瞬くらむ!

 私は眼をこすりながら周囲を眺めた。……誰かが立っている。――シン達だ! シンとモノノリとアオノリが眼を開けて立っている。頭の痛みは消えたのか、三人とも神妙な顔をしている。

「……どうしたの皆、怖い顔をして?」

 私は恐る恐るシン達に尋ねた。するとシンが私の眼をじっと見つめた。

「アナ」

――シンが私の名前を呼んだ! ……どうして? どうして私の名前を知っているの?

 シンはモノノリの顔を見た。

「あんたも思い出したな、モノノリ?」

 モノノリはシンの眼を見つめ、黙って頷いた。アオノリも黙って頷いている。

「一体どうしたの? 皆、何があったの?」

 私はおろおろとしながら三人に尋ねた。

「アナ、俺たちは思い出したんだよ。前の世界での記憶を……」

 シンが私の眼を見て微笑んだ。

「……前の世界での記憶?」

「そう、前の世界での自分達の記憶さ。俺たちは体内ブラックホールを消す為に協力していた仲間同士だった」

「どうして急に……。どうして色々思い出したの?」

「あいつが教えてくれたんだ」 

 シンはそう言うと、空に浮かぶ黒い空間を指差した。

「――黒い空間が教えてくれたの? それってまさか、ルカが教えてくれたって事?」

「……ルカ。あぁ、ルカかもしれない。でも、はっきりした事は分からない」

 シンは再び微笑んだ。

 ルカじゃないかもしれないのか。……でも良かった、シンはルカの事を思い出してくれた! 

 シンは自分の胸を拳で数度叩いた。

「体内ブラックホールの事も思い出したよ。体内ブラックホールの栄養源は俺の苦しみ、だから俺達はルカに不幸が起きない様にする必要があった。暫くして俺達はホワイトボールで体内ブラックホールを消し去った。……いや、消し去れたか確認出来ていないけれど。でも、ルカは黒い空間に飲み込まれたまま戻っては来なかった……」

「そう、その通りよ! それをルカが……あの黒い空間が教えてくれたの?」

「……あぁ、教えてくれた。そうだよね、モノノリ?」

 モノノリは小さく頷くと手を後ろに組んだ。

「私達はあの後、猫の姿となりシン君の家で一緒に暮らした。その後……これは未確認だが、おそらくシン君が亡くなったと同時に、シン君の生まれた瞬間の七王子市へと時間移動をした。それから私達は再び猫の姿のまま地球で生きてきた。シン君の生まれた日と同じ一九九〇年九月九日から、シン君が亡くなる日と同じ二〇一五年九月二十三日までの約二十五年間の生涯を何度も繰り返して……。その間、コタッツ銀河の記憶もマルクナールの記憶もない。本当の猫の様にずっと生きてきたのだ。残飯をあさったり、他の猫と喧嘩をしたりしながら三千年もね」

 モノノリは私に向かって「ニッ」と微笑んだ。

 アオノリが大げさに咳払いをして人差し指を上に立てた。

「私達がノラ猫として暮らしていた時、突然世界がぐるぐると回り始めました。気付いたら私達はこの場所に来ていました。姿も元のマルクナール人に戻っていました。さっきまでの私達は、ノラ猫として地球で生きていた時の事を忘れていました。でも、私達は全て思い出しました。あの黒い空間が教えてくれました」

 アオノリはニコニコと笑っている。

「皆……思い出してくれたのね」

 三人は前世の記憶を思い出した様だ。……これってルカの力? ……それとも皆の記憶を呼び戻したのは神……神なのだろうか?

「アナ」

 シンが私の名前を呼んだ。

「……アナ、君は再び独りぼっちになっていたね? 俺はアナが自分の傍にいたなんて全く気付かなかった。……ごめんな」

 シンはそう言うと私の頭を撫でてくれた。――生まれて初めて他人に頭を撫でられた。……なぜだろう? 顔がとっても熱くなってきた。

 するとモノノリが私の手を握った。

「この三千年、一番苦しかったのはアナさん、君みたいだね。しかしもう独りではない。私もシン君もここにいるよ」

 モノノリは私の顔を見上げて微笑んだ。

「そんな事ない、モノノリだって……」

 私はそこまで言うと涙がこみ上げてきて喋れなくなった。

 するとアオノリが慌てた様子でモノノリの肩を手で揺さぶった。

「ちょっとモノノリ先生、私の名前を忘れないで下さい! 私だってここにいますから!」

 そう言うとアオノリはくるりと私の方を向いた。

「アナさん、私だって傍にいますから安心して下さいね!」

 アオノリは私に向かって「ニッ」と口角を上げて微笑んだ。

 モノノリが声を上げて笑った。

「すまない、君の事を忘れていたアオノリ。……どうやら私と君は馬が合わないのかもしれないね?」

 アオノリは腕を組んで首を傾げた。

「馬……。『馬が合わない』……どういう意味でしょうか? ……あぁ、ノラ猫の事だったら色々分かるけど馬の事は分かりません!」 

 アオノリは両手で頭をぐしゃぐしゃと掻きむしった。

 私達は声を上げて笑った。アオノリは私達三人を見て悔しそうに口を尖らせている。……こういう感じ、愉しい。そうだ、私は独りぼっちじゃない、私には仲間がいる! 私達四人だったらどんな困難にも立ち向かっていけそうだ。

「……おっと、大事な事を言い忘れていた」

 モノノリが呟いた。

「どうしたの?」

 私はモノノリに尋ねた。

「私達は体内ブラックホールを消し去れたのか消し去れなかったのか、黒い空間が私だけにその答えを教えてくれたのだ」

 モノノリは私の顔を見て頷いた。 

 シンが私とモノノリの間に割って入った。

「何だって? ……モノノリ、何で早く言ってくれなかった! とても大事な話じゃないか!」

 シンが口を尖らせた。

「すまんね、ついうっかり……」

 モノノリは肩を揺すって笑い始めた。

「……で、体内ブラックホールはどうなったのですか? 消し去れたのですか!」

 アオノリが興奮してモノノリの腕を掴んだ。

「まぁ、落ち着きなさいアオノリ」

 モノノリはアオノリの肩をポンポンと叩き、自分の腕からアオノリの腕を離した。

 モノノリはわざとらしく咳払いをすると両腕を広げた。

「諸君、私達はシン君の体内ブラックホールを消し去れたそうだ。従って天の川銀河はもちろん、コタッツ銀河も滅びずに済むそうだ。」 

 シンとアオノリは、「よし!」とガッツポーズをした。モノノリも感慨深そうに天を仰いだ。

 でも……私はあまり喜べなかった。

「……やっぱりそうだったのね。私達は体内ブラックホールを消し去ったのね。……でも私達の人生は、本当のあるべき姿に戻ったのかな?」

 私は黒い空間を見上げた。

「……ルカは黒い空間に閉じ込められたまま戻って来やしない。モノノリとアオノリだって生まれた星に帰れていない。シンの寿命が二十五年のままなのも、もしかしたら本当ではないのかもしれない。私達には、まだやるべき事が残っているのかもしれない。まだ喜ぶには早いと思う」

 私はシン達三人の顔を見た。三人は俯いて黙りこんでしまった。

――そうだ、まだ終わりではない。私達にはまだまだやるべき事が残っている筈。特に私には大変な何かが待ち受けている様な気がする。神は私にこんな事を言っていたし、「アナよ、試される時が近づいている。お前の変化を見届けよう」って……。


 するとどこからか「キイキイ」という奇妙な鳴き声が聞こえてきた。……この声、どこかで聞いた事がある。どこで聞いたのだろう……。

「……何だ? 何かの鳴き声が……」

 シンも鳴き声に気付き周囲を見回している。モノノリとアオノリも不思議そうに顔を見合わせている。

「……アナ、この鳴き声どこかで聞いた事ないか?」

 シンは空を見上げた。

「私もそう思っていたの! この声、聞いた事がある。一体どこで――」

 ん? 何だかシンの様子がおかしい。体中が震えている。

「……シン? どうしたの?」

 するとアオノリが慌てた様子で空を指差した。

「あ、あれは一体何ですか!」

 アオノリはそう叫ぶと慌ててモノノリの後ろに隠れた。

 私は空を見上げた。

「まさか、あれって……」

 私は思わず息を飲んだ。地上から五十メートル程上空に、黒く巨大な丸い物体が三つ浮かんでいる。触手の様なものを無数に生やし、巨大な一つ眼を持った黒い物体。――間違いない、あれは私とシンがタイムスリップを繰り返している際に現れた黒い生き物だ! シンの中学校の校庭、雪の降る太郎坂、そして戦場になった七王子駅に現れた黒い生き物! その黒い生き物が再び私達の前に現れた!

 三体の黒い生き物は、無数に生えた黒い触手を出したり引込めたりしながら、巨大な一

 つ眼で私達を見下ろしている。

 モノノリが私の眼の前に立った。

「アナさん、私達が君達と初めて会った時、その時もあの黒い生き物を見た気がする。…

…そうだ、あの黒い生き物達は、空高くジャンプしていた君達に襲いかかろうとしていた。

 あの黒い生き物達は君達の命を狙っているのかい?」

 モノノリは私の顔を覗き込む様に見上げている。モノノリの後ろに隠れるアオノリも、私の顔を不安気な表情で見上げている。

「……分からない」

 私は首を振った。

「でも、あの黒い生き物達は何度も私とシンの前に現れるの。何か理由があるのか――」

 突然、シンが私の腕を強く掴んだ。

「アナ、そう言えばあいつらは俺に向かって『復活をお待ちしていました』って言っていたよな? あいつらは俺の事を追っているのかもしれない! 俺の体内ブラックホールに何か関係があるのかもしれない!」

 私はシンの腕をふりほどいた。

「でも、シンの体内ブラックホールはもう消えてしまった筈よ? シンの体の中にはもうブラックホールは存在しないでしょ!」

「じゃあ、何であいつらはまた俺の前に現れた!」

「そんな事分からない! ……ていうか、あの黒い生き物達はシンの前にではなくて私の前に現れているのかもしれないじゃない!」

 シンはハッとした表情をして私の顔を見つめた。モノノリもアオノリも眼を大きく開いて私の顔を見つめている。

「……え? 皆、どうしたの?」

 三人はどうしたワケか、口籠る様にしながら私から視線を逸らしてしまった。

……まさか、黒い生き物達は私の事をずっと追っていたって言うの? 復活って……私はアナではなくて別の存在だと言うの? やっぱり私には前世があったの? 私はやっぱり残虐な行いをする存在だったの? あの夢に見る様な残虐な行いを繰り返す悪魔の様な存在――

「うわあ!」

 突然シンが叫び声を上げた。

「ど、どうしたの?」

 私は驚いてシンのいた場所に眼を遣った。――あれ、シンがいない! おかしい、どこへ消えたの?

「上だ! アナさん、シン君は上だ!」

 アオノリが慌てた様子で宙を指差した。宙を見上げた私は息を呑んだ。

 シンが全身を黒いヒモの様な物で縛られた状態で数メートル上空に浮かんでいる! 

――触手だ! 一体の黒い生き物の触手が空から伸び、シンの体をぐるぐる巻きにしている!

「シン!」

 私はシンの足を掴もうとして飛び跳ねた。でも、シンの足にかすりもしない。

「アナ!」

 シンは身をよじって触手から逃れようとしている。

「ギエエエイ!」

 上空に浮かぶ黒い生き物の奇声が聞こえた。

 するとシンの体は黒い生き物に向かって一直線に進んで行った! ――凄い速さ! 黒い生き物がシンを引っ張り上げているのだ! 

 別の二体の触手も空から伸びてきた。触手はあっという間にモノノリとアオノリの体に巻き付いた。

「……うわ! アナさん、助けて!」

 アオノリが泣き出しそうな顔をして私に助けを求める。

 私はアオノリのもとへ駆け寄ろうとしたけれど、アオノリもモノノリも眼にもとまらぬ速さで空に向かって引っ張られて行ってしまった。

 黒い生き物に捕まった三人の姿が上空に小さく見える。……あぁ、どうしたら良いの!

 何か声が聞こえてきた。――悲鳴だ! シン達の悲鳴が聞こえてくる。きっと黒い生き物に痛めつけられているのだ。化物め、三人を殺すつもりなのだろうか? 私の……私の仲間達……。

「うおおおおおおお!」

 私の口が勝手に雄叫びを上げた! ――何だこれは、物凄い力が湧いてくる! あの時と、あの時と同じ感覚だ! 戦場になった七王子駅で、シンを抱いて空に飛び上がった時と同じ感覚! ……凄い力、私は三人を助けられるかもしれない!

「おおおおああああああ!」

 私は腹の底から声を出すと思い切りジャンプした。――体が空高く舞い上がる! 私は

 髪の毛やセーラー服を風になびかせながら、あっと言う間に黒い生き物達が浮かんでいる

 所までやって来た。

 私の身体は空中で静止した。私は重力を無視し浮かんでいる。私は……一体どういう存

 在なのだろうか!

 黒い生き物達はキイキイと鳴きながらシン達三人の体を触手で締め上げている。三人は苦しさの為だろうか、眼を見開き呻き声を上げている。

 私は両手を前に突き出して空中を移動すると、シンを締め上げている黒い触手を両手で掴んだ。

「このクソったれ!」

 私はシンに巻き付いている触手を左右に引き千切った! 千切れた触手からは赤い液体が霧の様に噴き出す。黒い生き物の血なのだろう、私の顔面が赤く染まる。シンの体に巻き付いていた触手は力なく外れると煙の様に消えてしまった。

 触手を千切られた黒い生き物は痛みの為だろうか、「ギエエエイ!」という気味の悪い叫び声を上げている。

……あれ、シンの姿が見えない。――下だ、シンの体が地上に向かって落下していく!

 私は急降下しシンを追いかけた。この高さから地面に激突したら間違いなく死んでしまう!

「ううおおおおおおおお!」

 私は全身に力を込めてスピードを上げた。――お願い、間に合って!

 シンの身体が地面にぶつかる! ――その一歩手前、私は左手でシンの腕を掴んだ。私は何とかシンを助けた!

 シンは苦しげな表情で私の顔を見上げた。

「……アナ、また助けてもらったね」

 シンは一言呟くと気を失ってしまった。

 私はシンの身体を引き寄せしっかりと抱え直した。――さぁ、次はモノノリとアオノリも助けないと!

 私は右手を前方に伸ばした。

「うおおおおおおおおお!」

 私は再び雄叫びを上げると、右手を前方に突き出したままモノノリを捕えている黒い生き物に向かって突き進んで行った。私はその勢いのまま、黒い生き物の巨大な眼玉に右手を突き刺した。

「まだまだぁああああ!」

 私は更に右手に力を入れた。黒い生き物の目玉に私の右手が深く突き刺さっていく。

「行くぞ!」

 私の体は黒い生き物の身体を突き破り、反対側に飛び出した。私は黒い生き物の身体を貫通した! 

 黒い生き物の体に空いた穴からじわじわと赤い血が溢れ出す。

「ギエエエエエイ!」

 体を貫かれた黒い生き物は断末魔の叫び声を上げると、煙の様に消えてしまった。

 落下していくモノノリ。私は急降下するとモノノリの身体を右腕で抱えた。

「……アナさん」

 モノノリは私の顔を見上げ、苦しげな表情のまま二コリと笑った。モノノリは死んでいない、大丈夫だ!

 私は二人を抱えたまま急上昇し、アオノリを捕えている黒い生き物と対峙した。私は黙って黒い生き物の巨大な眼玉を睨みつけた。

「ギギ……ギエエイ!」

 黒い生き物は恐れをなしたのか、アオノリを捕まえたまま背を向けて逃げ出そうとした。

「逃がすか化け物!」

 私は黒い生き物に向かって突き進み、背中に頭突きをくらわせた。

「行けえええええ!」

 私は頭に力を込めると、黒い生き物の身体を貫き反対側に飛び出した。

 アオノリを捕えていた黒い生き物は煙の様に消えてしまった。

 地上に向かって落下していくアオノリ。私はシンとモノノリを抱えたまま急降下した。遊歩道の路面にアオノリが激突する間際、私はアオノリの身体を両足で挟んで助けた。

 私は着地し三人をその場に寝かせた。アオノリは喘ぐ様に息をしているけれど命に別条はなさそうだ。シンとモノノリも大丈夫。

「ギエ、ギエエイ……」

 黒い生き物の鳴き声が聞こえた。空を見上げると、触手をちぎられた黒い生き物が血を流し、フラフラと飛びながらその場から離れようとしているのが見える。……そうはさせない!

 私は右手をぐるりと一回転させた。すると黒い生き物が空中で大きく一回転した。一回転し終えた黒い生き物は、そのまま地上に向かって凄い速さで落下し始めた。――何だこの技は!

 落下してきた黒い生き物は、ロータリーに大きな音を立てて激突した。周囲が揺れ濛々と砂埃が舞う。まるで隕石が地上に激突した様だ、路面がすり鉢状に丸く凹んでいる。

 私はロータリーまで走り黒い生き物の前に立った。改めて見てみると、何て巨大な身体だと思う。ロータリーが半分は隠れてしまうくらいの大きさだ。

 ん? 黒い生き物の眼玉がなくなっている。いや、瞼を閉じているだけだろうか? 黒い生き物はぴくりともしない。無数にあった触手も、今や一本も見当たらない。……死んでしまったのだろうか? でも、この黒い生き物は別の二体の様に体が消滅していない。だから生きているのかもしれない。

「……お前は何者なの? なぜ私を追い回しているの?」

 私は黒い生き物に尋ねた。……意識があるだろうか?

 すると黒い生き物の体の中央が裂け、その裂け目から巨大な眼玉が覗いた。


「……復活を待ち望んでいるからです。破壊の神……ユタ様」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る