16話

 結局、そのまま日の出を待ち、いつものように家畜の世話をして畑を見回る。

 着替えが無いので、川で洗った服をそのまま着ていたが、まだ湿っていて冷たい。


 気落ちしたまま、日当たりの悪い畑行く。


 葉の色も悪く、とても収穫が見込めそうにない作物を見ると更に気持ちが落ち込み溜息をつく。


 「この冬の蓄えは、無理そうだなぁ・・・・」

 セルジオは折角建てた倉庫に少しでも食料を蓄えられたらと考えていたのだ。

(そもそも、その必要はない程稼いでいるのだが)

 希望通りに成らない現実を諦める。

 今日の分の遺体回収をしようと準備を始め、ダンジョン前でゴーレムの頭を見てまた思い出す。

 急ぎの案件でもない為『また、そのうちでいいか』と思い、そして再びゴーレムは忘却される。


 家に戻り手を洗い、先日の残りの焼しめた固いパンを探すが・・・・ない。


 「あれ? 俺全部食べたかな・・・・」

 インプがベットの下からひょっこり顔をだす。

 彼はインプに知らないかと聞くが『ピギャ!』と意味の解らない返事をされ頭を掻いた。


 コンコン


 「? はい」

 早朝の来訪者、心当たりがないので、恐る恐る戸を開けるとレェブラーシカが居た。


 少し赤い顔をした彼女が「これ、どうぞ」とトレイにのった焼き立てのバンズにハムの挟んであるサンドイッチをツイと渡し、タタタタタと店に走り去って行く。


 目を白黒させていたセルジオだが、背中に「ありがとう」と声を掛ける頃には店の中に消えて行くちんまい子の後姿がかわいかった。


 「内腿すべすべだったなぁ・・・・って、俺ってそっちの趣味? いや、ないない」


 サンドイッチはとてもうまく、店で食べた事のないセルジオの目から鱗が落ちた。


 ・・・・山から吹き降ろす風が少し冷たく感じる季節になった。

 朝から天高くヒバリの鳴き声が聞こえる。


 セルジオは、いつものように畑を手入れし、ダンジョンに行く日々。

 この一月ほどで、次第にセルジオの生活が変わってゆく。


 変わると言っても、彼の行動が大きく変わるのではない。

 彼を取り巻く環境が、急速かつ劇的に変わっているのだ。


 だが、セルジオが理解できるのは、所詮、彼の目につく事柄でしかない。



 彼の元物置小屋だった家が気が付くと修繕されていた。

 隙間風が吹き抜ける戸や壁がいつの間にか塞がれ、しっかりとした作りに成っている。

 更に、今まで無かった窓までが設えられていた。



 家具はいつのまにかガタのない物と替えられ、天井からランタンが下げられていた。

 『すごい贅沢だ!』思わず心の中で叫ぶ。

 ランタンが備え付けられた日には、セルジオは嬉しくて幽霊の出る時間まで起きていた。


 日々の些細な変化がたのしい、超小市民な彼なのだ。


 そんな変化が続くので、彼にしてみれば、改修だか新築だか良くわからない話だった件が、これで済んだと思ってしまう。

 何やら面倒な新築などでなく、彼自身少し安堵していた。


 顔を合わせたジードと話すと、何でも高価な物が置いてある家にしてはボロ過ぎるて拙い(無用心過ぎる)から頑丈に頼むと釘を刺されたらしく途中から設計変更をしたらしい。

 『ジードは大げさだな』などと思い、話が微妙に食い違っていることに気がつかない。

 そして『さすが村長さんだ、俺の気が回らないところを先回りでいろいろ気を配ってくれているんだなぁ』と感謝してしまう。


 さらに驚く事がある。

 彼が家に帰ると、ここ最近、温かい夕食がいつもテーブルに置いてあるのだ。

 もう魔法か何か? と思うセルジオだった。


 そんなセルジオ家の裏方では建て方が進んでいる。

 どこかの御屋敷のような重厚な建築工事がすさまじい勢いで進んでいる。

 朝出かけ夕方戻るまでに目に見える勢いで出来上がって行く様は、本当に感動ものだ。


 施工管理は、通常ジードとその親方が見ている。

 お店を時折閉めて目を光らすニーニャが工程表の日数を一日縮めた施工班に一人金貨50枚の報奨金をつけたりするものだから、大工や職人の士気が振り切れてしまい現場が恐ろしいことに成っている。


 『この分だと、あと数日で完成するんじゃないかな・・・・まぁお店だから立派な方がいいよな』  自身の家の修繕が終わっており、お気楽に考えるセルジオ。


 ちなみに、新築されている建物は当然、彼の家である。

 小屋は単に、引越しを面倒だと考えそうなセルジオに配慮し、手直ししたものに過ぎないのだが・・・・


 ・・・・

 

 小さな女の子が「おじいちゃん! またいるよ!」などと楽しげに燥はしゃぐ。

 その子の後ろを村長が付い行く。


 村長は溜息を付きながら、セルジオの家に向かう坂道を上がっていた。

 溜息の原因は、セルジオの稼ぎが多すぎて、わずか半月程で彼の蔵で保管するにも限界を超えてしまった為だった。


 ニーニャから日々届けられる売上金げが倍々で増えている。

 額面を考えると、それなりの警護が必要なのだが、騒ぐとかえって目立ってしまう。


 しかし、そうも言って居れないのだ、雪だるまのように膨らむスピードがもう半端ではない。

 1万人の軍を動かしても平気で一月は維持できる額が蔵にあるのだ。


 村長は周りにばれないように急ぎ手を回した。

 非常に強力な呪力の古いにしえのネックレスが出たと噂を流す。

 それと思わせるようワザワザ護衛を付けて運ばせもした。

 良からぬ事を考える輩やからが村人を害さない為と分かりやすい理由を作り、今や24時間休み無く守衛が付く厳戒態勢を敷いてもいる。

 マッチポンプとまでは言わないが、村長の心労が伺えるというものだ。


 当然、それに伴いセルジオの家の周辺も24時間警邏の部隊が遠巻きに巡回している。


 ちなみに、そのことをセルジオはまったく知らない。



 そんな背景から彼を取り巻く面々は、セルジオが新築許可を出したのに伴い、彼のいない日中に、ここぞとばかりに打ち合わせを繰り返し、要塞に近い重厚な守りを持つ屋敷の図面を作り上げた。


 夜、幽霊が出る【 特殊な環境 】も有って、変な噂が立たぬように夕方から人払いをしていた。


 セルジオが戻るころにはその日の工事が完了しており、彼はいつもと略同じ普通の生活を続けていた。(夕食に限って、レェブラーシカが譲れないと用意しており同じとは言えないが)


 昼間に限りの超過密工程と各方面に提出する事務処理スケジュール。

 周囲一帯の堀や要壁築造を含む工事も金にモノを言わせ、たった半月で佳境を向かえていた。



 「セルジオ! セルジオはおるか?」

 家の方から村長が声を張り上げる。

 「はい、畑に居ます!」


 久しぶりに朝早く村長がセルジオの家を訪れた。


 「セルジオ、聞いたところお前この一月ほど休みもせずにダンジョンに潜ってるらしいな?」

 「・・・・? はい、まだまだ遺体が沢山ありますから」


 「いかんな、偶には休まんと体を壊すぞ?」

 「・・・・そう言うものなのですか?」

 「うむ、なので今日は休みにしてはどうだ?」

 村長が何故か無理にでも休むようにと捻じ込んでくる。


 「・・・・はい、わかりました。 それで、俺は休みに何をすればいいのでしょうか?」


 「だから、休むのが休みだ! ゆっくりして居ればいい」

 村長が飽きれたように肩を落として頭かぶりを振る。


 「そうだな、なんでもお前は菓子を食べ損ねたらしいな?

 儂の孫と街で菓子でも買って食って来い。

 ・・・・あ、そのあと話があるから、夕方店の方に顔を出すようにな?」


 「話って、なんでしょ?」

 「そう忙せくな、一度で済ませたいからの、皆と一緒に話すわい」


 そう言うと、店の方に向かって孫の名前を呼ぶ。

 「リリル! リリルこっちじゃ」


 垣根に隠れて見えなかったが、5歳位の女の子がひょっこり顔を覗かせる。

 「なに? おじいちゃん!」

 ちょこちょこと駆けてくる女の子。


 村長が話をし始める前に女の子がキラキラした目で話し出す。

 「リリルねぇ、ダンゴ虫みつけたんだよぉ! ほらぁ!」


 キュロットのような緩いポケット付きの洋服をゴソゴソやり、ポケットの中から大量のダンゴ虫を出す。

 「あぁリリルや、ポケットにダンゴ虫詰め込むのはやめなさい! 虫が可愛そうだろう?」

 孫には甘いのか、諭すように語りかける村長。


 「菓子を買った後、リリルは儂の家まで送ってくれれば良いからの? では行って来い」

 「あ・・・えっと俺お金ないです」

 「あぁ、気にせんでいい払いは後で済ませるから、お前の名前を出せばそれで済む」

 手をひらひら振りながら、些事さじだと言わんばかりにセルジオを送り出そうとする。


 「・・・・そんなんで買えるのですか?」

 「あぁ、だまされたと思って行って来い」


 「・・・・だまされるのは嫌です」

 「いいから、早く行け!」

 「・・・・はい、わかりました」


 セルジオは、納得がいかないが、リリルの手を引き村の広場へ向かった。

  

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