2話
「セルジオ、どこか痛いのか?」
心配そうにジードがのぞき込む。
セルジオが落ち着くまでと、しばらく見つめて居たが、ジードが傍らに腰掛け語り始める。
「お前が一人になって、たいした物も食べずに居るのを知ってても、俺、何にも出来ないからさ。
すごく情けなかったんだ。
両親が死んだ時も、お前、全然泣かなくてさ、墓穴掘らないととかってその鋤もって塚つくったろ?
俺、手伝おうとしたんだ。
けど、流行り病だから手伝うなって親戚に言われて・・・・
それでも手伝えば良かったって思っててさ・・・・
時々食べ物持ってきても、お前のいつもと替わらない態度にさ・・・・
無理してるんじゃないかって、凄く心配してたんだ」
「お前のガキの頃と同じ泣き顔みれて、少し安心したよ」
ジードが背中を摩りながらセルジオを見ている。
「あ、あぁ・・・・落ち着いた、ありがとう」
「いいって、お前とは幼馴染だからさ」
セルジオは石鋤を持つと、立ち上がり家へと戻る道すがら、ジードに話そうか逡巡する。
『こいつを巻き込むの嫌だな・・・・』
そんな気持ちを他所に、ジードが気付いてしまう。
「お前の懐のそれ、どうした?」
懐から金色の腕輪の様な物が、顔を出している。
「あぁ・・・・さっき拾った」
「少し見ていいか?」
「あぁ」
瀟洒な装飾が施され、見た事もない文字がビッシリ刻まれた幅の狭い腕輪には幾つもの宝石が埋め込まれている。
「お、おいこれで借金返せるんじゃないか?」
「でも、これは俺のじゃない」
「そんな事言ってる場合じゃないだろ? おまえ今日食う物もないんだろ?」
「でも・・・・盗った物で飯を食っても嬉しくない」
セルジオは空腹感がないのに驚きながら、改めてジードに言う。
「・・・・そうか? いや、一応行商人に目利きも居るだろうから見せるだけ見せてみろよ」
「因みに拾ったのはそれだけか?」
ジードは懐の膨らみをみながら問いかける。
「いや、これも」
懐から革袋と思って拾った物を取り出す。
「あっ・・・・」
取り出したものは、元革袋といったものだった。
ボロボロの皮と紐の様な物が、金属に噛みこみ塊になっている。
「そこのは、銀貨か?」
塊の中には、銅と銀と数枚の金貨の様な顔を覗かせている。
ベリリ・・・・
手前の銅貨を剥ぎ取る。
他の硬貨は固着して外れない。
「見ない硬貨だな・・・・腕輪と似たような文字が書いてある」
ジードが渡された銅貨を透かし眺める。
「・・・・銅貨ならいいだろう? これ行商人に見せてみようぜ?
ただの銅貨だぜ?
たかが知れてるんだから、無くしても俺が銅貨一枚ぐらい何とかしてやるよ」
ジードはセルジオの背を押し、村の広場へ行くぞとせっつく。
「・・・・わかった、銅貨位なら」
セルジオは再び塊を懐に収め、銅貨を握り締めジードに付いて行った。
村の広場には、数台の馬車が荷物を広げ、客寄きゃくよせの声が響く。
この村に、こんなに人が居たのかと思うほど人々が集つどい華やいだ雰囲気だ。
すれ違う村人がセルジオを見てヒソヒソと何かを話している。
セルジオと目が合うと、バツが悪いのか目を逸らし見なかったことにする。
流行り病の為、彼と彼の両親に手を差し伸べなかった集落の面々。
セルジオは別に気にしていなかったが、彼等は後ろめたい気持ちからここしばらく疎遠になっていた。
「セルジオ、あそこだ!」
ジードが青年の手を引いて行商人の所へ急ぐ。
「これは都から持ってきた上物ですよ、よかったら買って行ってください!」
「その髪飾り、奥さんにいかがですか?! 安くしますよ!!」
荷馬車の前に棚を広げ、客引きをする数名の行商人。
「あの、目利きをお願いできますか?」
「ん? 鑑定かい? 鑑定書は有料だよ?」
初老の男性が目を細めて返答する。
「いや、値打ちもんか、どうか見てもらえればそれでいいから・・・・だめか?」
ジードが粘る。
「そうかい? ニーニャ!おまえ見てやれ!」
幌付きの荷馬車からひょっこり顔をだした、少し鼻が上を向いた愛嬌のある女性が顔を出す。
「なに?おじさん」
「おまえ鑑定できるだろう? 鑑定書は要らんから見るだけ見てやれんか?」
「いいよ」
襟首に下げた眼鏡を掛け、とぼとぼとジードに歩み寄る。
「それで、見てもらいたいってのは、どれ?」
「あっ、おれんじゃなくて、こいつの」
セルジオをずいっと彼女の前に押し出す。
「あ、え、その・・・・これです」
あまり若い女性と話す機会も無かったセルジオが、少し照れながら銅貨を差し出す。
「・・・・古そうな銅貨ね」
商人特有の鋭い目つきで銅貨を翳かざしてみる。
「この文字は・・・・?!おじさん!!」
「あぁ、なんだ?」
「これってゴダール文字じゃない?」
「ん?どれどれ」
「!?ゴダール文字だな・・・・お客さんこれはどこで」
「う、裏の畑で見つけました」
セルジオは商人に詰め寄られ、仰け反りながら答える。
「都じゃ好事家が収集用や見栄を張るため集めてる代物でなぁ、そこそこ値が張るもんなんだ。
確か、近くの湖にゴダールにまつわる伝承もあったな・・・・お客さんの畑は、昔の墓跡かもしれん。
他にもあるなら、うちが買い取るが持ってないか? 」
ジードが肘で小突く。
「いや、あのぉ・・・・それだけです」 セルジオは気まずそうに答える。
ジードはため息をつき、セルジオの肩をポンポンたたき首を振る。
「そうか、残念だとりあえず、銀貨9枚出そう。
買い取ってもいいかい? 」
「えぇ? 銀貨9枚ですか?」ジードが声を荒げた為衆目を集める。
「・・・・あ、うぅ、はい」
「よし決まりだ!ニーニャ」
「はい、おじさん。これ 革袋はサービスねぇ♪」
目の前で銀貨を数え、革袋に収めセルジオに握らせた。
「お客さん、しばらくこの村に居るから、見つけたらまた売ってくれ」
商人は人当たりのよさそうな笑顔を二人に向けた。
「・・・・あの、できれば、このお金であれを売ってくれませんか?」
「どれだい?」
「えっと、カンテラと油を多めに、あと種と麻袋も」
「どれどれ、これと併せて銀貨5枚と銅貨4枚・・・・
銅貨はまけとくよ、ニーニャ、油はどこにしまった?」
「そこらの箱の中よ」
「・・・・すまん、まだ荷解きが済んで無くてな、届けさせるよ。
どこに住んでるんだい」
セルジオは、村より更に山へ登った先に見える小屋の場所を指差す。
「・・・・あれか?、ちょっと有るな分かったよ、暇を見てニーニャに持って行かせる」
その後、簡単な挨拶をし、品物はまとめて代金と交換する話をまとめ帰路に付いた。
ジードが何故かついてくる。
「おまえ、本当に欲が無いなぁ」
「もともと俺のじゃないし」
セルジオはこの後、両親の墓の傍に腕輪と一緒に埋めて弔ってあげようと考えていた。
しかし、ジードが騒ぎそうなので言わずにいる。
「残りの硬貨も相当な額に成るんだから気を付けろよ」
「あぁ、心配ないよ・・・・」
「そ、そうか、それならいいが」
ジードは彼の両親の薬を売りつけた灰汁どい村人を知っていた。
その男は、薬が効く効かないを別として、青年から持てる財産の殆ど全てを巻き上げ姿を晦くらまました。
もともと素行が良くない奴だったが、その取り巻きがまだこの村にいる。
そしてセルジオが何か金目の物を手に入れた事を広場で嗅ぎ付けたはずだ。
『拙ったな、あれだと予想以上に高価なもんじゃないか』
ジードでも金貨交じりの塊と腕輪が高価なものだと予測が容易に付く。
「何かあったら、言うんだぞ!」
『やっぱり拙いな、嫌な予感しかしない』
家の前までセルジオ送り、ジードはその足で村長の所に行くことにした。
この村の村長は、一人に成ったセルジオの後見人となり借金の分割交渉をしてくれたり、取り立てを自ら買って出て不当な取立てを排除するなど、彼を影ながら助けていた。
ジードはその人となりを知っており、面倒事が起きる前に知らせておきたかったのだ。
「あぁ!また!」
坂を下り村に戻るジードの背を見送り家に入る。
「はぁ、村は人が多くて落ち着かないなぁ」
割れた水甕から柄杓で水を飲みため息をつく。
そして彼は石鋤をもって両親の塚へ向かった。
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