『Chanpangeに捧ぐ』
@shindouharu0214
第1話 生きることは地獄だと思っていた。
「お前の父ちゃん、愛人がいるんだろ?」
同じクラスの田口君に言われた。高校2年生の夏だ。
正直、頭の中には「は?」という文字が浮かんだ。でも、多感なお年頃だった周囲と違って、恋愛に疎い自分でもなんとなく感じていた。
父は、家にいる時は酒浸りだ。当たり前のように野球中継を流しっぱなしにして、ビールを数本、日本酒の瓶を満足するまで吞み尽くす。
そんな父は、仕事帰りの時はいつも香水の匂いがぷんぷんしていた。その香りに母も気づいて、最初の頃は問いただしていた。しかし、気性の荒い父を怒らせたくなくて、母は見て見ぬふりを続けた。私もそう。
そうしたら、今、田口君に言われてしまった。
「この間、うちの母ちゃんが見たんだって。若い女とホテル街でうろうろしているの。これって、浮気じゃね?」田口君の言葉に、私は、そうか。やはり女がいるのか。と納得し、そしてある一つの疑問が浮かんだ。
「田口君」
「なんだよ」
「ホテル街で、田口君のお母さんは何をしてたの?」
「え?」
「ホテル街でうちの父親を見たんだよね?ってことは、お母さんもホテル街に行く用事があったってことでしょ?お父さんとラブホテルに行くの?」
「い、いかねーよッ!」田口君は顔を真っ赤にして反論した。
「じゃあ……男の人と?」
私がそういうと田口君は黙ってしまい、私から離れた。
数分まで、他人と話していたクラスメイト達がいつの間にか私たちの話を聞いていたようで、周囲がしーんっと静まり返っていた。
そして、何事もなかったように、また自分達の話に戻っていた。
「……雑音」
私はつい、呟いてしまった。
人は無関心のふりをして、意外と人のことを気にしているのだ。
田口君が、私の父親に愛人がいるからと言ったから、反論したのではない。
ただ単純に思っただけなのだ。
彼の言葉に。なぜ、田口君のお母さんはそんなところにいたのだろう?かと……。
逆に、彼を責めてしまったのだ、と私は少し反省した。
私はつい、人の言葉が気になってしまうらしい。
物心ついた時からそうだ。
人間の言葉には脈絡がない。
簡略化されつつある現代の言葉。何を意味しているのかわからないのに、使っている現代人。そんな彼ら、彼女らと付き合うのが億劫で、私はいつも最低限の学生生活の付き合いをしている。
それが終われば図書館に逃げ込むのが、私の日課だ。
『Chanpangeに捧ぐ』 @shindouharu0214
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