2-13.たった一人の生活

 昼間は町を歩き回って無人の家に無断で侵入し、食料をあさって日没までに屋敷に帰り、夜は食料と水を持って喫茶室にこもる日々が始まった。


 トゥクの町には人っ子ひとり居なかった。

 建物や家具類が壊されている事もあったが、全体から見ればごく一部だった。

 ほとんどの家に破壊のあとは無く、ただ人間だけが忽然と姿を消していた。

 男も女も老人も子供も誰一人居なかった。 


 ルッグの予想した通り、の『訪問』は……つまり化け物どもがやってくるのは……夜中だった。


(だとすると、怪物どもが現れた最初の日、何故なぜやつらは昼間から活動していたのだろうか?)そう思った。

 しかしその理由もすぐに分かった。


 ある朝いつものように喫茶室のソファの上で目覚めると、窓の外が真っ白になっていた。

 あの、屋敷に魔物たちが侵入してきた最初の日……お嬢さまの脚に嫌らしい粘液が絡みついた日と同じように、目と鼻の先も見えないような濃い霧が屋敷を包んでいた。

 ……そして、


 ……開けて……


何故なぜだ?)

 少年は戸惑い、思った……? 

 そして一つの仮説に辿たどり着いた。

(この濃霧が化け物を呼んでいるのか? 霧の濃さ? それが条件なのか?)


 後から考えれば、濃霧と妖魔の関係に気づいたのが安全な喫茶室の中だったのは運が良かった。

 その日以降、ルッグは日没の時間と同じくらい、霧の『濃度』にも気をつけるようになった。

 あの日から霧が完全に晴れたことは一度も無かったが、日によって時間によって濃い霧の時と薄い霧の時があった。無人の町中で食料を物色していて少しでも屋外の霧が濃くなりそうな気配があったら急いで『喫茶室』に帰るようになった。


 ……そして一ヶ月が過ぎた。


 町中を物色しても、得られる食料はわずかになっていた。

 残った食品の多くが、腐ったりかびが生えたりして食べられなくなり始めていた。

 それに動物の問題もあった。

 どうやら妖魔たちは人間だけを町から消し去ったらしい。

 あるじを失った犬や猫が野良化して、餌を求め町を徘徊するようになっていた。

 人間の残した食料は、それら野良犬、野良猫が食い散らかしている事が次第に多くなっていった。

 ネズミの問題もあった。

 小麦粉など保存のきく食料を発見しても、ネズミに袋を破られ、ふんに汚染され、虫がいていることがよくあった。


(もう、この町は駄目だ。いつまでも僕一人でこの町に居続けていてはジリ貧だ)


 ある日の夕方、野犬に怯えながら町中を走り回ってやっとの事でかき集めた食料を喫茶室のテーブルに広げ、少年は思った。


(ここに居ても次の冬は越せない。食料不足で餓死するか、こごえ死ぬか、野犬に喰われて死ぬだけだ)


「町を出よう」

 少年は決心した。

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