2-2、家

 髭面ひげづらの男の名は、ルッグ。

 都市デクレスと都市リイドの間を行き来しながら商いをしている。


 同じように二つの都市を往復しながらの売り買いで生計を立てている商人あきんどは他に何人も居るが、自分はその誰よりも利ざやを稼いでいるだろうとルッグは内心思っていた。


 誰も通ろうとしない新街道こそが、ルッグの利益のみなもと、他の商人に対する彼だけの優位性だった。

 新街道を通れば、旧道を使う同業者より一日早く目的地に到着できる。宿代を倹約し、いち早く品物を売りさばくことができる。


 しかし彼は、怖くないのか? 日没とともに霧の中から現れ、人に取りき、人を喰らう妖魔どもが……


 確かに、夜中に森の中を彷徨うろついたからといって、必ずしも妖魔に命を取られるわけではない。

 広い森の中で妖魔に出会うか出会わないかは、あくまで確率の問題だ。

 それに万が一、近くに妖魔が出現しても、人間の方がいち早く木の陰ややぶの中に身を潜めていれば……朝まで妖魔に見つからなければ……命を取られることは無いという噂もあった。

 しかし、そんなあやふやな噂や確率に依存して、何年も商売を続けられるのだろうか?


 * * *


 新街道に接続した町の大通りから、すこしだけ細い道に入って、しばらく奥へ奥へと進み、かつては大商人の家だったとおぼしき大きな建物の前を通り過ぎ、さらに角を何度か回って辿たどりり着いたのは、先ほど通り過ぎた大商人の家の裏庭だった。


 裏門の前に馬車をめ、ふところから鍵束かぎたばを出して、そのうちの一つを門の鍵穴に差した。

 カチリと音がして錠が外れた。

 裏庭に入り、建物の通用口の錠も同様に解除し、ルッグは躊躇ちゅうちょなく建物の中に入った。


 ある日とつぜん霧の中から現れた妖魔に襲われ、この豪邸があるじを失い無人となって二十年。建物には目立った瑕疵かしや劣化も無く、かつての美しさを良く留めていた。

 漆喰しっくいの白壁、美しいモザイク模様のゆか、彫刻、絵画、調度品の数々……

 ほんの一つ、二つ、破損して横倒しになったまま捨て置かれた家具があった。

 家の中によどんだ黴臭かびくさい空気を入れ換えてほこりき出し、壊れた家具を撤去すれば、明日からでも住めそうな気がする。


 ……二十年前のあの日から、時間が止まってしまったかのようだ……ルッグはこの町に来るたびに、この豪邸に足を踏み入れるたびに、思う。


 埃をかぶった彫刻の間を抜け、倒れたたなをまたいで、彼は豪邸の奥へ、廊下を歩いて行った。

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