16、路地裏のバクズ
人通りの少ないカールンの夜道を一人の男が歩いていた。
何やら上機嫌で、鼻歌を歌っている。
「ラーラは俺ぇーの性奴隷
赤いナイフをちらつかせぇー、何でも俺ぇーの言いなりさ
ちょっと脅して怖がらせぇー、何でも俺ぇーの言いなりさ」
歩いているうちに尿意をもよおしたのか、「小便、小便……」と
適当な路地に入り、窓もないレンガ壁が両側に続く細い道の奥で、ズボンから
その、小便をしているバクズの後頭部から伸びた髪を、突然、何者かが
ものすごい力でバクズの顔面がレンガ壁に叩きつけられる。
鼻骨がグシャッと
後頭部の髪の毛を持った手は、そのまま今度は思い切りバクズの頭を後ろに引っ張り、
誰かが、バクズの心臓の上に足を乗せて体の自由を奪い起き上がれないようにして、
「おい、聞こえるか
その「誰か」がバクズに言った。目から
「何とか話せるようだな……ようし」
「俺は、旅の者でな……ちょっとした用事があって、この町の
「た、助けて……」
「助ける? ああ。助けてやるさ。俺の気分次第では、な……質問に答えて、俺の気分を良くして見せろ……さあ、
「わ、分かった……分かった」
バクズは路地裏の暗闇の中で、止まらない鼻血を時々吐きながら男に公邸への道を教えた。
「……よし……」
バクズに三回繰り返して同じ道順を言わせ、男は、やっと満足げに
「公邸への道は分かった……次は、公邸警備の配置と交代時間だ」
「し、知らねえよ……ぶ、部署が違うんだ……」
喉に突き付けられたナイフの刃に少しだけ力が入った。
薄皮一枚を切られ、
「ほ、本当だ! 本当に知らないんだ!」
泣きながら必死にバクズが言うと、まるでその声に答えるかのように暗闇から「キキッ」という小動物の声が聞こえた。
「そうだな……」
謎の男が言った。誰かに話しかけているような口調だ。
「さすがに、こんな
「た……たすけて……」
「さっきも言っただろう?
喉元に突き付けられていたナイフの切っ先が、いきなりバクズの口の中に差し込まれた。
「俺の気分は、さっき、きさまが料理屋で女将の娘を侮辱した時から変わらんよ。殺したくて仕方がない、これが俺の今の気分だ」
そして、上と下の前歯をこじ開け、切っ先を口の中にゆっくりと潜り込ませる。
「料理屋で殺せば、女将母娘に迷惑をかけると思ってな……あの時は我慢していたが……店から離れたこの路地裏なら、きさまの死を女将たちに関連付ける者は居ないだろう」
さらに、ゆっくりと口の中にナイフを押し込む。
「どうやら、ナイフを舌で
「た……たしゅけへ……」(た……たすけて……)
「舐めろ」
ナイフが、さらに口の奥へ入る。
「た……たしゅ……」
「いいや、駄目だ……口の中で、ナイフの切れ味と、きさま自身の血と鼻汁の味を確かめながら、死ね」
謎の男は、バクズの口の中でナイフをグリグリと回転させた。
「ぐぎぃごふげきき……」
意味不明の、ごぼごぼ混じりの声を発し、バクズの体がビクッ、ビクッと震えた。
男は、さらに、グリグリとナイフを押し込み、ナイフはバクズの口の中で舌を切り刻み、喉の奥の粘膜を突き破り、その向こうの頸椎と頸椎の間を断ち切って、うなじから切っ先をのぞかせた。
バクズの体は、しばらくビクッ、ビクッと
男が、バクズの口からナイフを抜き取る。
血と鼻汁の混じったネットリとした液体が、切っ先から糸を引いて
「キキッ」
男の肩に乗った黄金色のトカゲが鳴いた。
「ええ? 舐めさせろ、だと? この悪党の鼻汁まじりの血を、か?」
「キキッ」
「悪党の血は濃厚で
肩に乗ったトカゲに、バクズの血を舐めさせたあと、ブーツにナイフをしまい、旅の剣士ゾルは、死体が放置された路地裏を後にした。
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