#01

 

皇国暦1562年4月24日―――

惑星ラゴン、キオ・スー城




 執務の合い間のティーブレイク。ノヴァルナはソファーに身を沈め、向かい側に座るキノッサと共に、紅茶の到着を待っている。時間潰しの話題にノヴァルナは、アンドロイドのP1‐0号の近況を尋ねた。


「そういや、あのアンドロイドは、機嫌良くやってっか?」


 P1‐0号は人間の感情というものを観察・研究する許可を与えられて、キノッサに預けられており、同時に『ム・シャー』へ昇格したキノッサの、主に補給関係の業務を補佐している。


「PON1号ッスか? このところ正式名のRI‐Q:1000を縮めて、“リ・キュー”と呼べって、うるさいッス」


「リ・キュー?」


「略称っていうか、愛称みたいなもんがあった方が、“人間的”だからって事らしいッス。愛称なら“PON1号”ってのが、あるってのに」


「ポンコツの略でPONてのは、愛称じゃなくて蔑称だろ。それにてめーが、勝手に呼んでるだけじゃん」


 ノヴァルナに指摘されて、苦笑いするキノッサ。


「あと、ここ数日は“サードゥ”とかいうものに、興味を示してるッス」


「“サードゥ”?…なんだそりゃ?」


「はぁ…なんでも、皇都惑星キヨウの一部で、千年以上昔に存在した茶の作法らしく、それを通して人間の内面世界をなんたらかんたら…と、話しだしたら止まら無くなるッス」


「茶の作法って、紅茶の飲み方みたいなもんか?」


「いえ。茶葉は同じなんスが緑茶といって、若葉の間に摘み取った緑色の茶を使うらしいッス。いずれは道具も製作して、再現してみたいとか言ってるッス」


「ふぅん…まぁ、リ・キューの愛称とかサードゥとやらへの興味やら、人間を研究してるっていうアンドロイドには、相応しいじゃねーか。好きにさせといてやれ」


 ノヴァルナがそう言うと、タイミングを合わせたようにドアがノックされ、紅茶が届いた。ミニワゴンを押すのはネイミア。傍らにはノアもいる。今日はネイミアの側仕え復帰初日なのだった。


「お待たせしました」


 そう言いながら近づくネイミアのワゴンの上には、紅茶セットと様々なクッキーが並んでいる。ネイミアがノアと二人で作ったお手製だ。


「おう。来た来た」


 酒がほとんど飲めない代わりにお菓子好きなノヴァルナは、テーブルの上に並んでいくいろんなクッキーに、手揉みでもしそうな期待ぶりである。そして菓子好きな割に太らない事で、ノアや女性『ホロウシュ』達から反感を買っていた。

 

 ネイミアが故郷の惑星ザーランダから持参した、最高級小麦で焼いたクッキーをはじめ、惑星ヘンセルの赤小麦を使い、サクランボのジェリービーンズを中央に埋め込んだサンセットクッキー。惑星ルクルスのホオズキクルミと、惑星カルヴァの流水松の実を荒く砕いて練り込んだナッツクッキー。惑星スラカの甘味岩塩を隠し味にしたふわふわクッキーなどなど、二十種類以上の中には初登場のものもある。


「こりゃ、スゴいッス!」


 目を丸くするキノッサ。紅茶を用意しているノアが、クッキング中に交わした会話の中身を、笑顔でネイミアに持ち掛ける。


「レパートリーが増えたのよね」


 ノアに頷いたネイミアは、ノヴァルナとキノッサに向き直って告げた。


「お暇を頂いていた間に、実家の農園を手伝いながら、レパートリーを増やせるよう勉強したんです」


「そ―――」

「さすがはネイっス!!」


 そいつは頑張ったじゃねーか、と言おうとしたところを、キノッサの大声の誉め言葉に押し退けられ、さしものノヴァルナも気圧される。この野郎…という眼をするノヴァルナの前に、ノアは“まぁまぁ…”といった穏やかな笑顔で、紅茶の入ったティーカップを置いた。


「さ、いただきましょう」


 そう言ってノアはノヴァルナの隣へ、ネイミアはキノッサの隣へ腰を下ろす。するといきなり、クッキーを一つ頬張るキノッサ。


「うんまいッス!」


「もう。キーツ、お行儀の悪い」


「てへへ…」


 ネイミアが帰って来て、早々のいちゃつきっぷりに、苦笑いするノアと“やれやれ…”と頭を掻くノヴァルナ。ただそれもノヴァルナとノアにとっては、かつての日常の一部を取り戻せたような気にさせるのも確かだ。しかしネイミアも変わる所は、変わっていた。


「だけど、勉強してるのは、料理だけじゃないのよね」


 ノアがそう水を向けると、「はい!」と元気よく応じたネイミアは、ノヴァルナに自分の思いを伝えた。


「あたし、正式な事務補佐官として、ノヴァルナ様にお仕えできるよう、勉強中なんです」


「サルの代わりって、ワケか」


「はい。キーツはこれからもっと忙しくなるんで、代わりにあたしがお役に立ちたいんです」


「ふーん…」


 気のない口調で応じるノヴァルナだが、ノアは夫がこういう反応を返す時は、了承の意味合いが強い事を分かっている。だがそこで家臣の一人、ツェルオーキー=イクェルダから、恒星間通信が届いたという知らせがもたらされる。知らせて来たのはラン・マリュウ=フォレスタだ。通信内容を尋ねるノヴァルナに、ランは淡々とした口調で応じた。


「アイノンザン=ウォーダ家で謀叛が起こり、ヴァルキス様は行方不明。代わりに実権を掌握した家老のヘルタス=マスマが、ノヴァルナ様に恭順の意を示しているとの事です」

 

 アイノンザン=ウォーダ家は、1560年のイマーガラ家によるオ・ワーリ侵攻前に、イマーガラ家側へ寝返って、ノヴァルナのキオ・スー=ウォーダ家と敵対するようになる。


 ところがイマーガラ家は、キオ・スー家の前に敗北。アイノンザン=ウォーダ家は危機的状況に陥る中、それでも巧みな情報戦と当主ヴァルキスの才覚によって、勢力を保っていた。

 三ヵ月ほど前には支配下にあったダイゴドール星系で、ノヴァルナの軍を打ち破り、苦杯を舐めさせたヴァルキスだったが、これに対しノヴァルナは同星系の再攻略を試みるのではなく、本拠地のアイノンザン星系との補給路を断つ位置にある、カーマックという星系に本格的な城の建設を開始する。


 そしてさらに今月はじめ、ノヴァルナのキオ・スー家がミノネリラ宙域の、『スノン・マーダーの空隙』にも宇宙城を建設し始めると、双方に複数の艦隊が駐留するようになり、イースキー家との連絡も断たれたアイノンザン星系は、完全に孤立状態となった。


 事ここに至り、もはやキオ・スー家に敵対し続けるのは、得策ではないと判断した筆頭家老ヘルタス=マスマは、志を同じくする家臣達と謀叛を画策、これをいち早く察知したヴァルキスは、副官で愛人のアリュスタと共に城を脱出、行方をくらました…らしい。




「…ったく、あの野郎は」


 皇国暦1562年4月30日。惑星アイノゼアのアイノンザン城へ乗り込んだノヴァルナは、経緯をヘルタス=マスマから聞いて苦笑いを浮かべた。


 ヴァルキスに代わり玉座に座るノヴァルナは、相対するヘルタスの態度や表情から、この筆頭家老が言っている事が事実ではないと見抜いている。

 おそらくヴァルキスは、家臣達の今後の事を考えてヘルタス達に、謀叛を起こしてノヴァルナへの臣従を表明するよう、命じたに違いない。そしてそれはノヴァルナであれば、アイノンザン家に仕えていた者も無下に扱う事はないだろうという、ヴァルキスのノヴァルナへの信頼に基づいているのが分かるから、ノヴァルナは小憎らしく思うのである。


「オッケー。俺に忠義を誓ってくれるってんなら、歓迎するぜ。アイノンザン星系はキオ・スー家の直轄地にして、城主にはツェルオーキー=イクェルダを置くが、あとはこれまで通りだ。よろしく頼まぁ!」




 その後、何週間かが過ぎ、カイ/シナノーラン宙域星大名のタ・クェルダ家に、ロアクルル星人の愛人を連れた、テッサート=アイノンザンを名乗る人物が、仕えるようになったという………





▶#02につづく

 

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