#04

 

 艦載機を発艦させたノヴァルナは、戦艦・空母部隊の針路を敵の増援艦隊へ向けさせた。こちらも要塞主砲の射線上に、敵の増援艦隊を挟み込む形だ。敵の増援を予め想定していたノヴァルナの巧妙さと言える。

 対する敵の増援部隊もBSI部隊を発艦させるが、これもまたノヴァルナ軍の方が多勢であり、対BSI戦で手一杯となって、艦隊の直掩どころではなくなる。



“妙だな…”



 どの状況面を見ても、自軍が有利に戦いを進めている―――それでありながら、総旗艦『ヒテン』の司令官席で戦術状況ホログラムを見詰めるノヴァルナは、不意に訝しげな光を鳶色とびいろの瞳に浮かべた。敵の意図が読み切れていないまま、事態が自軍の有利に進んでいるからだ。

 そしてノヴァルナはこれと似た状況を、手痛い…痛恨と悔恨の記憶として、心に刻みつけていた。後見人で自分にとってかけがいの無い、もう一人の父親というべき存在、セルシュ=ヒ・ラティオを失った“恒星ムーラルの戦い”である。


 イマーガラ家が相手であったあの時も、絶対有利な状況で油断した隙を突かれ、当時のイマーガラ家宰相セッサーラ=タンゲンによる命懸けの特攻で、あわや死に至るところをセルシュが身代わりとなって、相討ちに持ち込んだのだ。それ以来ノヴァルナは、戦場での油断を絶対の禁忌として、自分を戒めるようになっていた。


 そして今、その戒めが警告を発し始めるのを感じる。あのひと癖もふた癖もあるヴァルキスがこの程度とは思えない―――心の中のもう一人の自分がそう告げる。


 その直後であった―――


 ノヴァルナ軍の全艦に、通信とセンサー類に対しての、強力なジャミングが発生する。

 

「長距離センサー及び、通常空間通信系に大規模障害発生!」


 状況の急変は、すぐさま総旗艦『ヒテン』でも報告された。いや、報告しなくとも、ノヴァルナが見ていた戦術状況ホログラムの表示画像に乱れが生じた事で、敵の電子戦のレベルが、一気に跳ね上がったのだと分かった。指令室と情報分析科、電子戦術指揮部がほぼ一体化している、宇宙要塞『ウォ・クーツ』の本領が発揮されたのだ。電子戦術指揮部に複数枚並ぶ巨大な縦長スクリーンには、ジャミングプログラムが目にも止まらない速さで流れている。

 そしてこのジャミングプログラムを、ノヴァルナ軍に送りつけているのが、戦闘想定面にバラ撒かれていた、ステルス機能を持つ“ジャミング機雷”であった。五百基以上ある“ジャミング機雷”が、ノヴァルナ軍の針路付近に待ち伏せていたのである。“ジャミング機雷”を使用すれば通常の電子戦より、強力な妨害を行う事が出来る。


 ただ五百と聞くと多いようだが、何もない広大な宇宙空間で、無計画にバラ撒いたのでは、効果は期待出来ない。そこでヴァルキスが考えたのが、駐留艦隊を四つに分けて先行配置する事であった。ヴァルキスはノヴァルナがこの四つに分けた駐留艦隊を、要塞主砲の盾にして接近するに違いないと考え、“ジャミング機雷”群も四つに分けて、駐留艦隊分艦隊の前面に配置していたのだ。そうとは知らずにノヴァルナ軍別動隊は、機雷源へ踏み込んでしまった。

 しかも左右の分艦隊前面に配置してあった機雷は、第八惑星裏側からのアイノンザン軍増援艦隊の動きに合わせて、ノヴァルナの本隊針路上へ移動を開始。ノヴァルナ本隊へのジャミングを行い始めたのである。


“コイツはマズい!”


 自分達が罠に嵌った事に気付いたノヴァルナは、深追いの危険性を感じ、配下の全部隊に対し即座に前進を中止。ジャミング圏内からの一時離脱を命じた。


「信号弾を使って全艦に命令! 全艦後進をかけ、ジャミング圏内から一時離脱させろ!」


 それを受けてすぐに、総旗艦『ヒテン』から全方位へ向けて、五十発近い信号弾が発射される。それは宇宙空間で炸裂すると、黄・赤・黄の順で巨大な光球と化した。するとそれに倣って幾つかの艦からも、同様の信号弾が発射される。こういうジャミングなどで艦隊の通信機能が麻痺した場合には、光の色の変化で命令を伝達する緊急手段だった。太古の海戦で旗艦が掲げていた信号旗のようなものだ。


「さすがはノヴァルナ様。私が“想定した時間内”で、最も早いご決断です…」


 光学映像が映し出す信号弾の“花火大会”を、『ウォ・クーツ』の司令官席からどこか楽しげな表情で眺めていたヴァルキスは、称賛の言葉に続いて冷淡な命令を発した。



「潜宙艦隊に暗号命令。全艦、魚雷一斉発射」





▶#05につづく

 

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