#03

 

 宇宙要塞『ウォ・クーツ』の六角形をした指令室は、中央部が三階分にわたって吹き抜けとなっている。二階部分と三階部分は、情報分析科と電子戦術指揮部が占めており、指令室と一体化している辺りが、情報戦が得意なヴァルキスらしい仕様だと言える。


「キオ・スー艦隊さらに接近。距離約8万7千」


 指令室中央の大型戦術状況ホログラムに、接近して来るノヴァルナのキオ・スー艦隊が表示されている。その周囲には小ぶりなホログラムスクリーンが複数枚浮かんでおり、キオ・スー=ウォーダ家の三個艦隊の詳細な情報が、個別に映し出されていた。


「要塞主砲、射撃準備完了」


「駐留艦隊、いつでも行けます」


「惑星裏側に配置した二個艦隊も、ご命令を待っております」


「BSI部隊も出撃準備を整えています」


 居並ぶ参謀達の報告に、司令官席に座るヴァルキスは「ありがとう」と、丁寧に応える。参謀達の物言いは、どこか煽るようにも聞こえるが、これはむしろヴァルキスが陣頭指揮に立った事で、『ウォ・クーツ』の兵達の士気が上がっている証左であった。


 この時点ですでにヴァルキスは、これまでノヴァルナが戦って来た相手とは、違うという事が分かる。これまでノヴァルナが戦って来た旧キオ・スー家や、イル・ワークラン家、イマーガラ家などはどこかしらに問題や油断を秘め、完全なる一枚岩とは言い難い状況であった。

 だがアイノンザン=ウォーダ家は、旧キオ・スー家やイマーガラ家ほど規模が大きくない分、一致団結して自分の主君を、オ・ワーリ宙域の盟主に押し上げようと意気込んでいるのだ。ヴァルキスは指令室にいる参謀と将兵、そして副官のアリュスタを見渡して、ヴァルキスは口調は淡々としながらも、自らの決意を口にした。


「みんながこれだけ期待してくれているのだから、これは私も頑張らないといけないね―――」


 そしてヴァルキスは凛として言葉を続ける。


「合戦準備。ノヴァルナ様の艦隊を充分引き付けてから、当初の作戦を行う!」




 一方、宇宙要塞『ウォ・クーツ』へ接近中の、ノヴァルナが座乗する『ヒテン』では、アイノンザン軍の部隊配置に艦隊参謀達が首を傾げていた。アイノンザン軍は駐留艦隊を四つに分けて、『ウォ・クーツ』のやや前方、上下左右に展開しているのである。これでは要塞主砲の射撃範囲を狭めるだけで、自分に不利な条件付けをしているだけに見える。


「何の真似だ?…ありゃぁ」


 アイノンザン軍の意図が読み切れず、ノヴァルナも『ヒテン』の司令官席で。訝しげな表情を浮かべた。

 

 キオ・スー=ウォーダ軍はノヴァルナ直卒の第1艦隊の左側に、ブルーノ・サルス=ウォーダの第4艦隊を置き、その二個艦隊の中間後方に、ノヴァルナのクローン猶子ヴァルターダの第2艦隊が配置される、逆三角形の構成となっていた。


 アイノンザン軍の展開状況に、第4艦隊司令のブルーノも疑問を感じたのか、ノヴァルナのもとへ通信を入れて来る。


「敵の作戦…どう思われますかな、ノヴァルナ様?」


 ブルーノは三十代後半で二十三歳のノヴァルナとは歳が離れているが、ウォーダ家の中では当主継承権を持たない傍流であるため、オ・ワーリ宙域を統一して主筋となったノヴァルナに対し、言葉遣いは丁寧だ。対するノヴァルナも、こちらは年下という事で言いようは柔らかだった。


「どうも読みづらいです。何らかの罠である事は、間違いないと思いますが」


「敵は駐留艦隊を四つに分けて、機動戦を仕掛けて来るつもりかもしれませんな」


 ブルーノの推測は、理に適ったものではある。『ウォ・クーツ』駐留艦隊の編制は先にも述べた通り、巡航戦艦や巡航艦を中心にした機動性の高い編制となっており、ノヴァルナ軍が各個撃破を狙って、四つのうちのどれか一つにまず攻撃を仕掛けた場合、他の三つの分艦隊が波状攻撃で反撃して来る可能性が高い。そしてこちらを足止めしたところで、要塞主砲による砲撃を行えば、戦果はさらに拡大するだろう。

 だがしかしアイノンザン軍には、そもそも駐留艦隊を四つに分けて、前面に配置する必要性は無いのである。全方位に対し要塞主砲を発射できるようにすれば、攻城側は本陣を射程外に置き、各艦の間隔を空けた状態で前進して来るしかない。それを無数にある通常の要塞砲や対艦誘導弾、BSI部隊などで迎撃し、そのとどめとして駐留艦隊を使用すればよいのだ。それをアイノンザン軍はわざわざ、駐留艦隊を先に展開しているところに、ノヴァルナは疑念を抱いているのである。


「機動戦を仕掛けて来るにしても、さらに裏があるのは間違いないでしょう」


 そう言うノヴァルナに、ブルーノは「確かにそうですな」と応じた。さらに戦術状況ホログラムを見つめたノヴァルナは、敵の戦力が機動戦主体である事に着目して、策を講じる。


「という事で、こちらも機動戦を仕掛けましょう」


「と申されますと?」とブルーノ。


「各艦隊から重巡戦隊と宙雷戦隊を分離して二手に分け、敵の二つの分艦隊に差し向けます。総数から言えばこちらの重巡や、宙雷戦隊の方が上回りますから、敵に巡航戦艦があっても対抗できるでしょう」


「なるほど。駐留艦隊の機動性に喰らいついておれば、要塞主砲も撃てませんな。妙案だと思います」


 ノヴァルナの臨機応変さに、ブルーノは賛辞を贈った。

 

 そしてノヴァルナの臨機応変さに賛辞を送ったのは、宇宙要塞『ウォ・クーツ』の指令室にいるヴァルキスも同様だった。


「さすがにノヴァルナ様、対応がお早い。それに兵達もよく鍛えられている」


 ヴァルキスが眺める戦術状況ホログラムでは、ノヴァルナ軍の三個艦隊から、重巡戦隊と宙雷戦隊が次々と分離され、素早く二個集団を形成。それぞれが要塞主砲の射程外を回り、ヴァルキス側の四つの分艦隊のうちの、上下の二つに早くも向かい始めている。それを指さし、ヴァルキスは傍らに立つ副官のアリュスタに言う。


「あの動きを見たまえ。別個の艦隊から分離・臨時編成された部隊だというのに、まるではじめから一つの、同じ艦隊に所属しているかのようじゃないか―――」


 それを聞いたアリュスタは、端正な顔に苦笑いを浮かべた。自分の愛する主君の言葉がノヴァルナに対する皮肉ではなく、本心からのものだと分かるからだ。ただその直後に見せたヴァルキスの笑みは、獲物を見つけた狩猟者を思わせた。


「―――いいね。これだけ動きがいいと、仕掛け易いというものだよ。惑星裏側の第2艦隊に連絡。行動開始を命じてくれたまえ、アリュスタ」


「了解致しました」




 程なくしてノヴァルナ軍から分離した、重巡・宙雷戦隊で構成された二つの別動隊が、四つに分かれている『ウォ・クーツ』の駐留艦隊の、上下側と戦闘を開始する。それに従って右側の分艦隊は上側へ、左側の分艦隊は下側へ移動して合流、戦力の増強を図る。それでもノヴァルナ軍別動隊の方が数が多く、たちまち駐留艦隊は火力の差に押され始めた。ただノヴァルナ軍別動隊も、要塞主砲の射線上に敵の分艦隊を置いておく必要があり、艦隊運動には制約がかかっている。


 するとその時、要塞主砲の射程外で一時停止していた、ノヴァルナ軍の戦艦・空母部隊が、『ウォ・クーツ』の背後にあるダイゴードル星系第八惑星の裏側から、新たな艦隊が出現したのを探知した。


「敵艦隊反応。戦艦級6・巡航艦級14・駆逐艦級23・空母級4」


 総旗艦『ヒテン』の艦橋でオペレーターの報告を聞き、ノヴァルナは軽く頷く。敵が別個艦隊を潜ませておく可能性はすでに考慮済みだ。おそらく宙雷戦隊を分離して、艦隊の機動性が下がったところを狙ったものだろう。だがそれに備えて、対艦装備のBSI部隊をすでに待機させていた。焦ることなくノヴァルナは、BSI部隊に出撃を命じる。


「よし。戦艦の射程に入る直前に、艦載機を発艦」




▶#04につづく

 

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