#02

 

 ウェルズーギ軍の“カートホイール・タクティクス”を、まずまともに受ける事になったのは、シーゲンの本隊前衛を務めていたトラミット=モルザミーと、ダルター=ヴァズカノンの艦隊である。


 ウェルズーギ軍先鋒のカイエス=カークザック艦隊は、この両艦隊の前面で一斉右回頭を掛けながら全力攻撃を行う。


「弾倉とエネルギーバンクが、からになるまで撃て!!」


 闘将カイエスの檄に従い、初手から猛然と砲火を加えるウェルズーギ第5艦隊。戦艦と重巡航艦が大口径の主砲を放ち、軽巡航艦が宇宙魚雷を射出すると、たちまちトラミットとダルターの艦隊に、爆発の閃光が連続する。


「戦艦『アスハード』大破。戦艦『ルヴァット』通信途絶!」


「第22宙雷戦隊、被害甚大!! 戦隊旗艦が爆発した模様!」


「第14航宙戦隊、BSI部隊の発進間に合わず! 母艦喪失率60%!」


 立て続けに報告される艦隊の損害状況に、実戦経験が豊富なトラミットと、ダルターであっても焦りを隠せない。


「何をしている、回頭中の敵艦の横腹を狙え!」


 それぞれのオペレーターにトラミットがそう叫べば、ダルターはこめかみに血管を浮かせて問い質す。


「発艦出来たBSI部隊はどうした!?」


 しかし、二人の司令官の問いに対する各オペレーターの返答は、失望以外の何物でもない。


「敵は全てのアクティブシールドを、こちらへ向けた戦艦を外側に回頭。我が方の射撃による損害は軽微です!」


「我が方BSI部隊は敵BSI部隊の迎撃に遭い、艦隊攻撃は未だ行えず!」


 “カートホイール・タクティクス”の恐ろしい点は、一つの艦隊が火力の大半を使い尽くしても、すぐに真新しい戦闘力を持った艦隊が後続して来る事である。事実、カイエスのタ・クェルダ軍第5艦隊が右回頭する向こうから、二番手でウェルズーギ家“七手組”筆頭のサネイドル=ホルゾン麾下、第3艦隊が姿を現す。


「攻撃開始」


 サネイドル=ホルゾンが抑揚のない口調で命じ、ウェルズーギ第3艦隊は全艦が火箭を開いた。これに対してタ・クェルダ軍はシーゲンの指示で、全艦による半包囲陣を即座に形成。ウェルズーギ軍の輪形陣で突出して来た艦隊へ、攻撃を集中しようとする。

 だが本来、この半包囲陣を形成して、ウェルズーギ軍に有効な打撃を与えるためには、タ・クェルダ軍に同等以上の戦力が必要だ。それを別動隊を分けた事で数的劣勢に陥ったまま、強引に仕掛けたのであるから、効果が薄いのは否めない。

 

 半包囲陣からの集中攻撃にもかかわらず、ホルゾン麾下のウェルズーギ第3艦隊は、正面にのみ火力を集中。タ・クェルダ軍のトラミットとダルターの艦隊に、多大なダメージを与えて航過していく。

 そしてそのウェルズーギ第3艦隊と入れ替わり、シングー・バイセット=アルマナ率いる第6艦隊が前進して来ると、トラミットとダルターの艦隊は、旗艦周辺にまで砲火が及ぶほど戦力を消耗してしまった。


 原始恒星の一つを背景に眩い閃光を放ち、砕け散るタ・クェルダ軍の重巡航艦。その輝きが照らし出す艦橋の中で、艦隊参謀がトラミットへ進言する。


「閣下。この位置に留まるのは危険です。後退を!」


 それに対しトラミットは、激しくかぶりを振って却下した。


「駄目だ!」


「ですが、我が艦隊はすでに半数以上を損失! 立て直しが必要です!」


 さらに進言する参謀の背後で、オペレーターが増大する損害報告の数を増やす。艦橋の外で複数の閃光…かなり近い。宇宙魚雷の接近が告げられ、艦長が速やかに迎撃するよう命じる声がする。


「今ここで我が艦隊が後退してしまうと、勝機を逸する。踏みとどまれ!」


 参謀にそう言い放ったトラミットは、自分達の左側で同じく前衛を務めている、同僚のダルターに向けて内心で呼び掛けた。



“貴殿もそう思うだろう?、ダルター殿”



 しかしトラミットとダルターの鉄の意志も、冷厳たる現実の前では、そう長くは続かなかった。三番手であったウェルズーギ軍のアルマナ艦隊が回頭を終え、四番手としてバルナッガ=イジミナの第8艦隊が前進して来ると、タ・クェルダ軍の前衛は、もはや崩壊寸前となる。盾となっていた三隻の戦艦が、ほぼ同時に爆散すると、矢面に立つ形となったトラミットの旗艦に、イジミナ艦隊戦艦からの砲撃が、立て続けに命中した。被弾の過負荷に耐えられなくなった、アクティブシールドが効果を失い、艦の外殻を包むエネルギーシールドも限界に達する。そして次の瞬間には外殻の積層装甲に、幾つもの大穴が穿たれる。


「御館様…お先に、御免!」


 主君シーゲンへの今生の別れを告げる言葉と共に、トラミットの旗艦は複数の火柱を噴き出し、爆発を起こす。そしてそのあとを追うように、ダルターの旗艦もまた、ウェルズーギ軍の猛攻の前に宇宙の塵となり果てた。


「タ・クェルダ軍本陣前衛部隊、壊滅!」


 ウェルズーギ軍総旗艦『タイゲイ』の艦橋に、オペレーターのどこか高揚した口調の報告が響く。艦橋中央の戦術状況ホログラムには、総旗艦『リョウガイ』をはじめ、剥き出しになったシーゲン直卒の、タ・クェルダ軍第1艦隊が表示されていた………





▶#03につづく

 

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