#17
ギィゲルト・ジヴ=イマーガラの死は当然ながら、イマーガラ家にとっての史上最大の衝撃を与えた。
そして戦乱の時代となったシグシーマ銀河系の星大名の中でも、絶頂期にあると思われたイマーガラ家の当主の死。その衝撃がもたらす連鎖反応は、少なくともシグシーマ銀河系の半分に及んだ。
特に驚愕と挫折感に包まれたのが皇国中央部、皇都キヨウでギィゲルトとその軍勢を待っていた、上級貴族達である。
星帥皇テルーザ・シスラウェラ=アスルーガを事実上の傀儡として、銀河皇国中央を支配下に置いている星大名ミョルジ家を排除し、その座を取って代わろうと目論む彼等こそが、銀河系有数の戦力を所持するイマーガラ家に、キヨウへの上洛を要請したのだ。
皇国中央行政府『ゴーショ・ウルム』内部。明かりを控え目にした会議室に集まる上級貴族達。円形の会議室の半分を占める大きな展望窓の外には、皇都の夜景が広がっている。しかしその光の数は、栄華を誇っていた時代に比べれば、驚くほど少ない。まるで今の上級貴族の凋落ぶりを表しているかのように…
「まさか…まさか、ギィゲルト殿が討ち死にするとは…」
円卓を囲む十二人の上級貴族の中の一人が、机の上に組んだ両手を、忌々しそうに激しく揉み合わせながら、喉から絞り出すように言う。
「これで我らの構想も、水泡に帰した」
失望感を滲ませ、別の上級貴族が天を仰ぐ。さらにそれに続く別の貴族。
「さぞやミョルジ家の者共も、小躍りしているに違いあるまい」
するとその時、机を拳で殴りつける、ダン!…という大きな音が響き、貴族達は驚いた表情で視線を一人の男に集めた。その視線の先にいたのは皇国貴族院筆頭議員の、バルガット・ツガーザ=セッツァーだ。
瀟洒な衣装に身を包んだ貴族達の中で、一番値の張りそうな着衣を纏うバルガットは、拳を机に打ち付けたまま、前屈みにした上体を怒りに震わせていた。
「おのれ…」
「セッツァー様?」
どこか具合でも悪くしたのかと勘違いした、一人の貴族が声を掛ける。しかし無論の事、そんなものは余計な気遣いでしかない。怒気を
「おのれ、ウォーダの小僧が!…ふっ、ふざけた真似をッ!!!!」
「!?」
筆頭議員の怒りの大きさを感じ取り、他の貴族達は身をすくませた。
「オ・ワーリの田舎大名め。大人しく滅んでおれば、よかったのだ!!!!」
バルガットの怒りはイマーガラ軍が敗退し、ミョルジ家の排除の夢が遠のいた事だけに留まらない。
このところ次第にミョルジ家だけでなく、自分達の言う事も聞かなくなって来ている星帥皇テルーザ。ノヴァルナ・ダン=ウォーダはそのテルーザと、立場の垣根を超えて友人関係を築いていた。それが近年のテルーザの、強気な態度の後ろ盾となっているのを、バルガットも感じ取っていたのだ。そうであるから、ウォーダ家を討ち、ノヴァルナの命を奪う事をギィゲルトが、上洛途中の至上命題としていた事を是としていたのだ。
「オ・ワーリの大うつけ…この恨みは、忘れはせんぞ―――」
そう呟いてバルガットは、机の上に置いたままの拳を硬く握りしめた………
そして当の星帥皇テルーザ・シスラウェラ=アスルーガは、バルガットが歯噛みした通り、今や懐刀となった貴族のゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナから、“フォルクェ=ザマの戦い”の報告を聞き、ご満悦であった。
「良い。良いぞ、ナクナゴン卿。まさに朗報だ」
「は…」
謁見の間ではなく、執務室で喜びを露わにするテルーザ。友人の勝利はつまり、名門貴族のイマーガラ家の敗北と、ギィゲルトの死を喜んでいると、他者に取られかねないからである。テルーザ個人は、ギィゲルトとイマーガラ家を憎んでいたわけでは無いので、人目を避けた形だ。
ただテルーザは、無邪気な笑顔を見せたあと、その笑みを自嘲的なものへと変化させる。自分自身の感情に違和感を覚えたのだろう。
「ふ…それに比べて、余は情けないものだ」
「陛下…」
「こうやってここに座し、余の支援者となってくれるであろう、友の勝利を喜んでいる事しか出来ないのだから…」
銀河皇国の秩序と統治権の回復を目指すテルーザだが、そのために必要な実働戦力は何も無い。自身が操縦するBSHO『ライオウXX(ダブルエックス)』と、準BSHOとされる『サキモリGG』を保有する近衛隊はあるが、その程度で何かが出来ようはずも無かった。
旧皇国軍はテルーザを傀儡としているミョルジ家の支配下にあり、星帥皇室側とされるロッガ家やキルバルター家の戦力は、テルーザではなく上級貴族達と結託しているのが実情である。
葛藤を見せるテルーザに、ゲイラは「そのような事はありません」と告げ、説くように言葉を続ける。
「今回の件。陛下はイマーガラ家に、上洛の勅命をお与えになりませんでした。もしその勅命をお与えになっていれば、イマーガラ家を倒したウォーダ家は皇国に対する、叛逆行為を行った事になっておったでしょう。まことに賢明なご判断を下されたおかげで、間接的とはいえノヴァルナ様をお助けなされたのです」
多少の追従口が含まれているのは分かってはいるが、ゲイラの言葉に救われた気になったテルーザは、胸の内でオ・ワーリの友人に語り掛けた。
“余は待っているからな…ノヴァルナ”
▶#18につづく
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