#16
ギィゲルト討ち死にの一報が、イェルサス=トクルガルのもとへ届いたのは、与えられた命令通り、オ・ワーリ宙域征服後の拠点となるはずだったオーダッカ星系への補給部隊を、護衛していた時であった。
「それは…本当なのかい!?」
トクルガル艦隊旗艦『アルオイーラ』内の執務室で、他の重臣達と打ち合わせの最中に、通信参謀から訃報を聞かされたイェルサスは、手にしていたデータパッドをポトリと、執務机の上へ落した。キルバラッサやオークボランといった重臣も、驚きのあまり言葉を失っている。
「それで…司令部の状況は?」
するとイェルサスと歳の近い重臣の、ターダル・ツェーグ=サークルツが冷静な口調で、通信参謀に問い質した。
「は…はっ! 先ほど第3艦隊司令のシェイヤ=サヒナン様より、全軍への撤退命令が出ました。全軍作戦中止。即時オ・ワーリ=シーモア星系を離脱し、本拠地惑星シズハルダへ帰還せよ、との事であります」
「………」
参謀の言葉にイェルサスは無言のまま、考える眼になった。命令に従いシズハルダに戻り、これまでのようにイマーガラ家に従属する、トクルガル家であり続けるのか、それとも星大名として独立独歩の道を進み始めるか―――
“これはノヴァルナ様が僕に与えて下さった、機会かも知れないな…”
そんな考えを抱きながら、イェルサスは丸顔を上げて重臣達の顔を見渡した。彼等もイェルサスと同じ気持ちでいるのか、主君の意思を知りたいという、窺うような眼をして自分を見ている。
「イェルサス様…如何致します?」
問い掛けて来たのはサークルツ。その問いが意味するものは無論、シェイヤからの命令に従うのかだけでなく、今後のトクルガル家をどうしていくのか、という大きな決断を迫るものだ。
「シズハルダへは戻らない」
決意と共にイェルサスが告げると、重臣達は口許を引き締めた。その先を促すようにサークルツは「では?」と尋ねる。臥薪嘗胆。事実上の人質としてイマーガラ家に従属して来た日々は、もはや終わりの時だ。イェルサスはサークルツに一つ頷いて見せると、残る重臣達一人一人の眼を見てから命令を下した。
「オルガザルキ城へ帰る。全艦隊はミ・ガーワ宙域へ進路変更。先行しているホーンダート艦隊にも伝達」
オルガザルキ城はミ・ガーワ宙域にある、トクルガル家の本来の本拠地である。ついにその時が来たのだ!…イェルサスの命令を聞いた重臣達は皆、「御意!」と力強く応答した………
そして少し時間は遡り、主君の死を知ったイマーガラ家筆頭家老、シェイヤ=サヒナンの失意が如何ほどのものだったかは、余人の想像の及ぶところではない。
トクルガル家のホーンダート艦隊を率いて臨んだ、ウォシューズ星系の戦いで勝利したシェイヤの第3艦隊はホーンダート艦隊を分離、彼等をトクルガル軍の目標であるオーダッカ星系へ向かわせ、自らはギィゲルトの主力部隊へ合流するため、オ・ワーリ=シーモア星系へ向かっていた。その途中でギィゲルトの死を知らされたのである。
普段は冷静沈着。“鉄の女”のイメージがあるシェイヤだったが、この時ばかりは旗艦『スティルベート』の艦橋で、膝から床へ崩れ落ちた。慌てて駆け寄った参謀達に支えられて立ち上がりながら、シェイヤは呆然と呟く。
「なにが…起きたというの?」
シェイヤの疑念も尤もだった。今の今まで自分達は勝っていたはずだ。いや、“はず”ではない。勝っていたのだ。シェイヤの呟きを耳にした参謀の一人が、困惑して応じる。
「どのような経緯でそうなったか…現在、シーモア星系の我が軍はひどく混乱しており、状況説明を求められる状態ではないようです」
さらに別の参謀が言葉を続ける。
「主力部隊は統制を失って敗走中。ウォーダ軍の追撃を受け、被害甚大…艦隊司令官にも複数の戦死者が出ている模様です」
「………」
自分達に負ける要素は一つも無かった。亡き師父セッサーラ=タンゲンの警告を忘れず、ノヴァルナの能力を性格を含め全て把握した上で、圧倒的戦力差で圧し潰そうとしていたのだ。
それが負けた―――
これからのイマーガラ家はどうなってしまうのか…未熟な嫡男ザネル・ギョヴ=イマーガラに、今の規模のイマーガラ家が維持できるとは到底思えない。
“ともかく今は…出来る事をやらなければ!”
歯を喰いしばったシェイヤは軍装の裾を正し、数歩進んで参謀達を振り返った。自らをも励ますように、凛とした態度を取って指示を出す。
「これより全軍の指揮は私が執る。すぐにその旨を通達!」
「はっ!」
シェイヤの指示に参謀達は気を引き締め直して、背筋を伸ばした。シェイヤはオペレーターに「シーモア星系周辺の
「ここを…KX‐438705星系を、主力部隊残存艦の集結地にする。敵が追撃して来た場合に備え、我が艦隊が先行し、防衛体制を取る」
ギィゲルトを斃し、奇跡的勝利を得たウォーダ軍であったが、シェイヤが危惧したような、撤退するイマーガラ家への追撃は行わなかった。いや…行えなかったというのが正しい。
そもそもが、圧倒的戦力差のイマーガラ軍主力部隊の前に、絶対的不利な状況で戦っていたウォーダ軍である。フォルクェ=ザマでギィゲルトを斃したあと、ナルガヒルデとサンザーの命令で全面攻勢を仕掛け、指揮系統が麻痺したイマーガラ軍主力部隊に甚大な損害を与えたものの、反復して追撃を行うほどの余力は無かったのだ。
そうこうするうちに三日が過ぎ、5月23日。ノヴァルナの姿は惑星ラゴンの月にある『ムーンベース・アルバ』にあった。
フォルクェ=ザマでの戦闘が終了したあと、小惑星デーン・ガークの地表で発見された、ギィゲルトの専用機『サモンジSV』の特殊武装『ディメンション・ストライカー』。その大まかな解析が完了し、直接報告を聞くためである。
「なるほど…シールドの内側で実体化するから、防御は不可能ってワケか」
解析台に置かれた『D‐ストライカー』を眺めながら、ノヴァルナは腕組みをして、斜め後ろに控える男女二人の技官に尋ねた。男性の方は魚類を思わせる目玉の大きな、バイシャー星人である。そのバイシャー星人の技官が応じる。
「はい。ただ一回の射撃に、かなりのエネルギーが必要ですので、連射は出来ない一発必中を要求される兵器です」
「でも惑星間で、狙撃を行う事も出来るんだろ?」
今度はその問いに女性技官が答える。
「確かに可能ですが、その際は総旗艦『ギョウビャク』から、さらにエネルギーの補填を受けていたようで、照準も目標近くに測的艦を、配置する必要があったと思われます」
「ふーん…」
技官の説明にノヴァルナは、半ば面白くもなさそうに声を漏らした。ランと共に傍らに控えるササーラも批判的な評価を下す。
「ずいぶん強引な使用法ですな。威力は確かに高いですが…」
言外に“実戦向きではない”と匂わせ、ササーラは語尾を濁した。だがノヴァルナの考えは別の方向を向いていたらしい。二人の技官へ振り向いたノヴァルナは、思いもよらない指示を出した。
「じゃあ、使える部分を活かしゃいいって事だな。よし、予算をつけてやっから、取り合えず小型化と、量産化を目指せ」
顔を見合わせてから「か…かしこまりました」と、頭を下げる二人の技官。そしてこの時のノヴァルナの判断が、のちに大きな成果を生む事になるのである………
▶#17につづく
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