#20

 

皇国暦1560年5月19日 皇国標準時間15:39―――


 オ・ワーリ=シーモア星系小惑星帯フォルクェ=ザマ。虚空に浮かぶ無数の岩塊が、ノヴァルナの見る船外映像の下方で海のように広がっている。


 情報によるとイマーガラ軍主力の先鋒を務めたトクルガル艦隊は、第七惑星サパルの周回軌道上にあった、ウォーダ軍の宇宙要塞『マルネー』を陥落させ、補給と再編のため後退したようである。


“ふん。イェルサスのヤツ、やるじゃねーか…”


 自分が考えていたより早く『マルネー』が陥落した事は、正直、痛恨事ではあった。かつての弟分イェルサス=トクルガルは、自分が思っていた以上に、将帥の才覚に秀でていたのだろう。


 またイマーガラ軍主隊もただ数が多いだけでなく、想定以上の強兵で、こちらの全基幹艦隊による決死の本陣突撃を、ゴリゴリと磨り潰しているようである。


 そこにヘルメット内のスピーカーが、女性オペレーターの言葉を伝える。


「間もなく目標ポイント到達…全機発進に備え」


 だがここに至り、もはやすべては些末な事であった。やるべき事とやれる事、そのすべてはやり終えている。そしてここからは、自分のすべてをその答え合わせに懸けるだけだ。


 その時、全周囲モニター越しに見る小惑星群の左手奥に、いくつもの閃光が走った。両軍主力の交戦場との距離が近くなって来たのである。自分達にももうすぐ発進の時が来る。『センクウNX』の操縦桿を握り直したノヴァルナは、その指先に熱感を得た。十五歳の初陣の時以来、BSHOでの出撃前に感じるいつも通りの感覚だ。



 するとノヴァルナはふと、頭の中に浮かんだ言葉を呟いた―――




人間五十年 下天の中をくらぶれば 夢幻のごとくなり


一度生を受け 滅せぬ者のあるべきか 滅せぬ者のあるべきか




 それは五年前、ノアと初めて出逢い、共に1589年のムツルー宙域へ飛ばされる際に、男の声で聞いた、カミヨコトバに似た言語の奇妙な謡であった。


 そして我に返り、“なんでこんなものを思い出したんだ…?”と考えた直後、女性オペレーターが待っていた指示を告げる。


「目標ポイント到達。全機発進! 発進! 発進! 発進せよ!!」


 一瞬後、『センクウNX』の全周囲モニターが切り替わり、本来ノヴァルナがいる中古タンカーの船倉の映像となった。それと同時に床が両開きに開放され、宇宙空間の漆黒の闇が出現する。

 

 ノヴァルナの『センクウNX』が格納されていたのは、総旗艦『ヒテン』でも戦闘輸送艦『クォルガルード』でもなく、中古タンカーの船倉だった。通常は目的の惑星に降下させる、着脱式の大型タンクを格納するための大型船倉に、『センクウNX』が収められている。


 そしてその後方にも中古タンカーが二隻。『センクウNX』を収めたタンカーを頂点に、小惑星群の海の上で正三角形を描く位置で従っていた。

 その後方の二隻のタンカーの底部も開き、まずそれぞれ、三機のBSIユニットが眼下の岩塊の海の中へ向けて、静かに発進する。いずれも親衛隊仕様の『シデンSC』だ。


 六機の『ホロウシュ』の機体が、異常なく発進した事を確認したノヴァルナは、オペレーターに通信を入れる。


「ウイザードゼロワン、発進する」


 オペレーターからの「了解。ご武運を」という言葉に、「ありがとよ」と応じたノヴァルナは、スロットルをゆっくりと上げながら操縦桿とフットペダルを操作。船外に滑り出た『センクウNX』は、その白銀色と黒銀色に塗り分けられた体を、フォルクェ=ザマの漂う岩塊の間へと、潜り込ませていった。


 先行して発進した六機に追いつきつつ、ノヴァルナは『ホロウシュ』達へ通信回線を開く。


「全機報告せよ」


「ウイザードゼロスリー。異常なし」とラン・マリュウ=フォレスタ。


「ウイザードゼロシックス。異常なし」とナガート=ヤーグマー。


「ウイザードゼロナイン。異常なし」とキスティス=ハーシェル。


「ウイザードサーティーン。異常なし」とシンハッド=モリン。


「ウイザードエイティーン。異常なし」とトーハ=サ・ワッツ。


「ウイザードトゥエンティワン。異常なし」


 最後にジョルジュ・ヘルザー=フォークゼムの報告を聞き、ノヴァルナはいつもの不敵な笑みを浮かべた。ウォーダの運命を決めるわずか七機の決死隊。“死のうは一定いちじょう”でここまで来た自分には、むしろ相応しいってもんさ…と思う。


 目標は主隊の指揮を任せたナルガヒルデが推察したのと同じ、重力子の集中が検出された大型小惑星デーン・ガーク。そこにギィゲルトの総旗艦がいなければ、ごめんなさい、だ!


「全機、ステルスモード展開。俺に続け」


 力む事無く命じたノヴァルナは機体を加速させ、『ホロウシュ』達が乗る六機の『シデンSC』を抜き去る。そして七機は次々と迫る小惑星を、思い思いに躱しながら、ギィゲルトの本陣を目指していった………



 

 ノヴァルナと『ホロウシュ』達が乗り込んだ三隻の中古タンカー。彼等がこの三隻に乗り込んだのは、『クォルガルード』と二隻の同型艦が第五惑星トランの宇宙要塞、『ナガンジーマ』へ到着する前の話であった。


 そもそも本来は、かなり用心深い性格のノヴァルナであるから、イマーガラ軍の潜宙艦に対する警戒には怠りが無かった。イマーガラ軍は大規模な作戦には必ず潜宙艦隊を帯同させており、特に四年前の恒星ムーラルの戦いでは、潜宙艦を使用したセッサーラ=タンゲンの決死の襲撃で、自らの油断により、かけがえのなかった後見人の、セルシュ=ヒ・ラティオを失う結果を招いている。


 そのある種トラウマ的な存在の潜宙艦が、自分達を尾行している可能性を考え、ノヴァルナは予め、三隻の中古タンカーを第五惑星付近に遊弋させておいた。

 そして『クォルガルード』らが、宇宙要塞『ナガンジーマ』へ到着する前に、ノヴァルナは『ホロウシュ』達とBSIユニットで発進。即座にステルスモードに切り替えて『ナガンジーマ』へは入らず、直接中古タンカーへ向かったのである。


 ステルスモードにある潜宙艦は隠匿性を優先されるため、探知能力は高くない。そのため小型で、かつステルスモードを発動させた『センクウNX』と、『シデンSC』の発進に気付かぬまま、潜宙艦はノヴァルナの別動隊が、宇宙要塞『ナガンジーマ』へ入港した旨の報告をギィゲルトの本陣へ送ったのだった。




 そしてノヴァルナと、六名の『ホロウシュ』を収容した三隻の中古タンカーは、小惑星帯フォルクェ=ザマを掠める航路で、通常速度での航行を開始した。


 無論、この小船団の動きはイマーガラ軍も掴んでいた。ギィゲルトのもとへも報告は上がっている。

 ただそれは以前に記した、自軍が占領したオ・ワーリ宙域の植民星系の幾つかにおいて、イマーガラ軍の下級兵士が略奪や暴行を働いたという話に、ギィゲルトが腹を立てていたタイミングと重なってしまったため、重要視される事は無かった。


 当然これには、先日行われたギィゲルトと、オ・ワーリ宙域恒星間商船連合会頭の、フェリアス・ラダ=カウンノンとの会談内容も関係している。

 ギィゲルトはこの時の会談を、オ・ワーリの商船連合が自分に恭順の意を示したものと判断し、ノヴァルナの要請に従って情報収集にやってきた貨物船団などに、自軍の周辺を航行するままに泳がせていたのであった。


 こういった要素が絡み合い、ノヴァルナの中古タンカー三隻は、何の妨害も受ける事無く、決死隊を発進させる事が出来たのである。






▶#21につづく

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る