#05

 



ティガカーツ=ホーンダート―――




 幼少の頃はダガン=ホーンダートを名乗り、ホーンダート家嫡流の後継者であった。現当主のタルーザ=ホーンダートはティガカーツの叔父であって、ホーンダート家嫡流の代理当主という立場である。


 BSIパイロットとして類まれなる才能を持って生まれたティガカーツは、11歳の頃には、シミュレーターによるものではあるものの、イマーガラ軍供与の量産型BSIユニット『トリュウ』に乗り、自分ただ一機で、親衛隊仕様機の『トリュウCB』二機と量産型『トリュウ』十五機を撃破。周囲の者に感銘を超え、恐怖を与えたという。

 そしてBSHOを操縦可能なだけの、サイバーリンク深度に達する素養がある事が判明したティガカーツは、専用BSHO『カヅノーVC』と、亡き父ダグ・ホーンダートがBSIパイロットとして愛用していた、大型ポジトロンランス『ドラゴンスレイヤー』を与えられ、十五歳の今日、初陣を迎えたのだった。


 母艦の宇宙空母から発進したティガカーツに、父親代わりの叔父、艦隊司令のタルーザ=ホーンダートから直接通信が入る。


「ティガカーツ。聞こえているか?」


「はい。叔父上」


「気分はどうだ?」


「うーん…変わりませんね、いつもと」


 顔立ちは精悍でありながらも、普段はどこか掴みどころのない部分のあるティガカーツの、普段通りの返答に、通信機のスピーカーの向こうから、タルーザの笑い声が聞こえて来る。


「こいつめ。どんな猛者でも初陣の時は、緊張するというのに」


「そんなものですか」


「そんなものだ。まぁいい、隊長の指示に従って、無理はするなよ」


「そうします」


 BSHOを与えられたホーンダート家嫡流であっても、初陣のティガカーツであるから、自分が部隊を指揮しているのではない。ホーンダート艦隊のBSI部隊総指揮官の直卒中隊に加わっていたのだ。タルーザはそちらにも通信を入れる。


「マハルード中佐。ティガカーツを宜しく頼むぞ」


 親衛隊仕様『トリュウCB』に乗る総指揮官のマハルードは、「お任せ下さい」とリラックスした口調で応じた。こちらはベテラン指揮官ならではの、緊張の無さであり、むしろ安定感がある。

 空母部隊を発進したホーンダート軍のBSI部隊約二百機は、先行する戦艦などの砲戦部隊を追い抜くと、シェルビム=ウォーダの艦隊へ接近していく。すると敵艦隊もBSI部隊を発進させ始めたらしい。探知能力の高い艦隊の方から索敵情報が入る。ところがそれは少々厄介な内容だった。


「こちらコマンドコントロール。敵BSI部隊出現…数は当方の二倍!」

 

「二倍…だと!?」


 ウォーダ軍のBSI部隊の総数が、こちらの二倍もあるという情報に、ベテラン指揮官のマハルードも、流石に表情を硬くする。

 無論、BSI部隊と呼称してもそれは戦力編制を一括りにした上であり、親衛隊仕様BSIユニットと量産型BSI。そして簡易型のASGULや攻撃艇の比率は不明だった。しかしそれでも数は力である。どのような編制比率であろうと、ホーンダートのBSI部隊にとっては、大きな脅威である事に変わりはない。


 この機動兵器の保有数の差は、両軍の艦隊編制そのものにあった。シェルビム=ウォーダ艦隊は、宇宙空母中心の打撃群編制となっており、打撃母艦(正規型宇宙空母)が18、巡航母艦(軽空母)14、戦艦4、巡航戦艦4、重巡航艦4、軽巡航艦14、駆逐艦26という、明らかにBSI部隊の運用を主眼に置いた艦隊だ。これもひとえに当主のシェルビムが、甥御でBSI部隊指揮官のダムル=イーオの技量を見込んでの事である。


 しかし、迫りくるシェルビム艦隊のBSI部隊の大群を前にしても、『カヅノーVC』に乗るティガカーツは一向に動揺を見せず、操縦桿を握り直しながらぼそりと呟いた。


「ふーん…数が多いな…」


 やがて双方の距離が縮まると、長距離センサーによる機種の識別も正確になって来る。ウォーダ軍BSI部隊の総数は428、BSIユニットが118、簡易型のASGULが164機、攻撃艇が146機のようだ。


「来るぞ! 油断するな!」


 マハルード中佐が全機に呼びかけ、双方のBSI部隊はタイミングを合わせたかのように、同時に散開した。


 BSI部隊の戦闘が開始されるのを、ホログラムスクリーンで見詰めるのは、イマーガラ軍第3艦隊を率いる宰相シェイヤ=サヒナンである。戦術状況ホログラムでは、ウォーダ軍のBSI部隊の約三分の一が、こちらに向かって来る様子を映し出していた。おそらく対艦装備の機体であり、数からすると敵の攻撃艇だろう。


 司令官席のシェイヤの傍らに立つ参謀が問いかける。


「こちらのBSI部隊は数的に、敵の攻撃艇部隊を迎撃できません。閣下もお出になられますか?」


 状況的にはイマーガラ軍最強のパイロットとも言われる、シェイヤが出撃してもおかしくはないし、事実これまでもそういったケースが多かった。だがシェイヤは前を見据えたまま、落ち着いた口調で応じる。


「いや。それには及ばない。火砲による迎撃と、直掩機でしのいでみせよ」

 

 シェイヤの命令で、重巡航艦以上のクラスの各宇宙艦から、直掩用に残していたBSIユニットが出撃する。それでも数は二十数機だけであった。


「無理と深追いはするな。時間を稼げ」


 シェイヤは直掩隊にそれだけ告げると、BSI部隊同士が始めた戦闘の光に眼を遣って、内心で呟く。



“さて、ホーンダートの若武者よ。初めておまえの模擬戦闘を観た日の、私の眼に狂いが無かった事を証明してもらおうか………”






▶#06につづく

 

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