#13

 

 カーティス・シーロ=タ・クェルダが、どのような人物か知れたことを収穫として、ギィゲルトの率いるイマーガラ家上洛軍は恙無つつがなく、シナノーラン宙域を抜け、5月11日に予定通りミ・ガーワ宙域へ入った。翌12日にはミ・ガーワ星系第二惑星ヴァルネーダを発進したトクルガル家の五個艦隊が、これも予定通り合流して来る。


 トクルガル家の部隊は、若き当主イェルサス=トクルガルが直卒する第1艦隊。タルーザ=ホーンダートが指揮する第2艦隊。ガルザー=キルバラッサが指揮する第3艦隊。テューヨ=オークボランが指揮する第4艦隊。マンスーザ=イシカーが指揮する第5艦隊の全力出撃である。

 トクルガル家はミ・ガーワ宙域を領有する星大名家だが、元はマットディール星系のみを領有する独立管領であり、そもそもの戦力が多くはなく、現在もイマーガラ家の傀儡のため、増強されないままなのだ。


 ともかくこれで上洛軍は全ての戦力が揃い、基幹艦隊30個宇宙艦2664隻。補給・修理部隊215隻の大艦隊となった。無人の恒星系外縁部で航行序列を再編した上洛軍は、オ・ワーリ宙域に向けての航行を開始する。

 するとしばらくして、上洛軍艦隊の外周を囲む哨戒駆逐艦の何隻かが、長距離センサーの探知圏ギリギリを断続的に出入りする、宇宙船の反応を捉え始めた。艦隊司令部はこの正体不明の宇宙船を、ミ・ガーワ宙域の独立管領ミズンノッド家の、偵察艦の類だろうと判断する。

 ミズンノッド家はミ・ガーワ宙域にあって、ノヴァルナのウォーダ家と同盟を締結している。そのため、オ・ワーリ宙域進攻に向かうイマーガラ軍の、情報収集に軽巡クラスの宇宙艦を派遣したに違いない。


「如何いたします?…少々目障りかと感じますが、15艦隊の潜宙艦を先回りさせて、撃破致しますか?」


 イマーガラ軍第15艦隊には32隻の高々度ステルス艦、いわゆる“潜宙艦”が配備されている。これを進路上に先行させ、ミズンノッド家の偵察艦を撃破する案を、艦隊参謀が提示した。しかしギィゲルトは、扇を弄ぶ癖を司令官席で続けながら、余裕の表情でそれを却下する。


「構う事は無い、放っておくがよかろう。むしろノヴァルナとウォーダ家の者どもに、滅亡までのカウントダウンをさせる事になろうて」


 これにはミズンノッド家がイェルサス=トクルガルの母親、オディーナの実家であり、イェルサスがイマーガラ家にとって役に立つようになった今、攻め滅ぼすのは得策ではないという判断もあった。いずれにせよ彼等の同盟者ウォーダ家を討伐すれば、後ろ盾を失ったミズンノッド家は孤立し、イマーガラ家に恭順しなければならなくなるはずだ。


 

 5月14日。イマーガラ家上洛軍は占領地である、ナルミラ星系付近を通過するコースでオ・ワーリ宙域へ侵入した。これまでと違い敵宙域という事で、哨戒駆逐艦の数が倍増され、補給部隊を後方に下がらせた陣形に再編する。


 翌15日。ティリュー星雲を抜けた上洛艦隊は、クトゥルス星系へ到着。独立管領コンドーラ家が治めるこの星系は、ナルミラ星系の独立管領ヤーベングルツ家がイマーガラ家に寝返ったのち、それに呼応してイマーガラ寄りの中立的立場を取っていたのだが、イマーガラ家がウォーダ家討伐戦を起こしたこの機に乗じ、イマーガラ家の味方になると旗色を鮮明にしたのである。


 クトゥルス城へ入ったギィゲルトとイマーガラ家首脳部は、コンドーラ家当主のカンゲルヴァ=コンドーラから、オ・ワーリ宙域の最新情報を得た上でオ・ワーリ=シーモア星系攻略作戦の最終調整を行った。

 情報によるとヤーベングルツ家の支配下になっていたオーダッカ星系が、隣接するウォシューズ星系に進駐した、ウォーダ一族の独立管領シェルビム=ウォーダとその甥のダムル=イーオの艦隊に、圧迫されているらしい。


 オーダッカ星系にはヤーベングルツ家が勢力拡大に備えて、大規模な艦隊補給基地を建造しており、イマーガラ家がウォーダ家を討伐したのち、中立宙域へ向かう途中で補給を行う予定の星系であった。したがってこの星系の補給基地を破壊されてしまうと、今後の上洛航行に支障が出る恐れがある。そこでギィゲルトは作戦を僅かに変更し、上洛軍の一部をそちらに差し向け、オーダッカ星系の確保と、ウォシューズ星系に展開するウォーダ艦隊を撃破する事にした。


 クトゥルス城の大会議室で、ギィゲルトは居並ぶ二十九人の武将をひとわたり見回し、一人の武将に眼を留める。


「第10艦隊司令、ナーガディール=ウッドノア」


「はっ!」


 名を呼ばれ、席を立って直立不動の姿勢をとる瘦身の男に、ギィゲルトは悠然と命じた。


「オーダッカ星系へ向かい。星系防衛の態勢を取れ」


「御意」


 さらにギィゲルトは筆頭家老のシェイヤ=サヒナン、トクルガル家のタルーザ=ホーンダートの名も読んで、二人に命令を与える。


「貴殿らには、ウォシューズ星系展開中の、ウォーダ艦隊の殲滅を命じる」


「わたくしですか?」


 筆頭家老でありナンバーツーの自分が主隊ではなく、別動隊として行動する事にシェイヤは首をかしげた。それに対しギィゲルトはゆっくりと頷き、「ホーンダート殿とよく協力して、事に当たるように」と告げる。

 

 明敏なシェイヤは主君の言葉の裏を察した。ギィゲルトは未だ完全に、トクルガル家を信用したわけではないのだ。タルーザ=ホーンダートはイェルサスを支える重臣中の重臣であり、その甥のティガカーツは天才BSIパイロットとして、いずれトクルガル家最強…いや、それ以上の存在になると、今から期待されている若者である。


 彼等をシェイヤに同行させ、ウォーダ家の本拠地オ・ワーリ=シーモア星系から引き離すという事は、人質にするという意味だった。先鋒としてシーモア星系の第七惑星にあるウォーダ家の宇宙要塞、『マルネー』攻略を命じられているイェルサスにすれば、同時に戦力の五分の一を削られる試練となり、イマーガラ家に対する忠誠心が試される事になるだろう。


 自分が主隊から離れる事に一抹の不安はあるものの、シェイヤは「かしこまりました」と、自分の役目を承諾した。


 さらに会議は、ウォーダ家がどのように出て来るか、最終的な予測に入る。これについては、ギィゲルトも重臣達も同意見で、ギィゲルトの座乗する総旗艦『ギョウビャク』一艦に対する集中攻撃だった。あまりにも差があるこの戦力で、ウォーダ家が勝利を掴むには、どう考えてもそれしかない。


「ウォーダ家からの情報は入っていないのか?」


 艦隊司令の一人が、ギィゲルトの情報参謀に問い質す。


「潜入させております、複数のスパイからの報告では、当主ノヴァルナはいまだ、確定的な防衛作戦を決定しておらず、重臣達は仕方なく、惑星ラゴン集中防衛作戦の方向で、動いているようです」


 それを聞き、艦隊司令の数人は失笑を漏らし、別の数人が「呆れたものだ…」と呟いた。ただ大半の者はこれが、ノヴァルナの欺瞞行動だと理解している。


「迂闊にラゴンへ近づけば、ノヴァルナ公の第1艦隊が槍のように飛び出して、お館様の『ギョウビャク』を狙うに違いありませんぞ」


「星系内に敵が艦隊を分散配置した場合も然り、こちらがそれぞれの敵に分散対応した際に、『ギョウビャク』を狙って参りましょう」


 武将達がそう言うと、ギィゲルトは微かな笑みと共に応じた。


「貴殿らの意見は正しい。そこで我はラゴンから一定の距離を置いて、本陣を固定しようと思っておる」


 ギィゲルトの言葉に合わせ、会議室の真ん中に、オ・ワーリ=シーモア星系のホログラムが出現する。


「本陣を固定…してそれは、どちらに?」


 一人の武将の問いに、ギィゲルトはホログラムの一角…第七惑星サパルと、第八惑星ルグラの間に広がる小惑星帯を指差して、本陣を置く場所を告げた。



「フォルクェ=ザマじゃ」





▶#14につづく

 

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