#12
皇国暦1560年5月5日。イマーガラ家上洛軍は予定通り、タ・クェルダ家が支配する同盟領シナノーラン宙域へ進入した。程なくして前哨駆逐艦が複数の宇宙艦隊の接近を探知する。
「前哨六番駆逐艦『ズバート14』より報告。タ・クェルダ軍第2、第3宇宙艦隊を確認。出迎え艦隊です」
総旗艦『ギョウビャク』の艦橋で筆頭家老のシェイヤ、次席家老のモルトスと、オンライン通信での打ち合わせ中にその報告を受けたギィゲルトは、軽く頷いて航行用ホログラムに表示された、二つの艦隊の反応に眼を遣る。
「第2艦隊はタ・クェルダ家のご嫡男、クローン猶子のカーティス・シーロ=タ・クェルダ様。第3艦隊は“タ・クェルダ四天王”の一人、バルバ=バルヴァ殿が司令官ですな」
通信ホログラムスクリーンの中でモルトスは、タ・クェルダ家の出迎え艦隊の司令官が、誰であるかを口にした。それをさらにシェイヤが捕捉する。
「ご当主のシーゲン様は、カイ宙域におられるため、その名代としてご嫡男のカーティス様が、お出迎えに参られたのでしょう。ご丁重な事です」
シナノーラン宙域では未だ、タ・クェルダ家に対して抵抗を続けている勢力が、複数存在している。シーゲン・ハローヴ=タ・クェルダは、クローン猶子で次期当主と目されるカーティス・シーロ=タ・クェルダを総司令官とし、重臣のバルバ=バルヴァに補佐をさせて制圧部隊を編制、それら抵抗勢力の討伐に当たらせていたのだ。それが今回のイマーガラ家上洛軍の航過に際し、同盟の誼で出迎えにやって来たのである。
両部隊の距離が縮まると、タ・クェルダ艦隊の方から通信要請が入る。ギィゲルトが応じるように命じると、通信ホログラムスクリーンに姿を見せたのはカーティスであった。長い金髪を頭の後ろでまとめた細身の青年で、カッ!…と見開いた眼が見るからに血気盛んそうな印象を与える。さらに別スクリーンで、補佐役のバルバ=バルヴァの如何にもいくさ慣れしたという、重厚な顔も現れる。
「我がシナノーラン宙域へようこそ、ギィゲルト殿!」
血気盛んな印象通り、いきなり強い口調で挨拶の言葉を述べるカーティス。礼を失しているとまでは言わないが、同盟相手の当主に対するには些か不躾だ。別スクリーン内のバルヴァが僅かだが顔をしかめる。ただ当のギィゲルトは、気にするふうも無く、鷹揚に言葉を返す。
「我が上洛軍の航過を認めて頂いたこと、まことにかたじけない、カーティス殿。これも両家の友誼があったればこそじゃ。“友とはまこと得難いもの”と、お父上にも伝えてくだされ」
「相分かった!」
少々ぶっきらぼうな返答に、たまらずバルヴァが口を挟む。
「若殿。もう少し、お言葉遣いを…」
「無粋な事を言うな、バルヴァ。名高きギィゲルト・ジヴ=イマーガラ殿を前にした、我が覇気を理解せんか」
「………」
叱りつけるように言うカーティスに、バルヴァは無言のまま、そういう問題ではないのだが…と苦々しげな表情で唇を歪めた。ギィゲルトは穏やかな笑い声を交えて告げる。
「ホッホッホッ…若いお方は、前向きである事が第一。今のご自分を大切になさるが、宜しかろうと存じまするぞ」
するとカーティスは、我が意を得たりといった顔でバルヴァに言う。
「どうだバルヴァ。ギィゲルト殿もこのように申されておる!」
「は…」
畏まるバルヴァだが、その眼はカーティスに対して、“ギィゲルト様に気を遣って頂いておるのが、分からんのかこの子供は…”と言いたげだ。
オ・ワーリのノヴァルナ・ダン=ウォーダ。ギィゲルトの嫡男ザネル・ギョヴ=イマーガラ。そしてこのカーティス・シーロ=タ・クェルダの三人は、奇しくも三人とも今年で二十二歳の同い年だった。またイースキー家のオルグターツは二十四歳であり、ほぼ同年代である。しかしその人間性は四人とも全く違っている。
ギィゲルトの見立てでは、ノヴァルナは苛烈な印象と裏腹に、実は非常に思慮深いものの、敵を作り過ぎる帰来がある。またオルグターツは、どこからどう見ても暗愚であって話にならない。
そしてこのカーティス…今回初めて言葉を交わしたのだが、覇気に富む反面、全般的に短慮なようにギィゲルトには思えた。ただ彼等と比較しても、やはり自分の嫡男であるザネルは、弱々しく感じてしまう。足を使う球技の『スコーク』や、芸術的趣味といった、自分の“好きなもの”には情熱的なのだが、星大名として戦国の世を生きるために必要な、“図太さ”が足りていないのである。そういうこともあって、どうしても自分の子の星大名の素養を彼等と比べてしまう。
そんな気持ちのギィゲルトに、カーティスは攻撃的な笑みで述べる。
「御上洛の途上でのウォーダ家討伐…ノヴァルナの打倒、宜しいですな。我々も同行したいぐらいです」
それを聞いて眉をひそめるギィゲルト。カーティスはノヴァルナと面識はなく、特に敵対している点もないはずだったからだ。
「ほぅ。ノヴァルナ公に何か、思うところがおありですかな?」
ギィゲルトが尋ねると、カーティスはさも当たり前のように答えた。
「私はあの男が、どうにも気に入りません。元々傍流であったのが、宗家のウォーダ家を二つとも滅ぼし、シヴァ家の姫まで
どうやらカーティスは、ノヴァルナに関しての情報に偏りがあるらしく、非常に悪いイメージを持っているようであった。その情報の一端は、同盟国である自分達イマーガラ家が与えたものであるが、ノヴァルナが旧主家であったシヴァ家のカーネギー姫を、弄んで追放したという話などは、タ・クェルダ家内で尾鰭がついたように思われる。情報化がさらに進んだ時代でも、噂にはさらに噂がついて話が多きくなるのは、変わらないようだ。
「さよう。そのような者を放置したままでは、上洛する意味もありませぬからな。正義を為してこその皇都入りが肝要にて」
ノヴァルナについての悪評を否定する必要もなく、ギィゲルトはカーティスの話に乗る形で、ウォーダ家討伐の意義を唱える。するとカーティスは納得と称賛の眼で大きく頷いた。
「なるほど正義ですか。これは頼もしい。流石はギィゲルト殿。良い言葉です」
それを聞き、なおさら苦々しげな表情をするバルヴァ。まるで自分がギィゲルトを褒めてやっているような、カーティスの物言いに心痛を覚えたのだ。ここでわざとらしくてもいいので、“勉強になります”のひと言ぐらい、追従口を付け加える可愛げがあってもよいものを…と思う。
「私も父シーゲンの器量に、一日も早く追いつけるよう努力している。これからも御家との友誼を深めていきたい。宜しくお願い申す」
根拠のない自信家…カーティスにそんな人物評を下したギィゲルトは、愛想良く応じてやった。
「こちらこそ、宜しくお願い致します」
「うむ。ではミ・ガーワ宙域への境界まで、我等が先導と護衛を務め申す。我が艦隊について来て頂きたい」
「これは痛み入ります」
「うむ。では…」
そう言って通信を終えるカーティスに、別スクリーン内のバルヴァは、カーティスの無礼を心底、申し訳なさそうに深く頭を下げ、やや遅れて通信を終えた。
タ・クェルダ艦隊からの通信が切れると、回線を繋いだままギィゲルトの傍らに控えていた、モルトスのホログラムが苦笑しながらボソリと言う。
「普段からあのような振る舞いばかりだとすると、タ・クェルダの重臣達も、きっと困り顔でしょうな」
ギィゲルトも苦笑を浮かべて頷くが、むしろ歓迎する様子だった。
「まぁよい。タ・クェルダの次期当主がああいった手合いなら、むしろ扱い易いというもの。ノヴァルナめとは似て非なる小物よ」
▶#13につづく
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