#01
このようにして新年早々という言葉に続くのは、あまり良い意味を待たない言葉である場合が多い。そしてまた、ここにも新年早々…と、切り出すべき状況が起きていた。
皇国暦1560年1月5日―――
年始の挨拶のためノヴァルナの本拠地、惑星ラゴンを訪れている従兄弟のヴァルキス=ウォーダ。彼はキオ・スー城と隣接するように新たに建設された、軍用宇宙港の停泊するアイノンザン星系艦隊旗艦『エルオルクス』を、宿舎代わりにしている。ウォーダ家とそれに関わる重臣や大企業の祝賀の宴もひと通り終わり、明日は領地のアイノンザン星系へ戻る予定である。
だが抜け目のないヴァルキスの事であり、単に宴の席へ顔を出すためだけに、ラゴンを訪れていたのではなかった。
情報収集と諜報活動―――
昨年来よりミノネリラ宙域のイースキー家と、ノヴァルナの弟カルツェが治めるスェルモル城の間で、怪しい動きが大きくなって来ているという、諜報部からの報告を受け、『エルオルクス』からその指揮を執っていたのだ。
薬を服用するほどではないが、軽い二日酔いを覚えて、濃いめのコーヒーを口にするヴァルキスのもとへ、体格の良い諜報部参謀がやって来る。
「お邪魔でしたでしょうか?」
二日酔いで気分が優れない時にしか、コーヒーを飲まないヴァルキスを知る諜報部参謀は、気遣いの言葉を発した。
「いや、構わない。それより、どうだったか?」
諜報部参謀が訪れた目的を知るヴァルキスは、気遣いより報告を促す。
「はっ…やはり、イースキー家に密かにオ・ワーリ侵攻の計画があり、カルツェ殿のスェルモル城にも、それに呼応する動きがあるようです」
三年前にミノネリラ宙域の支配権を確立したギルターツ=イースキーは、政権も安定して来ており、領民の支持も高まっている。そうなると勢力拡大を図り、オ・ワーリ宙域を切り取ろうとするのも戦国の世の道理だった。
ノヴァルナの弟カルツェ・ジュ=ウォーダとその支持派が、イースキー家と友好関係にあるのは、もはや公然の秘密となっており、イースキー家がノヴァルナを打倒のために動き出すとなると、それに呼応するのは当然と言える。
諜報部参謀の言葉に、ヴァルキスは切れ長の細い眼を閉じ、問い質した。
「スェルモル城…その動きは、カルツェ殿の下知によるものか?」
「いえ。例のクラード=トゥズークが、独断で行動しているようです」
「またあの男か―――」
ヴァルキスはクラードの名を聞き、瞼を閉じた眉間に微かな皺を寄せる。そして些か呆れたような声で続けた。
「これほどの策謀好き…もはや病気だな」
策謀好きとクラードを批判するヴァルキスだが、その実、アイノンザン=ウォーダ家は、ウォーダ一族の中でも随一の高い諜報能力を有しており、他のウォーダ家の中に相当数のスパイを放っていた。
彼等が長い間完全中立を掲げて、ウォーダ家内の紛争に介入せずにいたものの、各家の動きを手に取るように把握していたのも、この高い諜報能力に基づくものである。旗艦司令部に諜報部から参謀を出させているのも、アイノンザン=ウォーダ家の特徴だ。
「いかが致します?…今、イースキー家に動かれるのは、面倒だと思われますが」
そう告げたのは、ヴァルキスの副官であった。どう見ても十代の、金髪で中性的な顔立ちをしている副官は、ヒト種とそっくりであるがロアクルル星人という異星人で、雌雄同体であるため種族全体が中性的な顔立ちであった。名をアリュスタといい、姓は無い。ノヴァルナによる旧イル・ワークラン家討伐戦が開始される直前に、ヴァルキスに明晰さを見出されて副官に任命されたのであった。
「そうだな…」
思案顔になるヴァルキスに、アリュスタは意見を述べる。
「我等が目的のために、ミノネリラ宙域にもそろそろ、新たな動乱が必要ではないかと思いますが…」
それを聞き、ヴァルキスは「ふむ…」と小さく声を漏らした。ヴァルキス自身も頭脳は明晰であり、副官のアリュスタの役目は、ヴァルキスが自分の思考を進めるための、合わせ鏡的なもののようだと思われる。
ヴァルキスが領有するアイノンザン星系は、イースキー家が治めるミノネリラ宙域と、イマーガラ家が事実上支配するミ・ガーワ宙域の双方に睨みを利かせ、侵攻があった場合、最初に阻止行動に出るべき戦略的要衝に位置している。
ただこのうちイマーガラ家とは、先方の重臣モルトス=オガヴェイと
一方のイースキー家とは、先方がサイドゥ家であった時代に、父親で先代当主のヴェルザーを戦闘で殺害されており、ヴァルキス自身はともかく、家臣や領民の感情を汲めば、友好関係は築きにくい状況である。
そのような現状で、イースキー家の当主ギルターツは優れた政治的手腕を見せ、ミノネリラ宙域の政情を安定化する事に成功していた。このままではイースキー家がオ・ワーリ宙域へ侵攻して来る可能性も高くなる。そしてそれは、勢力の拡大を図るヴァルキスにとって、望まない可能性だった。なぜならヴァルキスは、半年以内にイマーガラ家が上洛遠征軍を出発させる事を知っており、それに呼応するつもりであったからだ。
イマーガラ家の上洛遠征軍に関する情報は、実はイースキー家にも流れていた。イマーガラ家とイースキー家は、友好協定や和平協約を結んではいないが、イマーガラ家の前宰相セッサーラ=タンゲンの働きかけで、非公式ながら協力関係にあったのである。
これは将来的にミノネリラ宙域のイースキー家と、宿敵ノヴァルナを排したあとの、オ・ワーリ宙域のウォーダ家との間で三国同盟を結び、すでに三国同盟を結んでいるカイ/シナノーラン宙域のタ・クェルダ家、サンガルミ宙域とムサッシ宙域の一部を治めるホゥ・ジェン家と合わせ、五家大同盟という今は亡きタンゲンの、壮大な戦略構想によるものだ。
そしてヴァルキスは見抜いていた。このタイミングでイースキー家がオ・ワーリ宙域侵攻を目論むのは、イマーガラ家が上洛の途上にあるオ・ワーリ宙域へ侵入した際、同時に侵攻してオ・ワーリ宙域の一部を切り取ろう、という魂胆なのに違いない事を。
「余計な事をされても困るな…」
そう呟くヴァルキスはイマーガラ家との間で、不戦の密約を交わしていた。上洛遠征軍によってノヴァルナが滅ばされたのち、イマーガラ家に
だがそこにイースキー家の介入を許し、領域を切り取られるのは面白くない。切り取った領域はそのままイースキー家が支配する事を、イマーガラ家が認める可能性は高いからである。
そこに副官のアリュスタが言葉を挟む。
「イマーガラ家が上洛軍を進発させるのは、おそらく五月…それまでに片付けられるものは、片付けておいた方がよろしいかと」
一年余り前のイル・ワークラン=ウォーダ家の討伐、そしてカーネギー=シヴァ姫のクーデターの阻止。これらも実のところ、全てイマーガラ家が上洛軍を進発させた時に備えてのものであった。イマーガラ家当主のギィゲルト・ジヴ=イマーガラは、格式を重んじる人間であり、ノヴァルナを滅ぼしてもイル・ワークランや、カーネギー=シヴァといった、ヴァルキスより上位の存在がいた場合、オ・ワーリ宙域の統治権は、そちらへ回されるはずだったからだ。
「ギルターツ…そしてノヴァルナ様の弟御のカルツェ殿。この辺りにもそろそろ、ご退場頂くべきか…」
ヴァルキスが半ば独白のように言うと、アリュスタは「さように為されるが、宜しいかと…」と静かに告げる。頷いたヴァルキスは諜報部参謀に顔を向けて、今後の諜報活動に対する指示を、事細かに出し始めた………
▶#02につづく
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