#17

 

 ノヴァルナが本拠地惑星のラゴンへの帰路を急いでいたその頃、オ・ワーリに隣接するミ・ガーワ宙域でも、僅かに動きがあった。ミ・ガーワを事実上支配する、トーミ/スルガルム宙域星大名家イマーガラ家より、女性宰相のシェイヤ=サヒナンが来訪。惑星ゼルビアールでこの惑星を本拠地とするキラルーク家の当主、ライアン=キラルークと会見を行っていたのである。


「なんですと!? オ・ワーリ進攻部隊は出さない!?」


 声を荒げたのはライアン=キラルーク、銀河皇国星帥皇室とも血縁のある名門貴族であり、かつてはミ・ガーワ宙域を治めていた宙域管領の家系にあったが、同家が没落した現在は、イマーガラ家の庇護下にあって家老職を与えられていた。

 そのライアンは、キオ・スー家でノヴァルナの庇護下にあった、カーネギー=シヴァのクーデターに加担し、蜂起と共にイマーガラ軍もオ・ワーリ宙域へ侵攻。イル・ワークラン家との戦闘で動けないノヴァルナ軍の隙を突いて、本拠地オ・ワーリ=シーモア星系を制圧するよう、イマーガラ家に働きかけていたのだ。


「はい。ナルミラ星系に駐屯している、オガヴェイ様とも協議した結果」


 シェイヤ=サヒナンは三十代半ばにして、大々名イマーガラ家の宰相―――筆頭家老を務める女性武将で、冷静沈着ながら勇猛果敢。しかもBSIパイロットとしてもイマーガラ家最強と言われている。

 またオガヴェイ(モルトス=オガヴェイ)は、イマーガラ家古参の宿老で、宰相としてまだ若いシェイヤの、良き相談役を務めていた。


「我が申し出を、却下されると申されるか?」


「誠に遺憾ながら、時期尚早かと」


 ライアンは家老であり、シェイヤは筆頭家老という上位の地位にいる。さらに年齢もライアンは二十代半ばであった。それでもシェイヤがライアンに対して丁寧な言葉遣いであるのは、性格的なものと、何より旧ミ・ガーワ宙域領主の家柄を尊重しての事だ。そしてそれゆえに、シェイヤ自らライアンの本拠地惑星まで、わざわざ出向いて来ていたのである。


「しかし、すでにオ・ワーリでは、シヴァ殿が動き出している。ノヴァルナ殿がイル・ワークラン家との戦いを始めた、今が好機と―――」


 翻意を促そうとするライアン。するとそこへ、優先順位の高い事を示すコール音が小さく鳴り、シェイヤの手元で小ぶりなホログラムスクリーンが開く。画面上に流れる文字列を読み取ったシェイヤは、表情を変えずにライアンに向き直って、事務的な口調で告げた。


「情報部より連絡がありました。オ・ワーリ宙域においてイル・ワークラン家は、キオ・スー家との戦いに敗北。惑星ラゴルもすでにキオ・スー家の支配下にあり、また同時に、カーネギー=シヴァ姫は軟禁状態に置かれ、クーデター計画も頓挫したようです」


「!!!!」


 茫然とするライアンを前に、シェイヤは悠然と立ち上がって「どうやら、これ以上はお話する必要もないでしょう」と冷たく言う。そして会見場所をあとにして、自分の艦へ戻りながら、これでいい…と思う。イマーガラ家は現在、キヨウ上洛のための大規模な遠征軍編制を始めたところである。いまはそちらに集中すべきであり、小細工を弄さずとも二年もすればその遠征軍が、上洛の道すがらオ・ワーリの全宙域を呑み込んでいくであろうからだ………



 

 一方ノヴァルナ艦隊に同行し、ラゴンへ向かっていたアイノンザン星系艦隊の総旗艦『エルオルクス』では、ヴァルキス=ウォーダが司令官室で、まだ十代と思われる、中性的な印象の若い副官に自分の考えを話していた。


「ノヴァルナ殿も案外、甘いものだ」


「は?」


「カダールの事だ」


「………」


 無言の副官に構わず、ヴァルキスはさらに言葉を続ける。


「見せしめに殺してしまえば良いものを…生かしておいてやるとはな」


「同じ一族として、温情をかけられたのでしょう」


 副官が当たり障りのない範囲でそう言うと、ヴァルキスはすかさず「それが甘いのだ」と応じた。


「カダール、ノヴァルナ…そして私。この中であとの二人と戦い、勝利し、捕らえたとして、生かしておくのは、ノヴァルナ様だけに違いあるまい」


 副官に対してそう続けてから、しばし考える眼をしたヴァルキスは「やはり、殺しておくか…」と剣呑な事をポツリと呟いて、インターコムの操作パネルに指を触れると、艦橋への回線を繋げる。


「諜報部参謀はいるか? いたら私のところへ来るように」


 ヴァルキスの言葉にしばらくすると、諜報部参謀の肩書に似つかわしくないような、筋肉質の男が司令官室へ姿を現した。


「お呼びでしょうか?」


 執務机の前に大股で進み出た諜報部参謀に、ヴァルキスは端的に切り出す。


「カダールとともに追放された者の中に、パクタ=アクタというスケイド人の側近がいる。カダールに追従口しか言わぬ、矮小な男だ」


「はっ」


「諜報部員を使って買収し、カダールを殺させろ。事故を装うなり、毒を盛るなり、手段は任せる」


 僅かに眉を動かす諜報部参謀。ヴァルキスはさらに続ける。


「報酬は思いのままだと言え。ただし取引では現実的な範囲でな。なんなら我がアイノンザン=ウォーダ家が召し抱えてやってもよい、とな」


「は…」


「そして首尾よくカダールを殺害したならば、口を封じろ」


「万が一自分が殺された際は、カダール殺害がヴァルキス様の指示であった事を、公表するような仕掛けをしていた場合は、いかが致します?」


 諜報部参謀の言葉にも一理ある。パクタのような人間は、そういった“最期の悪あがき”を実際に用意する可能性を考慮すべきであった。「ふむ…」と指先を顎に置いたヴァルキスは少し思考を巡らせ、抑揚のない声で指示を出す。


「その場合は…ノヴァルナ様のご指示で殺害したという話になるように、情報操作を行え」


 それを聞いた諜報部参謀は、異論なし…といった表情で頭を下げた。


「御意…」

 





▶#18につづく

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