#03
ノヴァルナが初陣を迎える二人の身内を祝ったその翌日、先行した第2警備艦隊から、『ウキノー星雲』内にイル・ワークラン艦隊は不在である事を確認した情報が届くと、宇宙艦隊の出撃命令が下された。
『ウキノー星雲』へ移動し、おそらく進出して来るであろうカダール=ウォーダの艦隊を迎撃するのは、ノヴァルナ直卒の第1艦隊、ルヴィーロ・オスミ=ウォーダの第2艦隊、ブルーノ・サルス=ウォーダの第3艦隊、ウォルフベルト=ウォーダの第4艦隊、シウテ・サッド=リンの第5艦隊、カーナル・サンザー=フォレスタの第6艦隊。そして後詰めとしてドルグ=ホルタの第7艦隊がオ・ワーリ=シーモア星系に残留する。
この第7艦隊は、旧サイドゥ家の兵士としてドゥ・ザン=サイドゥの指揮の下、ギルターツ=イースキーと戦って敗北、オ・ワーリへ落ち延びて来た者達をメインに新設された部隊であった。それもあって司令官は、ドゥ・ザンの懐刀であったドルグ=ホルタが任じられている。
旧サイドゥ家の兵を集めて艦隊を編制し、忠誠心的にどうなのか?…という疑問も湧くところであるが、ノヴァルナはかつての主君ドゥ・ザンの娘、ノア姫の夫であり、またドゥ・ザンの遺児リカードとレヴァルも庇護下にあることから、むしろシーモア星系の防衛に積極的であった。
また以前ノヴァルナの弟カルツェが指揮を執っていた第2艦隊は、二年前の謀反で壊滅的打撃を受け、こちらも新編制同然である。初陣を迎えるノヴァルナの身内の二人も、この第2艦隊に宙雷戦隊司令官として参加していた。無論、まだ司令官とは肩書きだけで、実際は参謀役のベテラン士官が指揮を執る形だったが。
約二年ぶりとなるキオ・スー家宇宙艦隊の総出撃。『ムーンベース・アルバ』が置かれた月の周囲に、約550隻の宇宙艦が規則正しく浮かぶ眺めは、壮観の一言に尽きる。
結婚後初の出陣となるノヴァルナはノアの見送りを受け、城の上空に停泊させていた総旗艦『ヒテン』へ搭乗した。ラゴンの蒼空を駆け上がった『ヒテン』は、主君を待つ全艦隊の中へ分け入る。
「定点到着。全艦隊、出港準備完了しています」
『ヒテン』の艦橋にオペレーターの報告が響く。それを聞きノヴァルナはまず、第7艦隊の司令ドルグ=ホルタに連絡を入れた。
「ホルタ殿。シーモア星系はお任せします」
客将であるドルグであるから、ノヴァルナも言葉遣いは丁寧だ。60歳間近のドルグは、ズシリと重みを感じさせる声で応じた。
「殿下の御膝元、一命を賭してお守り致します」
一つ大きく頷いたノヴァルナは、背筋を伸ばし、待機する全艦に命じる。
「これより出陣する。目標、『ウキノー星雲』」
即座に連絡を入れる各オペレーター。
「出陣する」
「これより出陣」
「出陣。目標は『ウキノー星雲』」
やがてノヴァルナは、司令官席の背もたれにかかる僅かな重力の変動に、艦が動き出したのを感じた。公式記録にして、皇国暦1558年11月4日、ラゴン標準時15時34分の事である。
ノヴァルナ艦隊が出港したのとほぼ同じ頃、アイノンザン星系第三惑星イノーザからも、ヴァルキスの率いる二個艦隊が発進した。
ヴァルキス艦隊の総旗艦は戦艦『エルオルクス』。ノヴァルナの『ヒテン』のような総旗艦級戦艦ではなく、通常の戦艦に旗艦設備を備えさせたものだが、合わせて砲戦能力も強化されている。
また艦隊戦力も戦艦20・重巡20・軽巡14・駆逐艦26・空母4・軽空母3と、ほぼ星大名家基幹艦隊二個分と比べても、見劣りしない規模であった。これはアイノンザン=ウォーダ家が、他のウォーダ家以上に長い中立期間を過ごし、財政の向上に努めて来たのと、アイノンザン星系そのものも有力な経済力を持っていた事に由来している。
スイング・バイを行うため、主恒星アイノギアへ向けて航行を開始した『エルオルクス』の艦橋内では、意識を失って床に倒れている三人の男がいた。軍装からするとイル・ワークラン家の士官らしい。その三人の士官を見下ろし、ヴァルキス=ウォーダは“麻痺モード”にしたハンドブラスターを、安全装置を兼ねた“ニュートラルモード”にして、傍らにいる副官に渡した。
意識の無い三人は、すぐに保安科の兵士達がやって来て、まるで荷物のように艦橋から運び出されて行く。それと入れ替わりに艦橋へ入って来たのは、キオ・スー家の軍装を着用している五人組だった。その先頭にいるのは、ノヴァルナの女性重臣のナルガヒルデ=ニーワス。あとの四人を肩章から判別すると二人は情報部、もう二人は陸戦隊の士官だ。しかしノヴァルナ艦隊でも主力の戦艦戦隊の一つ、第2戦隊の司令官で、今もノヴァルナの第1戦隊に随伴しているはずの、ナルガヒルデがここにいるのは奇妙な話である。
「ニーワス殿」
ヴァルキスはナルガヒルデを振り返って、軽く頭を下げた。ナルガヒルデは運ばれる三人を一瞥して問い質す。
「殺したのですか?」
その言葉を聞き、ヴァルキスは僅かに笑みを浮かべて、首を左右に振った。
「まさか。眠らせただけです。生命反応の消失に連動して、イル・ワークラン家へ向け恒星間緊急信号を発する装置を、持ち込んでいるのは確実ですので」
意識の無い三人は、着ている軍装通りイル・ワークラン家の軍人で、情報将校であった。彼等はヴァルキスとイル・ワークラン家のカダールとの連絡係兼、監視役としてヴァルキスの旗艦『エルオルクス』に、乗り込んで来ていたのだ。
「ノヴァルナ様への忠義…これで、証になりますかな?」
ヴァルキスがそう尋ねると、ナルガヒルデは今しがたのヴァルキスのように、無言で首を左右に振った。
実はヴァルキスがこのところ見せていた、ノヴァルナに対する謀叛を画策しているような一連の行動は、すべてノヴァルナの了解のもと、オ・ワーリの統一に向けて宙域内の敵を、炙り出すためのものであったのだ。
アイノンザン=ウォーダ家のヴァルキスは以前から、ノヴァルナに対し敵対的中立の立場を取っていると思われていた。その理由はヴァルキスの父で、アイノンザン=ウォーダ家前当主、ヴェルザーの死にまつわる。
ヴェルザーは、こちらもすでに他界したモルザン=ウォーダ家前当主、ヴァルツと同じく、ノヴァルナの父であったヒディラスの弟であり、ヒディラスのナグヤ=ウォーダ家が家勢を著しく伸長させていた頃、二人の兄に従って戦いの日々を送っていた。
だが余勢を駆ったヒディラスが、隣国ミノネリラ宙域の領主、ドゥ・ザン=サイドゥの本拠地まで侵攻しようとして、『カノン・グティ星系会戦』で大敗した歳、
ヴェルザーは撤退の
アイノンザン=ウォーダ家の跡を継いだヴァルキスは父親の死を、無謀な戦いをサイドゥ家に仕掛けたヒディラスのせいだと考え、激しく非難し、それ以後の関係を絶って来た。これがヒディラスの子ノヴァルナが治めるキオ・スー家に対して、アイノンザン家が敵対的中立の立場を取る原因だと言われている。
そしてこれに目を付けたのが、イル・ワークラン家のカダールだ。
三年をかけてイル・ワークラン家の支配権を整えたカダールも、やはりオ・ワーリ宙域の統一を目論んでおり、その最大の敵にして憎悪の対象であるノヴァルナを滅ぼすため、ヴァルキスに共闘を持ちかけて来たのである。
ところがヴァルキス自身はキオ・スー家に対して、そこまでの敵愾心は持ってはいなかった。他のウォーダ家との関係を控えたのは、先代の行った戦いの連続で疲弊した財政と戦力を立て直すためのものだったのだ。キオ・スー家に敵対的中立の立場であると思われているのを否定しなかったのも、当時のヒディラスとノヴァルナには周囲の批判が集まっており、そう思わせておく方が、何かと都合が良かったからである。
アイノンザン家の立て直しに目処がついたところでの、イル・ワークラン家からの共闘の申し出は、ヴァルキスに機会を与えた。共闘すると見せかけてイル・ワークラン家を滅ぼし、家勢を伸ばす機会である。なぜカダールのイル・ワークラン家ではなく、ノヴァルナのキオ・スー家を選んだかは明白だった。
ヴァルキスはノヴァルナより、カダールの方を嫌っていたからだ―――
▶#04につづく
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